Birth58「伝説の生物」




 かつて目に触れた事のない巨大なものに圧巻とさせられますが、何より姿形が嫌という程、目に焼き付くのです。体色は茶に近いブロンズ、双眸は光を宿った金色です。

 そして肉厚の上を覆う硬質な鱗はどの剣も貫きを許さぬと言わんばかりの鋭利な光りを湛え、太く鋭い爪と牙は逆にどんな硬質なものも貫く切れ味の良さを感じさせる恐ろしい形をしています。

 さらにコウモリのような飛膜の翼に厚みと質量を加えた巨大な有翼、炎を思わせる弾力のあるたてがみは宙へと舞い上がり、実物を見た事のない私でも上質なドラゴンである事が分かります。

 映画やテーマパークといったアトラクションで目にしたものとは比べものにはならない荘厳な姿に、ただただ私は圧巻に押され、茫然と立ち尽くしておりました。この世界にはまさかの伝説の生物まで存在するのですか?

 …………………………。

 恐ろしいと思う感情さえも超え、ドラゴンから目を逸らせず見上げておりましたが、ほんの少しでもドラゴンの翼が揺れるだけで、私の躯は風圧に押し出され、ドラゴンとの間に距離が出来てきます。

―――まさか私を攫ったのは魔女ではなく、ドラゴンだったのでしょうか?ですが、攫われる理由などない筈…。

 そのような考えが過りますが、躯を流されないようにするので必死でした。このまま距離を作り続け、この場から去れないものでしょうか。しかし、ドラゴンの射抜くような眼力がそうはさせまいと叩きつけていました。

 そして、このドラゴンが如何に危険な存在であるのか、杖の異様な光りを放つ姿を見れば、一目瞭然です。私はこちらを相手に戦わなければとならないのでしょうか。いくらなんでも無理が有り過ぎます!

―――もしや魔女の正体がドラゴン…で…すか?

 ドラゴンに変化へんげする能力があるのか定かではありませんし、考えたところでどうにかなるわけでもありません。まずはこのドラゴンをどう対処するのかを考えなければなりません。

 錯乱、戦慄、緊迫と、どれも恐怖へと直結する状況の中、私は必死になって生き延びるすべを考えます。話し合いをして分かる相手ではなさそうですね。何故ならドラゴンの瞳からメラメラと炎を燃やすような敵視を向けられていたからです。

 聞く耳をもたない事は分かります。となれば…。私は意を決し、大きく一呼吸します。私の様子の変化に気付いたドラゴンが近づいて来るのが分かりました。これは覚悟を決めて…。

―――戦うしかありません!

 胸の前へと出した杖を頼りに、私はドラゴンへと向かって杖を翳します。

「!?」

 ところが、私の行動とほぼ同時でした。ドラゴンが翼をバサバサと大きく羽ばたかせたのです!次の瞬間には耳を引き破くような風圧の音が響き、私の躯は疾きこと風の如く吹き飛ばされたのです。

 何が起こったのか分かりませんでした。唯一、把握出来た事は身を守る杖が手元から離れてしまった事、宙に飛ばされた自分を躯が見え、死を目の前にした事でした。

―――私の命と共に御子も…。

 そう絶望が降り掛かり諦めかけた時です。

―――!?

 「何か」に引き込まれと感じた次の瞬間、ドスンッに躯全体が打たれ、視界が常闇とこやみとなりました。突然の出来事で、何がどうなっているのか分からず、目を瞑ってしまいましたが、躯が地べたに叩きつけられた訳ではありませんでした。

 むしろ躯はしっかりと力強い何かに支えられ、安定を保っていたのです。何が私に起きたのでしょうか。瞼をゆっくりと開きますと、映し出された光景に目が飛び出しそうとなりました。これは一体どういう事ですか…?

「オールさんが何故こちらにいらっしゃるのですか?」

 藍色ダークブルーの退魔師の制服を着用した、一度目にしたらその美しさが胸の奥まで震わせる美貌のオールさんがいて、女性なら誰しも憧れるお姫様抱っこの姿勢で、私は躯を支えられていました。彼は眉根を寄せ、複雑な表情をされています。

「大事にならぬ内にお会い出来て安心しました…といえ、無事でいられる状況ではございませんが」
「え?」

 彼は私から視線を外し、ある一点を見据えます。その視線の先に待つものを察した私は我に返りました。オールさんからのお姫様抱っこというシチュエーションに呆けていましたが、今、私達の目の前にはあのドラゴンが立ちはだかっているのです。

 ドラゴンは私達の姿を燃えるような瞳で捉え、今にでも襲い掛かってきそうな勢いです。再び私は恐怖に見舞われ、動悸が狂い始めました。杖も何処かに吹き飛んでしまい、私には戦うすべがありません。

「ど、どうしましょう!あちらのドラゴンを…」

 私は彼に問います。なんとかして彼と一緒にドラゴンから逃れなくてはなりません。私の言葉を耳にしたオールさんは私を地に下ろしました。

「私が戦います」
「え?」

 彼から返ってきた答えがあまりにも予想とは反する内容で、私はこれ以上ひらかないというまでに目を見張りました。半ば正気ですか?と、口元から零れ落ちそうにもなりました。

「ですので、貴女は離れたところにいらっしゃって下さい」
「いえ、あのような巨大なもの相手にお一人でなんて」
「あまり猶予がござません。申し上げた通りにされて下さい」
「猶予?」

 嫌な予感が過りました。ふと視線を移しますと、ドラゴンがゆらゆらと躯を前後に揺らしているのです。そしてフッと躯を反らした状態で停止をしたのです。

―――?

