Birth52「認められぬ存在」




「では行って参る」
「はい、行ってらっしゃいませ」

 部屋の扉の前で、私は笑顔で陛下を見送ります。毎朝、私はこのように、これから政務の仕事場へ向かう陛下を見届けています。それは勝手な思い上がりですが、新婚夫婦のようで歯痒く感じていました。

 笑顔で見送れば、陛下も零れるような笑みで返して下さるので、嬉しさで胸を膨らませているのも正直な気持ちです。私の毎日のスケジュールはハードですが、陛下の笑顔を原動力にして頑張っています。

 今のところ、お腹の子もすくすくと成長しています。このまま無事に出産までいき、その後は陛下と一緒に御子を育てていけたらと思っています。魔女退治云々を考えなければ、充実した生活なのですけどね。

 陛下とお付きの方々の姿が見えなくなるまで見届けた後、私は自室へと戻り、ナンさんがお迎えに来られるのを待ちます。今日の朝食はなんでしょうかねー。ビュッフェ形式ですが、毎日レシピが異なるので、本当に驚かされます。

―――トントントン。

 部屋で待機しておりましたら、扉からノックの音が聞こえてきました。

―――あ、ナンさんが来られたようですね。

 私は早速扉を開けに行きます。ギィーと音と共に映った人物を目にし、

「あれ?」

 思わず面食らった声を上げてしまいました。ナンさんの姿ではなく、彼女の元で働く侍女さんだったからです。ナンさんはどうされたのでしょうか?

「あの、どうされましたか?」

 私が訪ねると、侍女さんが申し訳なさそうな表情をされて答えました。どうやらナンさん、急な所用が入ってしまい、どうしても抜けられないとの事で、代わりに来て下さったようですね。

 という事で、今日の朝食は侍女さんに連れられて、食事は一人で頂きました。いつもナンさんと楽しく会話をしながら食べているので、なんだか侘しい気持ちになりました。

 食後は日課である嗜みレッスンの時間が始まりました。この時の移動もいつもナンさんが送り迎えをして下さっているのですが、この日の午前中は彼女が姿を現す事はありませんでした…。

◆+。・゜*:。+◆+。・゜*:。+◆

―――思わず来てしまいましたね。

 昼食を食べた後、一人私は以前、陛下と訪れた大庭園へと来ていました。昼食の後には一時間程の休憩があります。その時間を利用して、こちらへとやって来ました。そして以前と同じベンチに腰を掛けておりました。

―――今日も空は鮮やかな淡青ですね。

 思わず吸い込まれそうな澄み切った青空が広がっています。安定した気候のこの国は毎日このような穏やかな天気が続いています。その陽射しのもとに広がる幾何学式庭園を目にしたのは二度目となりますが、初めて目にした時のように、心が弾んでおりました。

 全体が緑々しく、生え立ての青葉のような香りが流れ、心が洗われるような気分となります。また小鳥達が奏でるようにさえずり、陽気さが伝わってきます。こうやって自分は心の何処かで休まりたいと安らぎを求めているのかもしれません。

 何故、そういう気分になるのか分かりませんが、ここには自然と足を運んで来ていました。澄んだ空気を吸い込めば、お腹の子にも良いですからね。私はお腹に手を添え、御子の様子を確認します。

 元いた世界とでは体質が異なり、お腹が大きくなる事はありませんが、きちんと胎児の動きを感じられます。男の子だからでしょうかねー。足をポンポンと蹴る勢いの良さに驚かされます。とても元気な様子が分かり、喜ばしい限りです。

 その振動は外側から手を添えてみれば、他人でも分かります。ですので、陛下はよく私のお腹に触れ声をかけ、反応があれば、子供のように頬を綻ばせて喜ばれています。本当に御子が生まれて来るのを楽しみに待っていらっしゃるのですよね。

 そのような陛下を目にして、私も同じ気持ちなり、嬉しさを分かち合っていました。そんな出来事を思い出しただけで幸せだと感じられるんですよね。やはり、この庭園を選んで来て良かったです。心地良い気分になりました。

―――?

