Birth61「渦巻く激戦」
私は死を覚悟しました。次の瞬間には顔を切り裂かれているかと…。
―――!?
ところが、私は生きている?
―――こ、これは!
私は杖を盾にし、魔物の槍をガードしておりました。剣呑を感じ、咄嗟に身の防御に入っていたのです。細い杖が魔物の持つ強靭な槍に敵うとは思えませんが、それでも杖は十分に私を守ってくれていました。そして…。
「キィァア!!」
私の目の前で魔物が狂ったように悲鳴を上げます!それは槍から雷のような閃光が放たれ、その光は槍を握っていた魔物の手を伝って躯全体へと奔流していったのです。たちまちと光りに呑み込まれていく魔物は火花を放散させ、悶えていました。
私はあまりの驚懼に、その場で固まります。それも数秒の事であり、魔物は瞬く間に焼き付かれ、姿形もなく蒸発していったのです。今度は違う意味で茫然となりました。
…………………………。
今の場面を目にした魔物達も私と同じ気持ちとなっているのか、大きく狼狽えているようでした。攻撃に入りたいのに、出来ないといった様子です。
―――この杖は…?
私は改めて杖を見つめます。杖の事は把握しているつもりでも、次々と驚かされるばかりです。これほど万能であれば、魔物達が一線を置こうとするものも分かります。これであれば、もしかしたら魔物を退治する事が出来るかもしれません!
再び余裕の気持ちが出てきた時でした。私はハッと異変に気付きます!魔物達はとうに次の行動へと移っていたのです。それに気付いた私は血の気が引くように蒼白となりました。何故なら、魔物達が一斉にオールさんへと向かっていたからです。
私を相手にしたところでも、杖の威力に退けられると思った魔物達はターゲットをオールさん一人に定めたのでしょう。私は急いで彼の元へと駈け出します!彼を助けなければ!私は我を忘れたように必死となりました。
彼にこれ以上の危険を及ばせたくない、なにより私は彼を失いたくない、そう、強く思っていたのです。そして彼は今、切り伏せた魔物を地へ叩きつけた後、ようやく異変に気付きました。
「オールさん!」
私が叫んだ時には魔物達の群がオールさんを覆い、彼の姿が見えなくなっていました!
―――お願いです!オールさんを助けて下さい!
私は祈りを込め、群がる魔物達に向かって杖を翳そうとしました!
―――ドッゴォオオオオ――――――――――ン!!!!!!
「ひゃぁあっ!!」
―――ギィァアアアア―――――!!!!!!
突然の激しい爆音が断末魔の叫声と共に空一面へと響き、次に炎の熱が肌に纏わり付きます!
―――な、何が起こったのでしょうか!
私は頭を抱えて伏せるのを忘れ、目の前の光景に視線を奪われておりました。魔物達が次々に炎の渦巻きに呑み込まれ、姿を消していく、なんとも凄絶な出来事が起こっているのです。渦巻きから避けられた魔物もその風圧に吹き飛ばされていました。
私は何が起こったのか分からず、あまりの驚異に身動ぎ一つ出来ません。そして視線をフッと地上へと移した時、映った人物に息を呑みました。空を見上げるオールさんの姿が目に入ったからです。
ほんの数秒前まで、魔物に覆われていた彼の無事に、私は心の底から安堵が広がり、躯の全体の力が抜けそうとなりました。そこをなんとか持ち堪え、彼の方へと走り出します。
「オールさん!」
私の呼ぶ声に彼が振り返ります。私は無事を確かめるように、彼の腕をグッと掴んで瞳を見つめ、安堵の言葉を伝えます。
「ご無事で本当に良かったです。先程は魔物に取り囲まれてしまい、私は気が気ではありませんでした」
「心配をお掛けして申し訳ございません。少々、私の考えが甘かったようです」
「いいえ、ご無事であれば構いません」
こうやって彼の生存が確認出来るだけで、胸の内が熱くなっていました。ふと視線を泳がすと、空にはまだ数多くの魔物達が構えている姿が見えます。勢いが薄れているのか、先程のように奇襲してくる様子はありません。
よほど、先程のオールさんの攻撃に動揺と躊躇をしているようですね。魔物達は明らかに私達と距離を置いていました。確かにあれだけの攻撃を目の前にすれば、そうなるのも仕方ありません。
「あの先程の炎の渦巻きはオールさんが出されたものですか?」
自分の声が恐々と緊張しているのが分かります。あれはドラゴンが噴き出した炎に匹敵する程の凄絶なものでした。
「はい、私の魔力でした」
「やはりそうでしたか」
「魔力は力に比例して精力への対価を求めます。出来ればあまり魔力を使わずに片付けたかったのですが、先程の数の奇襲では仕方ありませんでした」
「か、躯は大丈夫なのでしょうか!」
言われて気付きます。あれだけのエネルギーを使うのですから、それなりの精力の消耗となりますよね!ここで倒れられたら大変です!
