Birth32「波風が舞い込んできました」




 朝からとんでもない事が起きてしまいましたよ。もう躯の節々が軋むといいますか、思ったよりも年齢がきているのでしょうか。いえ、まだ私は20代ですし……うー、やっぱり鈍痛が走っております。

 こちらの世界の住人となり、いくら肉体的に頑丈な躯になったとはいえ、リアルな痛みですよ、これ。現実世界で運動を怠っていたツケが回ってきたのかもしれませんけど。

 これでも妊パーなので、陛下にはもう少し労わってもらいたいものです。心が獣化した陛下を止めるのは至難の業でしょうが。事を終えた陛下は普段通りの穏やかな様子に戻られて、その後は朝食を共に致しました。

 心を潤す程の豪華なお料理を目の前にしているにも関わらず、まともに喉には通りませんでしたよ。あのような後ですからね。逆に陛下は余裕で食されていました。召し上がっている姿も美しく、どこまでも完璧な方だと改めて思いました。

 さて話は変わりますが、今日も昨日の午後に引き続き、ナンさんから宮殿の中の案内を頂いています。これがまたとんだ広さをもつお城の為、一日かけても回り切れない程です。

 宮殿は全部で5つの塔によって構成されています。王族及び来客の住居、執務、社交、芸術、使用人・侍女の住居と、それぞれの塔がサイコロの5の位置に点在し繋がっています。

 中心となるのが、王族及び来客の住居の塔を拠点に、北に執務の塔、東に社交の塔、西に芸術の塔、南に使用人・侍女の住居の塔となっています。塔の外には馬車が待機しています。そうです、移動用の馬車なのです。

 一つの塔内が相当な広さを持つ為、歩いての移動は容易ではありません。ですが、私の場合、時間にゆとりがあるので(お腹の子の為にも運動がてら)塔内を歩いて回る事にしています。今日は「執務の塔」の案内です。

「沙都様、こっちこっちで~す!」

 満面の笑顔で指を差されているナンさんに招かれ、私は彼女の後に続きます。今、私は執務の塔の最上階へと来ていました。今日はまた一段と青空が澄み渡り、爽快な風が舞う日和です。ナンさんが指を差す場所が近づくにつれ、なにか壮大なものを感じ、高揚感が沸いてきていました。

「まぁ!これは…」

 映し出されたものに、思わず驚嘆の声が零れました。視界に広がる光景に、圧巻してしまったのです。宮殿が海上に浮かんでいます!なんという事でしょう!宮殿以外にも、いくつもの建物が孤島のように浮かび上がっているのです。

「ナンさん、これは一体どういう事なのでしょうか?」

 好奇心が生まれ、私は宝物を見つけた子供のような心をもって、ナンさんに問います。

「ふふふっ、眺めがとても素敵ですよね?沙都様にはゼニス神官様とお会いした時に、お話をさせて頂いていたかと思いますが、我がオーベルジーヌ王国は数百の島から成り立っています。国の外観はこのような形になっているんですよ~!」

 ナンさんは得意げな顔をされて言いました。そういえば、宮殿の外観を目にしていませんでしたね。島の上に建つ宮殿や建物はどれも重厚な城壁に囲まれております。建物の外観は曲線や楕円を多く用いり、彫刻やレリーフといった豪華な装飾が特徴のバロック式となっています。

 真っ白な壁をベースに宮殿は塔によって楕円屋根の色が分けられています。中心は赤、今、私とナンさんがいる北は青、東は緑、西は黄、南はピンクとなっていました。


 バロック式というのには納得ですね。宮殿の内部は彫刻や絵画、家具などの諸芸術が一体となった総合芸術となっていましたもの。イメージ的には中世ヨーロッパといったところでしょうか。

 ただ気になるのは地面から海上までの距離が近いような気がします。遠目ではありますが、今のところ波は穏やかな様子を見せていますが、荒波になる事があっては大変です。その辺のところは大丈夫なのでしょうか。

