Birth36「オーベルジーヌ国王妃」




 私がオーベルジーヌ王国に来てから、数日が経ちました。その間、私はナンさんと一緒に宮殿を回りながら、こちらの世界の文化や習慣など、生活に纏わる事柄を学んでおりました。

 なんせこちらでは宮殿での生活です。元いた世界の習慣は殆ど通用致しません。ましてや異世界ともなれば、生まれたての赤子のように何も分からないものです。

 そんな私に対し、ナンさんは毎日付き添って下さいます。最初、オネエ系に免疫のない私には戸惑いもありましたが、ここ一週間で違和感がなくなりつつありました。やっぱ慣れなんですかね。

 さて今日は宮殿の西「芸術の塔」へと足を運んで参りました。ここが案内の最後の塔となります。「芸術」という名からして絢爛なイメージがあり、その期待に心は踊るように弾んでおりました。芸術以外の塔も賛嘆せずにはいられぬ程の華麗な美術が広がっていましたよ。

 そして芸術の塔はやはり期待を裏切らない、いえ、むしろ想像を遥かに超える世界です。外観から精巧な美が集結され、内部の装飾品まで鮮麗さが散りばめられているのです。

 その感動に強く胸を打たれて、思わず足が震えてしまいました。これも卓抜した芸術家達の魂そのものを感じさせられますね。そんな素敵な空間を通り、一番に案内された場所が…?

「ナンさん、こちらのお部屋は?」

 目にした途端、息をする事すら忘れてしまいそうな美しさに、心が奪われておりました。大理石の床以外、見渡す限りすべてがフレスコ画となっています。その精彩に富んだ絵画とロココ調の金の縁に、辺りは窓から差し込む陽射しが弾け、絵画が王冠のように光り輝いていました。

「これはまた見事な絵画ですね」
「ふふふっ、素敵ですよね。ここは“王と妃の間”です。ご覧の通り、アトラクト陛下とダーダネラ妃のお二人に纏わる歴史が描かれています」
「まぁ、そうなんですね」

 言われてみれば、ブロンド色の美しい男女が寄り添う素敵な絵が描かれていますね。こうやってお二人の歴史を一つの部屋いっぱいに絵画で埋め尽くされているのですね。

「…………………………」

 とても微笑ましい光景の筈ですが、何故か私の胸は痛みを覚えておりました。何故、絵画を目にして、そういう気持ちになったのかは分かりません。

 陛下と王妃様のお二人一緒の姿はごく自然であり、むしろそれが然るべき姿に見えるのですが、妙に私の心を騒めつかせておりました。私はフルフルと顔を横に振り、掴みどころのない気持ちを追い払いました。

 そして私はナンさんの後に続いて、中心へと参ります。お部屋というよりは広間ホールと言った方が正しいでしょうか。中心に立って改めて見渡すと、本当に見事な絵画アートです。

「沙都様、こちらへ」

 ナンさんに促されて彼女の後を追いますと、正面の絵画の前で足が止まりました。

「沙都様、ご覧下さいませ!」

 ナンさんが声を弾ませ、満面の笑みで正面の絵画を指します。

「まぁ」

 これまた大きなサイズの絵ですね。高さは私の身長163cmよりもあります。大きさにも驚きますが、人物の美しさにも目を見張ります。白く透き通った艶かしいまでに美しく、一瞬女性かと思いましたが、これはあのアトラクト陛下ですね。

 胸元から上部までのお姿で細く微笑み、威風堂々としたオーラを放っていらっしゃいます。本物の陛下を忠実に描かれていますね。胸が痺れるような美しいお姿に、ナンさんが高揚するのも分かります。大ファンのアイドルのポスターを目にしている気分でしょうか。

「この陛下、女の私ですらゾクッとする美しいお姿です♪」

―――ん?

 私はナンさんの言葉の一部に違和感を覚えましたが、胸の奥にそっと閉まっておきましょう。

「この絵画の陛下はしっかりと私を捉えて下さるので、お気に入りなんですよね~❤」

 視線ですよね?私から見ても絵画の陛下は見つめて下さっていますよ?

―――あら?

 ウットリと陛下の絵画を見つめるナンさんを横に、私はお隣の絵画に目に留まり、導かれるように、そちらへと足を運びます。

「沙都様?」

 私の突然の行動を怪訝に思われたナンさんが後を追います。私は気に留めた絵画を見上げました。白皙の肌に、ペールブロンド色のフワフワの長い髪、瞳は大きく珍しいピンク色であり、そしてプルンとした膨らみのある唇。温容でたわやかに微笑むお姿は天使のように清らかであり、心を打たずにはいられない輝かしいこの女性は確か…?

「この方、私お会いした事が…」

 無意識の内に、言葉を零しておりました。

「嫌ですわ~沙都様、そんな筈ありませんよ。この方はダーダネラ王妃様です。沙都様がこちらにいらっしゃった時には既に王妃様は他界しておりましたから」
「え?」

 私の隣に並んだナンさんが「またまたご冗談を~」とした表情をされています。いえいえ、そんな筈がないのは私の方ですよ。

 この女性がダーダネラ妃ですか?この方は私がこちらの世界に来る前に目にして……………いえ、私はこの方に手を引かれて、この世界に来たんです!そうです!そうでした!今、思い出しました!

 お洒落な雑貨屋のショーウィンドウに飾られたスタンドミラーから彼女は突如現れ、いきなり私を鏡の中へと引っ張り込み、気が付きましたら、私はアトラクト陛下の腕の中にいた訳ですよ!

 ですが、可笑しな話ですよね?私を召喚したのはエヴリィさんだと聞いていますし。それなのに、どうしてあの時、王妃様はお姿を現したのでしょうか?その辺の事情をナンさんはご存じなのでしょうか。

 ふと伺おうとしましたが、何故か口を噤んでしまいました。何故だか自分でも分かりません。ただ、その事を今は口にしてはならないような気がしたのです。

「沙都様?大丈夫ですか?」
 急に黙り込んでしまった私をナンさんは心配そうにして、覗き込まれていました。

「いえ、なんでもありません。とてもお美しい方だったので、言葉を失っていただけです」
「まぁそうですよねー、十人十色という言葉がございますが、王妃様に関しましては誰しも口を揃えて、お美しいと賛美されていましたからね。この美貌で何人の男達を惑わ……虜にされたのか分かりませんが…」 「?」

 気のせいでしょか?ナンさんの言葉に、妙に棘があるように思えるのは…。

「……さんや……さんや…………最後にはまさかのアトラクト陛下まで!」  ブツブツと何かを唱えるような言葉が、ナンさんの口元から零れていきました。

―――こ、これは嫉妬ってやつですね。………え?

 フッと目に映った王妃様の絵画でした。一瞬、絵画の王妃様がこちらを深刻な面持ちで見つめていらっしゃったのは……気のせいですよね?





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