Birth39「容易に事は進まないようです」




「エヴリィさんはこちらには何か調べ物で来られたのですか?」
「えぇ、まぁ」

 彼はにこやかな笑みを浮かべて、お答えをされました。

「それにしても、この書物の量は膨大ですね。それこそエヴリィさんのように、魔力がなければ、効率良く探し出す事は出来ませんね」
「魔導書、医薬書、歴史書といった専門書ごとに分けてはありますが、確かに膨大な量ですよね。基本的に新しい内容のものはすべて記すよう言われておりますで、このような量となっています。あまり古い内容のものはすべて別室の書庫へと入っております」
「そうなんですね」

 こちらの世界にデジタル式はありませんものね。すべて紙ベースとなれば、仕方ないですね。地道に探していくしかありません。私は周りの本を見渡しました。

「沙都様、せっかく私もおりますし、気になる本がございましたら、なんなりとお申し付け下さいませ」
「有難うございます。お言葉に甘えたいところですが、エヴリィさんもご自分の用がおありかと思いますので、今回はよろしいですよ」
「私の調べは急ぎのものではありません。少々時間が出来て足を運んだ程度なので、ご遠慮なさらずに。それよりも、沙都様のお知りになりたい内容を一緒に探しましょう」

 ここはお言葉に甘えた方が良いのでしょうか。このまま一人で闇雲に探していても、時間の無駄ですものね。魔女についての問題は早く解決させておきましょう。

「そうしましたら、お言葉に甘えさせて頂きます」
「はい」

 思ったよりも、エヴリィさんが満足げに笑みを深めたのは意外でした。私が甘えるのを期待されていたのでしょうか。なんだか歯痒いですね。

「魔女についてとおっしゃっていましたが、具体的にはどのような事なのでしょうか?」
そうですねー」

―――あ!

「せっかくですので、以前の天神の方についても、知りたいのですが」

 そうでしたそうでした。パッと思い付きましたが、天神の力の事も重要です。以前の天神の方がどのようにして力を発現させたのか…。

「以前の天神ですか。実はそちらの天神は我がオーベルジーヌ国で召喚した方ではございません」
「え?」
「アルジェリアン国にて召喚された天神です。ですので、具体的な情報となりますと、我が国でも知り得ておりません」
「そうですか。あの可能であればなのですが、アルジェリアン国から天神の事について情報を得る事は出来ないものでしょうか?」
「天神という特殊な存在ですので、容易に情報を得られるものではございません。どうしてもとなれば、一度互いの国王陛下を通してという形になります」
「そこまで大事になるのですか」

 この大国の政務内容は他国よりも遥かに膨大だと聞いております。私の一個人の希望を受け入れて貰う事は厳しいでしょう。まず議題で挙げ、そこから内容を通すかどうか、仮に先行されたとしても、今度はアルジェリアン国への交渉ですからね。

 こちらの政治の流れと時間は素人の私には分かり兼ねますが、可決のお答えを貰うまでに、時間を要するのは間違いないですね。その間に魔女退治の方が先に来てしまいそうな気がするので、下手に動かない方が良いと思い直しました。

「一先ず、以前の天神の件は置いておきます」

 潔さも必要ですね。私はエヴリィさんに引き下がりを伝えました。

「そうですか。それでは魔女についてお聞きしましょう」
「魔女につきましてはそうですねー、性質や気質など、あとはオーベルジーヌ国との関わりといったところでしょうか?」
「沙都様がお知りになりたい魔女は“人型の魔女”という事でよろしいでしょうか?」
「?」

 一瞬、問われた意味が把握出来ず、私は目をパチクリとしていました。

「王妃様に呪いをかけた魔女は人型の魔女でした」

 怪訝に思っている私の様子に気付いたエヴリィさんは補足説明を加えました。

「あ、はい。そうです、人型の魔女です」

 王妃様に呪いをかけた魔女について情報を得たいのですから、間違いないと頷きました。思い出しましたが、以前に人型もいれば、魔物のような姿の魔女がいると言っていましたものね。

 今回の王妃様を呪った魔女は人型だったのですね、その魔女は一体何を恨んでいるのでしょうか。それが分からない限り、戦いは避けられません。魔女と対面になる前に、少しでも情報を得ておく事が大事です。

―――そういえば…。

 エヴリィさんは魔導師ですよね。魔力にも色々と種類はあるかと思いますが、「アレ」を使えたりはしないのでしょうか。それはハイレベルな魔法のように思えますが、彼なら私をこちらの世界に召喚した程の能力を持っていますし、もしかしたら有り得るかもしれません。

「エヴリィさん、つかぬ事をお訊きしますけど、“過去に移動する魔法”はご存じでしょうか?」
「え?時空魔法でしょうか?」

 私の質問にエヴリィさんは一驚に喫します。目を丸くしてポカンとされたものですから、私もキョトンとなります。

 …………………………。

 暫く私達の間には清閑な空気が流れておりました。

「沙都様は時折、突拍子もない事をおっしゃいますよね」
「私は何か可笑しな事を申し上げたようですね」

 ですが、質問の内容はふざけていた訳ではありません。魔女の恨みが誰も分からないのであれば、直接目で見られないかと思ったのです。現実では有り得ない話ですが、こちらは魔法がある世界ですからね。もしかしたらと可能性を口にしてみたのです。まぁ、エヴリィさんの反応からして、それは出来なさそうだと悟りましたが。

「いいえ、そのような事は思ってはおりません。先程のおっしゃった時空魔法の事ですが、残念ながら存在しておりません。ご期待に添える事が出来ず、申し訳ございません」

 私の予測通りの答えをエヴリィさんは申し訳なさそうにして言われました。

「いえいえ、やはりそこまではとは思いましたが、もしかしてと望みを口にしたまでですから、お気になさらずに」
「時空魔法につきましては私も望んでいる事なので、お気持ちは分かります。ですが、実際に存在してしまうとなると、色々と面倒な事にはなるでしょうが」
「それは言えていますね」

 気軽に過去に行かれて現在と未来を変えられては危険ですからねー。…さて、となれば、地道に魔女については調べて行くしかなさそうですね。気持ちの入れ替えをしてやっていきましょうか。

「現実的な考えで、魔女について調べて参りましょう。人型の魔女について具体的に綴られている書物はどちらになりますでしょうか?」





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