Birth38「そのような事があるのですか?」
「んー」
私は眉間に皺を刻み、らしくもない唸りを上げていました。只今、私は文殿に佇んでおります。ここは現実世界でいう図書館のような場所ですね。宮殿に丸々とこのような空間があるものですから、おったまげですねー。
膨大なる量の本が立ち並び、360度埋め尽くされています。部屋もコネクトルームのように続いていますし、やはりここを一人で調べものとは無謀でしたね。
ジャンルの配列もろくに把握していませんからね。無意識の内に、唸り声を上げてしまっておりました。この書庫へと赴いたのは「魔女」について知識を得たかったからです。何か有力な情報があればと思ってはいるのですが…。
そして普段、魔女退治の事につきましては会話で自ら触れないようにしていました。出来れば避けたい内容の事ですからね。下手に言葉にして命を縮込める必要もありません。突然に討伐!と、言われない事だけを願います。
ちなみに私はこちらの世界の文字が読めています。文字自体は全く目にした事のない不思議な形をしているのですが、脳内ではきちんと意味を把握しているのです。これもダーダネラ王妃様の能力を引き継いだおかげですね。
時に思いますが、こんな時こそ天神の杖を使って、パパッと目的の本を見つけ出せないものかと邪念が湧き起こります。私は衣の内側から、そっと杖を出してみました。この杖は常に肌身離さず持ち歩いているのです。
美しいレリーフが施された杖は煌びやかな光りを湛えておりました。見た目はこれだけでも華やかなインテリアになるデザイン性があります。実はこちらを頂いてからというもの、一向に力が発揮する様子はありません。
私はチラッと杖を打見します。相変わらず変哲もない様子ですねー。いつかこの杖を駆使出来る日が来るのでしょうか。なんとなくですが、反応を願って私は杖をえいえいっと振ってみました。
……………………………。
至って清閑な空気が流れております。室内に差し込むのどかな陽射しが却って、私の胸の内に寂寥感を広げていました。
「何をお探しでしょうか?お手伝いを致しますよ」
「え?」
背後から声をかけられ、私はハッと我に返り身を翻します。
「何かお調べものですか?沙都様」
「エヴリィさん?」
彼はにこやかな姿で私の前へと現れました。
「どうやらナンは一緒ではないようですね」
「あ、はい」
彼は軽く周りを見渡して確認をされました。そうなんですよね、いつもはナンさんが付き添って下さるのですが、実は彼女、本が苦手で読むと眠くなる体質のようなんです。それで付き合わせてしまうのは悪いと思いまして、ここには一人で来ていました。
「返って良かったですけどね。あ奴がおりますと、煩わしいので」
「はぁ」
相変わらずなのですね。エヴリィさんとナンさんの仲は…。
「どのような本をお探しでしょうか?これだけの数の書物ですので、お手伝いを致しますよ」
「え、はい。魔女について知りたくてですね」
と、思わず正直に答えてしまいましたよ。ここで下手に魔女の名を出してしまうのは自殺行為でしたね。
「魔女ですか?これまた何故ですか?」
あー突っ込まれてしまいました。そう思われますよねー。もう言ってしまったものは仕方ありません。腹をくくって話をしましょう。
「呪いの原因を知る手立てはないか調べてみようかと思いまして」
「それはそれは」
意想外?感心?と、エヴリィさんはなんとも言えない表情をされています。
「お探しするのをお手伝いしましょう」
「あ、いえ。お構いなく」
「ご遠慮をされる必要はありませんよ。上の方はハシゴを使用しないと、お取り出来ませんよね?お読みしたいものがあればお取りします。ご自分でハシゴに上られて、お躯に何かあっては大変です。沙都様の中には大事な陛下の御子がいらっしゃいますから」
「大丈夫ですよ?」
まぁエヴリィさん、気遣って下さっているのですね。私はお腹を摩りながら答えました。
「そうは参りませんよ。私ならこうやって…」
「え?」
エヴリィさんがフッと頭上に手を翳した次の瞬間、天井近くにあった一冊の本がガタッと音を立て、スルッとそのまま彼の手の中へと落ちたのです。
―――え?なんでしょうか、今のは?
意思によって物体を動かしたような感じでしたよね?
「あの、その本…。今の魔力ですか?」
「その通りですよ。ですので、私におっしゃって頂ければ、このように難なくお渡しする事が出来ます」
「は、はい」
さすが、魔導師様ですね。
「届く所までしか手をつけませんので、大丈夫ですよ」
「そうですか。では本日のお躯の調子はいかがですか?」
「あ、はい。お腹に張りや異物感はありますが、こちらの世界の体質になってから、悪阻がないので、とても助かります。それに、まだお腹もそこまで大きくはなっておりませんので、問題なく動けますし」
「お腹が大きく?」
ここで何故かエヴリィさんが首を傾げて、キョトンとされました。
「あの…?」
「お腹が大きくなるというのはどういう事でしょう?」
「え?」
エヴリィさんの問いに、今度は私が一驚します。今のお言葉はどういう意味でしょうか?妊婦のお腹は月日が経てば、大きくなるのは当たり前ですよね?いくら男性で赤子を生まないにしても、ご存じの筈ですよね?
「何を思われておっしゃったのかは分かり兼ねますが、沙都様のお腹は大きくはなりませんよ?」
「はい?」
一瞬なんのお話で?と、私は目をパチクリさせます。
「えっと、私のお腹には陛下の御子がおりますよね?その子は段々と大きくなっていきますよね?」
「?……なるほど、沙都様のお国とはまた異なるのかもしれませんね」
フムフムと何かに納得されている様子のエヴリィさんですが、私にはさっぱりと読めません。
「あの…?」
「今、沙都様の中にいる胎児はそれ以上の大きさにはなりませんよ」
「はい?」
私にしてはらしくない素っ頓狂な声を上げてしまいました。
「ど、どういう意味でしょう?大きくならないというのは成長しないという意味ですか?私の世界では赤子は母体の中で10ヵ月程かけて成長していき、大きくなります」
「沙都様の世界ではそうかもしれませんが、こちらでは赤子は母体の大きさに合わせたサイズで育ちますから」
「はい…?」
なんですか?その大きさに合わせたサイズと言いますのは?自動調整という事ですか!
「私のところでは出産の際、50cm前後の大きさで出てきますので、とても大変なんですよ!」
「それは大変ですね。こちらでは膣の大きさに合わせたサイズで出てきます」
口があんぐりとはこの事を言いますね。なんですか、それは!こちらの胎児は収縮性があるのですか!こちらの方達も私となんの変わりもない人間ですよね?それなのに、こんなところに違いがあるんですねー。って、関心している場合ではありません!そうしましたらですよ?
「生まれたての赤子はとても小さいんでしょうね?」
「赤子は誕生し、空気に晒された数分後に、沙都様の世界の赤子ほどの大きさになります」
「はい?生まれた後に数分で大きくなると?」
「さようです」
え?数分で50cm程に大きくな…る…の…ですか?申し訳ないのですが、私からしてみれば、奇怪現象ですよ!どういう仕組みなんですか!こちらの赤ちゃんは!もうここまできましたら、言葉が出てきません。あっぱれです!