Birth46「天神と杖」




 エヴリィさんの言葉に私は力強く頷き、獣姿のオールさんの頭上を優しく撫でます。彼は無言のまま、私を見上げていました。この姿では言葉を発せないのかもしれませんね。

「何故、オールさんがこのような姿になられたのか分かりませんが、この漆黒の毛、そして金色こんじきの大きな瞳は人の姿のオールさんと一緒ですものね。それに…」

 私はスッとある場所に指を差し、少しばかり茶目っ気を出して言葉を続けます。

「私を見て眉に皺を寄せるのは獣の姿でも同じなんですね」

 眉に指を差されたオールさんは決まりが悪そうなお顔をしているようでした。私はふふふっと笑いを零していましたが、エヴリィさんは意外ともいう表情をされています。

「それだけでお気付きだったのでしょうか?それに沙都様は何故あの男が魔獣だとお気付きになったのですか?」

 エヴリィさんの言う「あの男」とは白銀の髪をもつ美しい青年の事を差しているのでしょう。…そう、あの方は聖獣ではありませんでした。彼の美しい容姿にすっかりと騙されていましたね。聖獣という名だけで美しさを連想させますからね。

「えぇ。あの青年によって魔獣だと思っていた獣がオールさんだと気付く事が出来ました。私はあの青年が聖獣だと思い込んでおりました。聖獣という名からの美しいイメージと彼の神秘的な容貌によって、錯覚を起こしていたのです。ところが…」

 私はスッと懐から杖を取り出し、胸の前へと翳します。

「魔獣だと思っていたオールさんを目の前にしても、杖は全く光を放たなかったのですが、青年を近くにすれば、何度も異様な輝きを放っていたのです。それは何かを訴えているのではないかと思いました。その後、魔獣がオールさんだと気付くと、では彼が敵対している相手は?と、青年の存在に不信感を抱いたのです。そこでようやく青年が魔獣ではないかと訝しく思ったのです。確か以前にレベルの高い魔獣は人の姿に変化へんげをすると言っていましたでしょう?」

 私の答えに、エヴリィさんは満足げに笑みを広げられました。

「しっかりと覚えて下さっていたのですね。お見事です、沙都様。さすが杖が認めただけの方ですね」
「えっと、あの…杖は何をどう私を認めたのでしょうか?」

 そこがイマイチ分からないのですよ。今まであれだけ願っても力添えを避けていた杖が、突然に力を発現させた訳ですからね。そもそも私の何処を認めたというのでしょうか。

「杖が誰よりも一番、其方を試していたのじゃ、天神としての力量をな」
「え?」

 神官様のお言葉に、私は瞠目とします。杖が一番、私を試していた?それこそどういう意味でしょうか。

「天神と認めるかどうかは我々では決められぬ。我々は杖に判断してもらう為の舞台を設定したまでだ。天神の杖は我々魔導師以上の絶大な力をもっておる。その力を正しく駆使するあるじが大事なのだ。今回の試練は倒すべき獣が人型をした獣なのか獣化したオールか、そこを試しておった。其方は正しい選択が出来た為、杖の力は発現したのじゃ。すなわち其方を認めたという事になる」
「そうだったのですね」

 あの時は何がなんだかといった訳も分からず行動を致しましたが、どうやら事が上手く運ばれたみたいですね。今だから言えますが、誤ってオールさんへ矢を放たなくて本当に良かったです。

 私は安堵を確認するように、隣に立つオールさんの躯を撫でます。彼は黙然として私を見つめていました。もしかしたら、私の気持ちが伝っているのでしょうか。何処となく彼の目がそう語っているように思えました。

「あのような緊迫と恐怖の状況の中でも、見事正しい判断をされた事に、自信と誇りをもって下さいませ、沙都様」
「はい」

 再びエヴリィさんから、お褒めの言葉を頂きました。こうストレートに褒められますと、歯痒いものですね。確かに狂気に陥りそうになりましたが、持ち越した事は自画自賛しても良いですね。ただ私の中である疑問が生じていました。

「あの、あのようなリアル感溢れる舞台を用意された訳ですよね?それではあの魔獣とこちらのオールさんの姿は一体?」

 あの人型の魔獣は試練の為に都合良く現れた訳ではありませんよね?それにオールさんのこの姿…。彼はモフモフにもなれるというのですか!人の姿の時は息を呑む程、美しいのですが、獣の時は…怖いですよね。思わずオールさんをジーと見つめてしまいましたよ。