「えぇ、問題ありません。この後の魔女との対戦を考えれば、出来る限りの力を残しておきたいと思っておりました。魔女は天神の力でなければ討伐は出来ませんが、とはいえ、貴女を守る力は必要です」
「オールさん…?」
今のお言葉は…。もしかして初めから私一人に任せるおつもりではなかったという事でしょうか?私はずっと一人で魔女と戦うものだと思っておりました。それともそうであるところに、オールさんは優しさから私を守るとおっしゃってくれたのでしょうか。
心へと滲んでいく彼の温かい優しさを私は何度実感した事でしょうか。接触するごとに彼の優しさは私の心を満たしていくのです。このままこの温かさに浸っていたいところでしたが、実際は危険な状況です。
「沙都様」
オールさんは険しい顔をして上空を見上げ、私の名を呼びます。
「はい」
「ここらで一気に片を付けた方が良いかもしれません」
「え?」
「多少は精力を消耗させますが、私も先程のような魔力の攻撃を連続で行い、魔物を一掃させていきます」
「そんな連続に大きな魔法を使っては貴方の精力が!」
「地道に戦っていても切りがありません。沙都様もどうかお力添え下さいませ。沙都様の場合、貴女の精力が対価となる事はありません。杖の精力となりますが、杖の力は底尽きる事はないと窺っておりますので」
「そ、そうなんですね!分かりました」
何処までも万能な杖なのですね。そして汗ばむような緊張感をもたらしながらも、御子を、オールさんを、そして自分の身を守る為に、私は再び覚悟を決め、杖をしっかりと構えました。
「魔物達は今こちらの動きをみているようですので、こちらから攻撃を仕掛けます」
「は、はい」
攻撃の態勢を伝えたオールさんは魔剣を大きく振り被った後、上空高くに振り上げました。剣の先からビリビリッと赤い閃光が放ち、それは瞬く間に炎の渦巻きを作って上空へと広がり、浮遊している魔物達を呑み込んでいきました。
―――ギィァアアアア―――――!!!!!!
魔物の苦しむ悲鳴が地上を揺るがせます。映像だけでいえば、臨場感溢れるアクション映画を目にしているようでしたが、渦が起こす風圧と熱気、そして絶叫とどれも力感のある現実的なものでした。
魔物にとって再び起こった恐慌に動きが乱れているのが分かります。そこにオールさんは間髪入れずに何度も攻撃をしかけていきました。赤い炎と黒い大煙に包まれる上空は見るに堪えない恐ろしい光景です。
そんな中でも離れた場所で尻込みしている魔物達へと私も攻撃を始めます。ところが、私の行動に気付いた魔物の数匹が私の攻撃よりも素早く槍を投げつけてきました。矢の如く向かってくる槍に私は怯み、躯が硬直となります!
一瞬の躊躇いが命取りになったと恐怖を抱きますが、杖の意思が働き、攻撃の光を放って矢を撃退します。安堵をつくのも束の間、態勢が緩んだ私の隙を狙って魔物達が狂気したように襲い掛かって来ました!
「!?」
私は無意識の内に杖を魔物達へと翳しました!
―――ブッワァ…ドッゴォオオオオ――――――――――ン!!!!!!
「ひゃっぁああ!」
まさか杖からオールさんが作り出す炎の渦巻きと同じものが出されるなんて予測不可能でしたよ!上空へと渦巻いた炎は私に襲い掛かろうとした魔物達を一瞬にして消してしまいました。
一瞬の出来事で思考が回らない私はその場に立ち尽くして状況を見渡しておりました。今の攻撃で黒い煙が撒く上空には魔物の姿が見当たりません。煙に紛れているのか、既に生を尽きているのか、判断がつきません。
私は緊張の糸を張ったまま、上空をジッと見据えておりました。その内に色づいていた空にようやく元の白さが現れた時です。白い景色に目立つ黒い魔物の姿は殆どなく、数える程度となっていたのです。
…………………………。
その状況をみて、私はようやく決着の兆しが見えてきたと思えました。その考えはオールさんも同じようで、彼の険しい表情が緩和されていました。しかし…。
「え?」
上空の先の遠くからなにやら黒く染まっていくのが見えたのです。暫くそれを注視していますと、上空にいる魔物達から奇声が上がりました。
―――な、なんでしょう、突然に!
その声は叫び声というよりは歓声に近いように聞こえました。嫌な予感が走ります。魔物達が黒く染まる空を見つめ、何度も声を上げていました。
―――まさか、あの黒いものは……新たな「魔物」の群!