Birth45「見えざる真実へ」




 …………………………………。

 ほんの数秒間ですが、魔獣からの動きはありません。私は恐る恐ると目を向けてみますと、魔獣の大きな金色こんじきの双眸にしっかりと捉えられていました。

―――ドクンッ。

 何かが大きく心の内で波打ちます。

―――この瞳は…?

 ざわざわと何かが心に打ち寄せてきます。これは一体どういう?とても大事な答えが紡げず、錯綜とする私の上で、

―――パァ―――ンッ!!!!

 打ち突ける鋭利な音が響き、ハッと我に返ったその刹那、私の躯から魔獣が吹き飛ばされたのです。

「!?」

 私は反射的に躯を起こして魔獣へと視線を追います。先程の音は聖獣の鞭が魔獣の躯に当たって響いたものです。鞭は光を放ちながら、魔獣の躯にヒシヒシと絡み、食い込むように押さえ付けていました。それは魔獣の躯中へと電流を流し込んでいるのです。

「ギィアアア―――――!!!!」

 轟音の如く、魔獣の咆哮ほうこうが響きます。そのおどろおどろしい光景に、私はガタガタと戦慄き、血が逆流するかのように、激しく脈打っていました。

「このまま絶えるがいい!フハハハッ」

 ゾッと背筋が凍てつくような恐ろしい声を上げた聖獣を目にして、私は瞬時に凍り付きます。彼の嘲笑する姿は明らかに嬲りをたのしんでいる様子なのです。度重なる恐ろしい光景に、意識が遠のいていきそうとなりました。

 そんな折、私は無意識に懐から杖を取り出していました。杖は輝きを取り戻したかのように、力強く青白い光を放っています。先程は魔獣を目の前にしても、光は放たれていませんでしたが、杖は何を伝えたいのでしょうか。ふと杖を顔の前まで翳すと、目の先へと立つ聖獣の姿と重なり、私はハッとします。

 それと同時に魔獣が猛威を振るい、鼓膜が破れるのではないかと思わせる程の咆哮を上げます。その後、信じられぬ行動を取ったのです。縛りを弛緩し、鞭の放つ光が弱った隙を見計らって、その場から逃れようとしたのです。

 それに気付いた聖獣は一驚しましたが、すぐに目を血走らせ、鞭に回復の力を注ぎます。力を戻さなければ、魔獣に飛び掛かられてしまいます。力が戻れば、魔獣の息の根が止まるでしょう。互いの一点張りが続いていました。

―――あのままでは危険です!

 そう咄嗟に私は杖のグリップを強く握り締めていました。そこからじんわりと熱が伝わり、不意に目を落とすと、杖は神々しい金色の光を放ち、突如、姿を変えたのです。

―――これは…?

 手元から独りでに離れて浮遊する「それ」は弓の形を作り、私の手へと落ちました。予め矢をつがえた弓から力がみなぎっており、私の手にしっくりと収まっています。何故、杖が弓になったのか、これをどうするべきなのか、そんな事よりも…。

―――彼を助けなければ!

 思いに忠実な行動を取る私は矢を引き、目をすがめて狙いを定めます。

―――どうか彼をお助け下さい。

 願いを込め、矢を放ちました。

―――ビュッ!!

 雷光の矢は闇を渦巻く空気を引き裂き、瞬く間に標的へと向かいます。そして…。

「ぐっぁああああ―――――!!!!」

 矢は私の願い通り「彼」へと当たったのです。そうです。矢は魔獣ではなく「男性」の胸元を射たのです。矢は貫いたまま、男性の躯までも蝕むようにまばゆく輝き、なんとも凄絶な光景に、私も魔獣も呼吸すら忘れるようにして、見つめていました。

 みるみるの内に、男性の全身はくまなく炭化となり、矢の光と共に鏤められ、跡形もなくなってしまったのです…。永遠にも思えるような時間ときが一瞬にして消えてしまいました。

