Birth37「望むものは何か」




「こうやって其方と陽射しのある中で過ごすのは初めてだな」
「えぇ」

―――いつもは朝夜の例刻のみですものね。

 陛下はその時間には必ず、ご一緒に過ごして下さいます。まるで約束の刻限とでも言いましょうか。聞いたところによりますと、お忙しいにも関わらず、私との時間を何より優先にして下さっているとか。本当にこちらが恐縮する程、律儀な方だと思います。

 私がこちらに来てから数週間が経ちましたが、その間に陛下とどのぐらいお話をしましたでしょうか。敢えて質問をして答えるというよりも、日常の会話から自然に互いの事を引き出しておりました。そもそも住む世界が違いましたからね。

 互いが興味深げに耳を傾けますので、話が尽きません。それに陛下は他愛のない話から奥深いところまで下手には隠さず、きちんとお話をして下さるので、とても安心感があります。

 そういえば、私が「もし国王陛下ではなかったら、どのような職業をされていましたか?」というご質問をしてみましたら「魔力があれば退魔師、ないのであれば軍師」と、即答でした。い、意外ですよね。オールさんもですが、美形はこうアグレッシブな職業に惹かれるのでしょうか。

 ともあれ、陛下は互いを知っていきたいという思いを頑なに守って下さっているのですよね。立場上、厳酷な部分も多々ありますが、同じに甘さも与える、まさに飴と鞭をきちんと使い分ける方です。

 さてお察しの通りだと思いますが、只今、私はアトラクト陛下とご一緒におります。やんわりと暖かい陽射しが美しい庭園を包み込み、その光りが弾ければ、私の隣で腰を掛ける陛下が艶を帯びたように輝いております。まばゆくて直視出来ませんが。

 という事で、私の視線はおのずと目の前へといっておりました。それにしても、目の前に広がる施された庭園は見事なものです。この造りは幾何学式庭園というのでしょうかね。

 一見隠れ家的な敷地となっております。長角形などの形態で数段のテラスを作り、上段テラスの中央には建物を配して軸線を設定し、左右対称に構成をとる、まさに西洋で見られるテラス式、あるいは露段式庭園とも呼ばれるものです。

 バロック美の極致とも言える精巧な噴水を中心とし、そこから広がる緑豊かな保養の地は迷宮のイメージを喚起させています。さらに色鮮やかな花、彫刻の像をも並べ華やかさを際立たせて、優美な庭園を築き上げています。

 予め観賞用として構成されているのでしょうから、庭園が芸術そのものとなっております。現実世界でもヨーロッパ庭園を訪れた事はありますが、こちらの庭園が断トツでしょうか。まさに宮殿の中の大庭園です。

 そんな中で、私は陛下との時間を過ごす事になったのは、陛下と周りの方々のお気遣いと言えます。お腹の子も含めて水入らずの時間を過ごすという意味合いで設けられた貴重なお時間です。

 水入らずとなりますと「夫婦」という言葉が頭に浮かびましたが、私と陛下はそういう関係ではありません。まぁ、夜の睦事は毎夜とありますが、それでいて夫婦とはいえぬ、なんとも複雑な関係なのです。

 私はきちんとその辺の事は割り切っているつもりですが、陛下及び周りの方々はダーダネラ王妃様と変わらぬ扱いと待遇をして下さるので、歯痒い気持ちとなるのです。私はあくまでも王妃様の出産の代わりを務めるだけで、王妃様自身の代わりは出来ません。

「御子が生まれ、その子が一人歩き出来るようなったら、この庭園で一緒に戯れたいものだな、沙都」

 陛下の麗しげな笑みのもと、私はブッ!と、ギャク漫画のように、吹き出しそうになりましたよ!今のお言葉は大変生々しいですよね?一緒に戯れるのは私も含まれているのですか?私も家族の一員として見做して下さっているのでしょうか。今一、陛下のお考えが読めません。

 確かに陛下と王妃様の血を継いだ御子であれば、大変美しいでしょうから、お二人が戯れる姿はまた絵に描いたように、お美しいのでしょうね。そこに私が入るとなりますと、うーん、ビジュアル的に崩れるような気がします。謙遜し過ぎでしょうか…。

「えぇ、そうですね。とても楽しみです」

 突っ込み所は心の中に閉まっておきまして、私は純粋な気持ちをお伝えしました。私の答えに、陛下はより深く笑みを広げられます。ま、眩しいです!目を開けていられませんよ!私は輝かしい陛下のお顔から、目を逸らしてしまいました。

 重々しい魔女退治の件もありますし、あまり先の事は深く考えていませんでしたが、 私はこのお腹の子を出産した後、元の世界に帰してもらえるのでしょうか。先程の陛下のお言葉が真に思って下さっているのであれば、私はこの世界に残って暮らしていくのでしょうか。

 残ってやっていくとなりましても、自分の置かれているポジションに困ります。いくら扱いや待遇が王妃様と同様であっても、私は王妃様のポジションには居座れませんし、なにより一番大切であろう陛下との愛を交わしている訳でもありません。これが伴わない限り、今のポジションで残るのは何か違うような気がしてならないのです。