「このような満潮の海が、さらに波立つ事はないのでしょうか?」

 私は率直な意見をナンに伝えます。すると、彼女は笑みを浮かべて、首を横に振ります。

「ここの潮が波立つ心配はございません。元から風と波が穏やかな地帯ではあるんです。それに各島は城郭で囲んでおり、それらは水を跳ね退ける性質をもっているので、万が一の事があった場合でも、呑み込まれる心配はありませんよ!」
「まぁ、そうなんですね」

 やはり、万が一の事は考えているのですね。城壁が水を払い退けるなんて、不思議ですけどね。私の世界での素材は確か石材、レンガ、木材、土などだったかと思います。

 それにしても、サンサンと注ぐ光に磨きたてられて輝く海の純度も相当な高さのものです。建物はすべて鏡のように水面へと反射し、透明度の高さを表しています。なにより、この見事な紺碧の色。エメラルドグリーンの宝石を溶かしたような煌めきがあります。

 これだけの綺麗な海であれば、水産物が盛んになるのも分かります。海そのものが宝庫ですものね。素晴らしい環境だと思います。

「こんな美しい海に囲まれて生活をしているのですね」
「そうなんです。他国は陸地帯なので、唯一我が国だけが海の国なんです!」
「そうなんですね。あの多くの舟が見受けられますが、あれは?もしかして、移動用の舟なのでしょうか?」
「そうですよ。島から島の移動は舟を利用しています」

 舟はそうですね、イタリアのヴェベチアの川を移動するゴンドラのような役割でしょうか。数多くの舟が移動をしており、街の活性を感じさせます。

「沙都様、あちら側もまた素敵な風景が広がっておりますので、ご案内しますね♪」
「はい、是非」

 私はナンさんの後に続きます。歩きながら海の風景を目にしますが、見る角度によってはブルーにも見えるんです。エメラルドブルーってやつですね。

「んまぁっ!」
「どうされたのですか?」

 いきなりですが、ナンさんが素っ頓狂な声を上げられたので、私は首を傾げて問います。

「沙都様、隠れて下さいませ!」
「え?ど、どうし…」

 私の言葉より先にナンさんに腕を引っ張られており、彼女と共に私は外観の壁に身を潜めます。

「あの…ナンさん?」
「あそこをご覧になって下さいませ!」
「え?あれは…?」

―――オールさんとエニーさん?

 ナンさんの視線に合わせて目に映し出されたのは、オールさんとエニーさんでした。お二人とも背が高いので目立ちますね。

「エニーったら、オールさんと二人っきりで、とんだ抜け駆けだわ!」

 ナンさんは私の隣でプンスカと頬を膨らませ、ご機嫌斜めの様子です。嫉妬でしょうか?ナンさんのオールさんに対する熱意は相当なものですからね。

「お二人は今、お仕事中ですよね?何かお仕事の話をされているのではないですか?」
「あの子、普段は恋色沙汰には興味ありませんって顔して、本当はオールさんの事を狙っているのかもしれないわ!」

 あらら、今のナンさんには私の話は届いていないようですね。私が見ている限り、オールさんもエニーさんも仲を疑うような感じには見えません。お二人の表情からして、楽し気というよりは真顔のようですし、やっぱお仕事の話ではないでしょうか。

 ナンさんが気にされる事ではないような気もしますが、うーん、今の彼女の耳には届かなさそうですね。そういえば、オールさんとエニーさんは似通った軍服のような制服を着ています。という事は…。

「エニーさんはオールさんと同じく退魔師なのでしょうか?」
「いいえ、エニーは軍師ですよ」

 あ、ここはナンさん反応をしてくれましたね。

「あの子、若いんですけど、軍の指揮官をやっています」
「まぁ、それは凄いですね」
「はい、その辺の実力は認めますけどね」

 あのナンさんが認めているところをみますと、エニーさんは中々の実力の持ち主のようですね。まだ二十歳ちょっと(私の世界でいうならば)の若さと女性であるのに凄いですよね。

「いやん!ちょっと何あれ!?」

―――はい…?





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