 ふと目の先に映った一つの揺れる影。ふらりと姿を現したそちらに目が奪われました。玲瓏たる美しさを湛えた一人の青年です。肩章が飾られた藍色(ダークブルー)の軍服を着用したその人物は…。

―――オールさん。

 そして彼も私の存在に気付いた時、微かに瞠目しました。まぁ、このような場所でお会いするのも珍しいですものね。思わず立ち上がると、彼も私の前までやって来ます。

 ちょうど頭一個分の身長さでしょうか?スラリとした長身の上、立ち振る舞いも美しく、さらには透き通る宝石のような輝きをもつ美貌ですからね。目の前にしますと、無駄に緊張が走ります。

「オールさんもこちらで休憩されていたのですか?」
「いえ。所用でこの庭園を通った方が近いものでしたから」
「そうですか」
「貴女は?」
「私はお昼の休憩時間を利用して足を運んで来ました。こちらの庭園は目にするだけで、心が洗われるように美しいですものね」

 軽く微笑んで、素直に答えました。それにオールさんも同感だったようで、コクンを頷かれます。

「はい、その通りですね。陛下のお気に召す場所でもありますので、常に手入れもよく行き届いております」

―――ドクンッ。

 心臓が胸の外に飛び出しそうになりました。オールさんの口から「陛下」というお言葉を耳にし、過剰に反応を示してしまいました。最近、駄目なんですよね。陛下に関する事すべてこのように反応してしまうのです。

「?」

 私の変化にオールさんは気付かれたようです。怪訝そうな顔つきで私を見つめ、問います。

「どうされましたか?」
「あ、いえ。以前、陛下とこちらの庭園に訪れた事がありまして。お気に召している場所に連れて来て下さったのが嬉しく思い、つい」

 咄嗟に出した誤魔化す言葉でしたが、言っている内容に偽りはありませんでした。陛下のお気に召す場所で共に過ごせた事を喜ばないわけがありません。現に今、自然に幸せが顔へと零れ落ちていますから。そんな余韻に浸っていたものですから、オールさんからジッと見つめられている事に気が付きませんでした。

「沙都様はアトラクト陛下をお慕いしていらっしゃるのですか」
「え?」

 突然のオールさんの言葉に、意表を突かれた私は誤魔化せる余裕などはなく、顔に朱を散らせた姿を見せる事になりました。

「えっとそれは…「おめ下さいませ」」

―――え?

 みなを言わない内にオールさんから言葉を重ねられ、しかもその意味を把握出来ません。ただ胸騒ぎが迫りつつある気がして、胸の鼓動が速まります。

「あの、今のお言葉はどういう?」
「貴女がアトラクト陛下をお慕いするのは構いません。ですが、陛下に同じ気持ちを求められる事はおめ下さいませ」

 決然と叩きつけられる言葉。オールさんの情味のない表情は完全に私を拒否しているように受け取れました。いえ、むしろ…。

「貴方は私が陛下のお傍にいる事を認めて下さらないのですね?私では相応しくないと?」
「そのような意味ではありません」
「もう結構です!」

 声高になった自分に驚愕しました。突然乱れた私にオールさんは目を細め、グッと何かを堪えるようにして、私を見つめています。

 陛下へのお慕いはよろしくない事なのでしょうか、それともオールさんに存在を認めてもらえない事が悲しいのでしょうか、またその両方なのか、涙が零れる意味が分かりませんでした。少なからず、自分がこちらに来た当初より、彼には認められているものだと思っていました。

 自分でも重々に分かってはいるのです。陛下のお心を求める事がいかに厚顔であるのか。それでも芽生えてしまった愛情を消す事は出来ません。今宵となれば、肌を重ね合わせ、共に御子の生まれを心待ちにしている、まるで本当の夫婦めおとのように過ごしてきたのですから。

 願わくば、陛下にも同じ気持ちでいて欲しいと思っています。そうです、私は陛下を心の底から愛しています。それが正直な気持ちなのです。ですが、オールさんは決して認めないでしょう。それが妙に凄然なる気持ちにさせるのも確かであり、私は深い悲しみに沈むのでした…。





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