 …………………………。

「何を考えておる?」
「え?」

 気が付きませんでした。無意識の内に口を閉じ考え事をしていたものですから、沈黙が流れていたようで、陛下に気付かれてしまったようです。

「いえ、何も…」

 考えている事を容易に口にしてはならぬ気がして、咄嗟に私は答えてしまいました。いえ、心の底では陛下のお言葉で答えを聞くのを恐れていたのかもしれません。誤魔化すのに、少しボーとしてましてと言いそうになりましたが、さすがに陛下を隣にしてボーとはないですよね。

―――うっ。

 微妙に陛下から訝しげな眼差しを向けられていました。そうですよね、何もない訳がないですよね。

「あ、あの、陛下とこのような場所で、ご一緒というのが不慣れなものでして、思っていたよりも緊張しております」

 何か言わなければ、非常に気まずい雰囲気でしたので、私は一瞬にして思い付いた言い訳を言葉にしました。

「そうだったのか。其方でも緊張するのだな。あまり表情に出ぬから、分からなかったぞ」

 私でも十分に緊張はするんですよ、陛下。特に夜の睦事の時は始終緊張しっぱなしではないですか。一先ず、誤魔化しが利いたようで良かったですが。

「沙都…」

 突然に陛下が犯しがたい凛とした表情をされて、名を呼ぶものですから、私は妙な緊張が迸りました。

「其方は色々と思案を巡らせておる事だろう。こちらの重荷を課せ、無理をさせている。だが、私は、いや、私も含めてみなが沙都を選んで良かったと思っておる」
「え?」

 不意なお言葉に、私は目を丸くして陛下を見つめ返します。陛下は変わらぬ表情のまま、私を真っ直ぐと見据え、言葉を続けられました。

「其方は一切不満を口にせぬな。それは私の前だけではなく、他の者の前でも同じだと聞いておる。異世界の住人である其方ならば、慣れぬ生活に不満を零す事もあろう。しかし、其方は不満どころか、こちらの生活に柔軟に対応している。そして私達がなにより感心しておるのが…」

 ここで陛下はスッと立ち上がられ、私に背を向けますが、お顔だけこちらへと戻されます。

「其方は対価を求めぬ」
「え?」

―――た、対価?なんのお話でしょう?

 素で理解出来ない私はポカンとしておりましたが、陛下は私へと躯を向き直され、言葉を続けられます。

「私達は其方に、次代の国を背負う御子の出産に加え、魔女退治まで託しておる。これだけの難題を課せられているにも関わらず、対価を求めぬ其方に皆、好感をもっておるのだ」

 それは…純粋に褒められているのか、それとも遠回しに対価を求めぬよう予防線を張られているのか、その真意は分かりません。

「エヴリィから言われておった。天神から対価を求められた場合、どうするのかと」
「あの、対価とは例えば?」

 特に何も望んでいない私には何を求めるのか素朴な疑問でした。

「そうだな。例えば、王妃の地位…だろうか」
「はい?」

 思わず不躾な反応をしてしまいましたよ?いえいえいえ、さすがに私如きが無理なお願いではございませんか?図々しいと言いますか、太々しいと言いますか。私はそう思っておりますが、陛下の表情は真剣そのものです。

「そのような厚かましい対価は求められませんが」

 少なからずとも、陛下は私が王妃の座を狙うとお思いなのでしょうか。私は全くといって、そのようには思っておりませんので、ご安心頂かなければなりませんね。

「だが、其方は王妃の代わりに御子を生む。そして現在、王妃は不在でもある。求められる条件は揃ってはいると思うのだが」

 陛下は私の意思に偽りがないのか、確認されているのでしょうか。

「ですが、陛下…」

 私は言いかけて、言葉を呑み込みました。

―――私は何を…。

 思わず「王妃となるのであれば、陛下との間に愛が必要ではないですか」と、申し上げようとしました。さすがにそれを口には出来ませんが。

「なんだ?」

 透かさず陛下は問います。途中で言葉を抑えたりしましたら、気になりますよね。

「あ、いえ。先程も申し上げましたが、私は王妃となる事を望んではおりません」
「では何か望みはあるのか?」

―――望み…。

 問われて一瞬、一瞬それが何かを考えてみます。私はボーとしたように、気が一心して、自分が自分ではなくなっていくような感覚となります。

―――望み、望み…。

 私の胸の中で黒い渦が巻いているように思えました。ふと私にはある思いが浮かんでいました。

「…そうですね。では陛下のお心を頂けますでしょうか?」

 私の言葉に、陛下はまるで狐につままれたようなお顔をなさっています。

―――ドクンドクンドクン。

 沈黙に見舞われる中、心臓の音が耳の奥側で強打しています。せっかくお褒め下さった後に、あのような言葉は失言だったかもしれません。ですが、陛下がなんてお答えされるのか、純粋に知りたいという気持ちもありました。

 …………………………。

 気が付けば、陛下からフッと口元を綻ばせられました。今の笑みの意味は…?

「そうだな。今の其方の言葉が本気であるというのであれば、私も摯実に考えようではないか」

 このお答え、やはり陛下には適いませんね。興味程度の本気では答える必要がないとお思いになられたのでしょう。ですが、私は…。この内に秘める想いを明確にする日がやってくるのか、今の私には答えが出せずにいたのでした…。





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