 …………………………。

 物音一つない閑散とした空気が流れます。ほんの数秒前の殺伐とした出来事が嘘のように静寂としていました。まるで別世界へと瞬間移動をしてしまったのではないかと思わせます。しかし、私の目の先にはあの黒い獣がいます。やはり状況が変わっただけのようです。

 私と一緒に獣も呆然としている様子でした。獣の姿は毛が焦がされ、随所から流血しており、見るに堪えないものでした。とはいえ、私を襲ってくる様子はありません。私がほんの少し獣に目を留めていますと、

「お見事でしたね、沙都様」

―――え?

 パチパチパチと何処からともなく拍手の音と共に、私の名を呼ぶ声が聞こえてきました。

―――今の声と拍手は…?

 勿論、獣からではありません。フワッと現れ、獣の隣へと立つ一人の男性…エヴリィさんの姿がありました。

「エヴリィさん?」

 馴染みのあるお顔を目にし、また彼から変わった様子もなく無事であった事に、私は安堵の溜め息を漏らします。

「ご無事だったのですね」
「えぇ」
「今までどちらに?それとお見事とは一体…?」
「実は沙都様が先程の“魔獣”をお倒しするのを陰ながら、拝見しておりました」
「え?」
「沙都様が天神として、真に相応しいのかどうか試させて頂いたのです」
「はい?」

 思考が上手く意味の把握に追いつきません。私は目をパチクリとさせながら、エヴリィさんを見つめ返します。

「あの、私を試したというのは?」
「はい。今回の事件ですが、ある退魔士が聖獣を魔獣と見誤り手掛けたという話ですが、すべて沙都様の天神の力を試す偽りでございました」
「…はい?」

 いきなり真相を明らかしてきたエヴリィさんですが、「そうだったんですね」と、素直に頷けませんよ?なんですか、その試すというのは?

「えっと、それはその…」
「杖は其方を主だと認めたのだ。それはすなわち其方が天神で間違いないという事になる」
「え?」

 なんて言葉を返したらいいのか、まごついていましたら、新たに声を掛けてきた人物を目にした私は瞠目とします。その方はまさかの…。

「ゼニス神官様…」

 どうしてこちらにいらっしゃるのでしょうか。以前、ジェオルジ神殿でお会いして以来ですが、真っ白い厚手のローブを身に纏われ、印象深い厚い眉が相変わらず双眸を隠していらっしゃいます。そして、ふと手元へと目を落とせば、杖はいつもの姿に戻っていました。

「あの杖が私を認めたというのは?」

 状況が呑み込めず、私は疑問を投げかけました。

「先程、杖が弓に姿を変え、魔獣を倒した。杖が其方を天神として認め、力を発現したのだ」
「そ、そうだったのですか?」
「天神の力は杖に認められて発現される」

 なんとまぁ、そういう意味だったのですね。…あれ?それでしたら、初めから力の発現について、お分かりになっていたという事になりますよね?

「どうしてそれを初めてお会いした時に、教えて下さらなかったのですか?」
「実はあの日、今回の試練をおこなって頂く予定でした」
「え?」

 お答えをされたのはエヴリィさんです。

「ですが、あの日は神官の体調が芳しくなかった為、回復をされるまで待っておりました。仮にあの日におこなっていたとしても、内容は伏せさせて頂いておりましたが。天神として相応しいのか、素行から拝見させて頂く為です。試練の内容をお伝えして、畏まられては意味がありませんからね」

 はぁーとなんとも言えぬ溜め息が出そうとなりましたよ。私の力量を試すだけに、随分とスケールの大きい出来事を用意してくれましたね。色々と伺いたい事はありますが、まずは…。

「あの…先に手当を差し上げて下さい」

 私はエヴリィさんの後方にいる痛々しい姿の獣を目にして、お伝えをしました。

「やはりお気付きでしたか」
「ええ、こちらの獣はオールさんなのでしょう?」





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