Birth27「密夜は再び」




「そうか、ゼニス殿と天神について話が出来たか」

 ジェオルジ神殿から戻って来た今宵、私は陛下に今日の出来事をお話しました。ゼニス神官様と天神について話をした事をお伝えしますと、陛下は安堵の微笑を広げられました。

 さて少し話は戻りますが、私は宮殿に戻って来てから、ナンさんのお迎えが来るまで自室で待機をしておりました。えぇ、先にオールさんと帰って来てしまったものですから、彼女にとても心配をかけさせてしまいましたよ。

「沙都様っ、オールさんを抜け駆け……先に行かれていたので、心配しましたよ~」
「勝手に済みませんでした」

 私は口を窄め、本当にすまなそうにして、お詫びを入れます。

「いいんですよ~、これも全部エヴリィが悪いんですから!沙都様が謝られる事はありません!」

 最後にはエヴリィさんの責任となって終わってしまいました。その後はナンさんから宮殿のご案内を頂き、今日の行事は終了となりました。私にとっては不慣れな緊張の連続で、自室で一人になった時、どっと疲れが舞い込んできました。

 それから夕食を頂いて入浴を済ませた後、これでやっとゆっくり休めるのだと思いましたら、躯中の神経が解れ、安心して寝台に入りました…ところに出入り口の扉から、ノックの音が聞こえてきました。

―――もしかして、またオールさん?

 期待と捉えどころのない不安が入り混じったなんとも言い難い思いが胸に迫ります。それは今日のジェオルジ神殿を去った後のオールさんの手の温もりやら、昨夜の陛下の元へと案内された事など、色々な思いが交錯していたからです。

 私は恐る恐る扉を開きました。すると…?姿を見せられたのは使用人の男性でした。何故か残念に思う気持ちとホッと胸を撫で下ろす自分に疑問をもちつつも、使用人さんの用件を聞いてみますと、私は目がギョッとしてしまいました。

「陛下の寝室へご案内を致します」
「え?」

 いえいえ、陛下の寝室と言いましたら、前夜の出来事の二の舞が起こるかもしれませんよね?あのような事が二夜連続など、完全に私は溶け切ってしまいますよ?蒸発です!ですので「分かりました」と、素直に連れて行かれる訳には参りません。

「あの、私如きが国王陛下様の寝室になど、とんでもございません」

 私は前に両手を添え、咄嗟に逃げ道を口にしますが、使用人さんは顔色一つ変えずに、任務を遂行しようとされます。

「陛下から本日の天神様の行事について、ご報告を受けたいと申し付かっておりますので、どうかご一緒にいらして下さいませ」

 陛下にじかに報告ですか?そう言われてしまえば、逃げるすべがありません。あー、体調が思わしくないとお伝えすれば良かったですね。いえ、それはそれで回復魔法ヒーリングで治されたりなんかしましたら、ひとたまりもありませんしね。

 という事で結局、今宵も恐れ多くも、陛下の寝室へと足を運んでしまった訳ですよ。しかも、ご報告は陛下の寝台の上ときたものです。足を踏み入れる前の私ときたら、心臓が爆音のメタルを響かせておりました。

 ところが、実際は心配していた事柄は起きず、陛下は純粋に今日あった出来事を尋ねてこられました。一人私は勝手に周章しており、なんともお恥ずかしい限りです。そしてそれから私は陛下を見つめます。

 彼は私がゼニス神官様と天神ついて話が出来た事を喜んでいらっしゃいますが、私の心は真逆です。肝心な事が何一つ解決されていないものですから、陛下のようには喜べませんよね。ここは一つ、素直に自分の思っている事を陛下に伝えてみる事にしました。

「神官様も私が天神である事は間違いないとおっしゃっていましたが、神力が発現されない限り、信憑性に欠けるものかと思うのですが」

 一瞬、陛下は図らずしもといった表情を見せられました。

「ゼニス殿の言葉に間違いはない。彼が言った通り、力は時が来れば発現される。そう心配するでない」

 そうおっしゃるたおやかな陛下の微笑みを目にしますと、不思議と懸念が薄れていくように思えました。とびきりの美形の笑顔は効果大ですね。このまま神力など発現せず、無事に出産だけを終える事は出来ないものでしょうか。それまで平和にお腹の御子を育てていきたいものです。

 そして私は知らず知らずの内にお腹に手を当てておりました。代理出産の子であるにしても、次代の国を背負う大事な陛下の御子です。魔女退治など危険な目に合わせたくないのですが、どうもこちらの世界の方達のお考えは理解し難いですよね。

「どうした?」
「いえ…」

 急に口を閉ざし、黙然として俯く姿の私を目にした陛下から顔を覗かれ、私の心臓はまた無駄に突き出しそうになりました。

「御子が気になるのか?」
「え?」

 なるほど。私が目線を落とし、お腹に手を当てていたものですから、陛下はそう思われたのですね。的外れなお考えをさせてしまったと私は首を横に振ろうとした時です。陛下が私のお腹に手を触れてこられました。

 突然の出来事に私は異様な反応を示します。昨夜のまぐわいがあり、先程までなんとか平静を保っておりましたが、触れられると一気に点火したように躯に熱が入ってしまいます。陛下にまたスイッチが入られてしまったのではないかと、狼狽えます。

 さらに陛下が私に躯を委ねるように傾いて来られたので、思わず私はその場から身動みじろぎしそうになりましが、それよりも先に陛下のお顔が私のお腹へと落とされたので、硬直となりました。

「え?」

 私の思いとは異なり、陛下は私のお腹に頬を寄せられ、お腹を愛おしそうに擦っていらっしゃいます。陛下は御子を確認されていたのですね。これまた私はとんだ勘違いをしていたようです。

「陛下?」
「ここに私の子がおるのだな」

 嬉しさに動かされ、顔が綻ぶ陛下は少年のような無垢なお姿で、母性本能をくすぐられます。国王陛下という厳かな威風を漂わす雰囲気からは想像のつかない純粋なお姿です。そのような陛下を見て、私はある事が気になりました。

「あの、陛下はおいくつなのでしょうか?」
「これまた唐突に訊くのだな」
「済みません」
「謝る事ではない」

 陛下は私のお腹から、お顔を離し微笑まれました。オールさん達のご年齢はお聞きしましたが、陛下のお年は存じておりませんでしたよね。

「其方より二十と少しばかり上だ」

 一瞬、私よりも二十も…という事は五十を回っていらっしゃるのかと仰天しそうになりましたが、そういえば、こちらの世界の年齢は私の世界の二倍となりますので、実際は十ほど上という事になりますかね。

 それでも十分な驚きです。いくつか上とは思っておりましたが、そこまで離れているとは思いませんでした。アラフォーとは思えぬ若さがありますよね。白皙のお肌は皺やシミ一つもありませんし、これが素肌なんて本当に羨ましいですよ。

 陛下はお立場もご年齢からしましても、大人の男性ですよね。私にはある意味新鮮です。自分の世界の職場ではどんどん若い子が入社してきまして、近頃では古株になっていましたからね。

 さて余談はこの辺までにしておきましょうか。問題がこの後に起こりました。えぇ、空気が和んで全くと油断しておりました。油断といいますか、ほんのちょっとした隙を突かれ、私は陛下の思惑に嵌ってしまうのです。





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