 そしてドラゴンの口元は大きく開かれ、切り裂くような恐ろしい牙の露出と共に、喉元から蠢く真っ赤な光を目にしました。

―――!?…あの赤い光はもしや…?

 ヒヤリと額から汗が滴りました。「あのようなもの」を噴かれでもしたら、ひとたまりもなく私達は丸焦げとなります。きっと、死骸すら残らないでしょう!

 刹那―。

 ゴォオオオ―――と渦巻く暴風が放散する炎を連れ、私達へと襲撃してきました!そうです、喉元から見えた光は「炎」だったのです!

「きゃぁああ――――!!」

 私は頭を抱えて顔を塞ぎ、喉が潰れるまでのありったけの叫声を上げました。一瞬にして火山が爆発して噴き出るような炎に呑み込まれたのです。

―――もう終わりです!!


 これが最後の言葉だと思いました。死の間際に聞こえるのは炎が燃え上がる音でした。空気を、鼓膜を、何もかも引き裂くような恐ろしい瞬間でした。

 …………………………。

 未だ聞こえる戦慄な音です。未だ…?え…?

―――私は生きている?

 私は耳を塞いでいた手を離します。恐ろしさのあまり目の前を見る事が出来ませんでしたが、生きているという安堵感に包まれます。


―――一体、どうなっているのでしょうか。

 ふらっと揺れる影に気付き、反射的に私は顔を上げました。

「オールさん?」

 彼もまた生きている?彼は無表情で私を見つめていました。

「あの私達は生きて…?」
「私達は今、結界の中におります。これによって炎から身を守っているのです」
「結界?」

 恐る恐る視線をオールさんからその先へと向けますと、炎は私達の周りを避けるようにして流れていたのです。それを目の当たりにし、私は結界の意味を把握しました。咄嗟にオールさんが作り出した魔法なのでしょうか。

「貴女を見つけた時から結界を張っておりました。ある程度の攻撃はこれで身を守れる筈です」
「あ…」

 言われて気付きましたが、確かに先程ドラゴンを眼前にしていましたが、躯が退いていませんでした。一人の時はドラゴンがほんの少しでも翼を動かしたものならば、その風圧によって躯は押されていましたから。

―――凄いです、この結界の力は…。

 このような見るものすべてを焼き尽くすような烈火を通さないなど、オールさんは相当な魔力をもっているのではないかと驚かされます。

「あのドラゴンの属性は“火”のようですね。であれば…」
「え?」

 属性ですか?なにやらRPG的な言葉がオールの口から零れました。

「ご覧下さい。炎が薄れていきます」
「え…」

 彼の言葉通り、いつの間にか辺りは赤い炎の勢いが弱まっていき、今度はくゆらす灰色の煙に覆われていました。思わぬ光景の変わりに気を取られておりましたが、すぐ隣からキラリと眩い光がチラつき、私は視線を戻しました。

 オールさんの手の平には光り輝く純白の光が浮遊していました。やがてその光は上へ上へと伸びていき、青白く形づいていきます。その不思議な感覚に目を奪われておりました。

「そちらは…?」

 さらに凹凸感がついて形づきますと、光りは収まっていき、オールのさんの手の中でしっかりと握られていました。これは…「氷の剣」というべきでしょうか。形こそは剣でありますが、実体は氷となっています。

 見た目に違和感を覚えますが、総毛立つような氷刃の光が本物の剣と変わらぬ切れ味の良さを感じさせていました。この氷の剣は立派な「武器」です。このようなものまでオールさんは出現させられるのですね。これを使い、ドラゴンと戦うというのでしょうか。

 周りの煙が徐々に薄れていき、霞んでいた視界に再びあのドラゴンの姿が映り始めました。私は慄然とし、一瞬の内に手足が竦み、もう一度、炎を吐き出されるのではないかと、恐怖に見舞われます。

―――え?

目の前で力強い光りが煌めき、それはオールさんの手に握られている氷の剣から放たれていたのです。

「沙都様、どうかお下がり下さいませ」
「ですが、オールさんは?」
「どうかお願いです。これは戦いなのです」

 オールさんの気迫に押された私は彼との距離を取りました。私が下がるのを確認した彼は……氷の剣をドラゴンに向かって放ったのです!

―――え?





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