「魔獣は儂が生み出した特殊な獣だ」
「え?」

 お答えをされたのは神官様でした。魔獣を生み出したとおっしゃいましたか!あのような危険な獣を生み出せてしまうものなんですか!あまりの驚きに言葉が詰まりました。

「そう易々と生み出せるものではないから安心せよ」
「え?」

 私の一瞬の懸念を神官様には読み取られてしまったようです。

「あれだけのリアルな物を生み出せるのは神官のみですので、他の者が私利欲などで無駄に生み出す事はありません」

 さらにエヴリィさんが補足説明をされました。私の考えが丸わかりだったようですね。

「そうなんですね。それではオールさんのこの姿は?」
「オールですか?それは私が魔獣へと変化へんげさせました」
「えぇ!」

 エヴリィさん、サラッと答えられましたが、とんでもない事ではありませんか!人を獣へとされたんですよ!あ、オールさんは獣化する体質ではなかったようですね。

「今回の試練の為です」
「でしたら、何もオールさんを利用されなくても、魔獣もお作りする事は出来なかったのでしょうか?」
「それでは試練の意味が成しませんよ。相手が仲間だと思わなければ、沙都様も必死になって、お救いしようとはなさらなかったでしょう?」
「あ…」

 言われてそうだと気付きました。

「それとですが、仲間が本当に変化へんげされる場合もないとは言えません。そういった思わぬ出来事にも見識する力が天神には必要ですからね」

 私は改めて天神の重みを知ったように思えました。力が芽生えれば、自由自在に操れるという訳ではないようです。あくまでも良識の元にという事ですね。

「あの、そろそろオールさんを元の姿に戻して差し上げて下さい。だいぶ深い怪我をされていますし、見ていて痛々し過ぎます」
「それぐらい退魔師であれば、大した事ありませんよ」
「え?」

 エヴリィさん?それぐらいって言いましたが、このオールさん、けっこうな傷口をもって流血していますよね?退魔師という職業はこれが大した事ないのですか!

「沙都様の願いとなれば、お聞きしなければなりませんね」

 あー良かったです。私の言葉を聞き入れる気になったエヴリィさんがオールさんの前に立ちますと、オールさんもエヴリィさんを見上げて視線を合わせます。すると…?

「あー、元に戻したら色々と吐かれそうだなー」

―――はい?

 今、エヴリィさん何気なく気持ちを零しましたよね?そして軽く溜め息を吐かれた後、かがんでオールさんの頭上に手を置かれました。その刹那、二人の触れ合う部分から眩い青い光が放たれ、瞬く間に光はオールさんの躯を包み込みました。

「…っ」

 思わず私は目を瞑りましたが、次の瞬間、目を開けた時には黒い獣の姿はなく、代わりにダークブルーの軍服の上から鎧を着用した美しい男性の姿がありました。

「オールさん」

 人の姿に戻ると同時に、あれだけの酷い怪我も治癒されたようです。安心をしました。

「オール、文句なら後で聞くからね」

 エヴリィさんの第一声はオールさんとは視線を合わせずにかけました。なにやら具合の悪い事でもあるんでしょうねー。そんなエヴリィさんのよそに、オールさんは私の前まで来られていました。

「?」

 顔を上げ、オールさんと視線がぶつかりますと…。

―――わぉっ。

 思わず声を上げそうになりましたよ。お顔に笑みを咲かせる彼を目にして、喜びが胸の奥にまで浸透していきました。彼の笑顔は初めて見ましたね。こんなに心打たれる笑顔は初めてです。普段は凛とした表情をされているので、余計際立って見えます。

「オールの笑う姿は数年ぶりに見たのう」
「確かに」

 オールさんの笑みに感嘆していましたら、神官様とエヴリィさんの会話が耳に入ってきました。オールさん、そんなに笑われていなかったのですか?てっきり私の前だけ仏頂面であるのかと思っていました。

「あれ以来だのう」

―――え?あれ以来?

 神官様の聞こえるか聞こえないかのお声を拾い上げた私は頭の中に疑問符が浮かびましたが、それは私が知る由でもありませんし、自然と流してしまいました。なにはともあれ、元気なオールさんに戻られて、本当にホッと胸を撫で下ろした私でした…。





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