Birth22「神官と魔導師」
「そこ」に足を踏み入れると、広がる神秘的な青の空間に息を呑みました。先程の大間が森林を思わせるのであれば、ここはマリンブルーの海を連想させます。
柱一つもない真っ新な空間なのですが、天井、壁、床には滑らかに舞う水流のような光が彩られ、まるで本当の水中にいるような感覚に酔わせられます。
幻想的な光に包まれる中、エヴリィさんは先頭を切って奥へと進んで行きます。この不思議な感覚に、私は半ば恍惚状態となってエヴリィさんの後に続いていましたら、ボスンッ!と、顔が前にぶつかってしまいました。
―――?
どうやらエヴリィさんが立ち止まっていたのに、気が付かず、私が突っ込んでしまったようです。
「お待たせ致しました。ゼニス神官」
エヴリィさんが前に向かって声をかけられました。私は彼の後ろから顔を覗かせると、目の先には一人のご老人が腰を掛けていて、私達の方に視線を向けられていました。この方がゼニス神官様ですね。
神官様は真っ白い厚手のローブを身に纏い、ゆるりとしたウェーブのかかった白く長い髪と髭、眉は厚すぎるせいか双眸が完全に隠れてしまっています。イメージ的には「仙人」を思わせるような方ですね。
神官様の表情は読めないのですが、心なしか私を直視しているように見えます。なんというのでしょうか。視線から圧力を感じます。それだけではなく、神官様の存在自体が何か普通の方とは異なる不思議なオーラを感じます。
「本日、ご機嫌麗しゅうございますか?」
エヴリィさんが微笑し言葉をかけますと、神官様はコクンと頷かれました。そして私達一同をグルリと見渡すと、一点に視線を止められます。そのお相手は…。
「オール、久しゅうな」
オールでした。神官様のお声は低くしゃがれていました。神官様のご挨拶にオールさんは若干目を細めて頷かれます。
―――?
なんでしょう?何処となく、お二人にしか分からない「何か」があるのだと悟りました。
「さて、お話をさせて頂く前に、沙都様もどうぞ腰をお掛け下さいませ」
「え?」
エヴリィさんは気遣って下さっているのでしょうが、見渡す限り、腰を掛けられる椅子は何処ありませんよ?
「えっと、椅子は何処にも…」
「すぐに用意します」
そうお応えしたエヴリィさんが垂直に片手を伸ばすと、ブワッと風圧がかったような音と共に何処からともなく、ご立派なクラウンの椅子がこちらへと向かってきました。
―――はい?
椅子が勝手に疾走してきませんでした?まるで強力磁石に引きつけられたように、エヴリィさんの手前で止まりました。その椅子をエヴリィさんは私の隣に置きます。
「お待たせ致しました。さぁ、沙都様、どうぞお掛けになって下さいませ」
「えぇ」
流れで私は腰を落としましたが、やはり気に掛かりますよね?
「あの、この椅子は今何処から来たものでしょうか?」
「あちらの遠くにございましたので、こちらまで手繰り寄せました」
「そうですか…」
って、安易に納得出来ませんよね!
「手繰り寄せるってどういう力ですか?」
通常は「こちらまでお持ちしました」と、手持ちされますよね。今のはまるで…?
「ご覧の通り、魔力でございます」
「え?」
私が心の中で思っていた事をエヴリィさんがハッキリと口にされました。v
「えっとですね、魔力と言いますが、エヴリィさんは?」
「私ですか?私は魔導師です」
「え?まどうし…ですか?」
私はオールさんの職業をお聞きした時と同じく驚きました。
「沙都様には馴染みのないお言葉になりますね。魔導とは自らの意思で魔法を使う者の事をいい、師は導師的立場の者をそう呼びます」
「という事はエヴリィさん、魔導師さんなのですね。導師的立場をおもちという事はそれなりのご身分のようで」
「そうですね。神官様のもとに直接お会い出来るのは王族の者か師の称号をもつ魔導師のみとなっております」
「そうなんですね」
なるほど、それで今回、神官様にお会い出来るのはエヴリィさんのおかげという事なんですね。朝食をとった室内で、エヴリィさんとナンさんが言い争いをしていた時の気になった会話の意味が繋がりました。
それにエヴリィさんは私をこの世界に導く力をもつ凄腕ですものね。ただのお顔だけのナルシーというわけではなかったのですね。彼に対する色々な疑問が解かれた気がします。元いた世界では架空と呼ばれるものばかりが実在としていて驚かされます。
さて腰を掛けますと、私だけ特別に椅子を用意して頂いた事に申し訳なさを感じましたが、神官様と対面となり、妙な緊張が走りました。白毛の中で隠れている双眸から、強い視線を感じるのです。やはり視線は気のせいではなかったようですね。
「ゼニス神官、こちらが例の天神の沙都様でございます」
私の隣に立つエヴリィさんから紹介が入って、緊張が高まりましたが、私は頭を垂らしました。
「初めてまして、ゼニス神官様」
ここでも神官様はコクンを頷かれるだけでした。基本は物静かな方なのでしょうか。
「こちらはジェオルジ神殿の神官ゼニス様です」
今度は神官様が軽く頭を下げられました。
「そしてゼニス神官はこのオーベルジーヌ王国の守り神でもあります」
「え、守り神ですか?」
エヴリィさんはサラリと言われましたが、私は言葉の意味が把握出来ません。それを察した彼は言葉を続けます。
「沙都様の世界の神は姿形として存在していらっしゃいませんが、我々の世界では最高の魔力をもつ者を神殿の“神官”、すなわち“神”として崇めております」
なんと人間が「神様」として崇められているのですか。魔力と言った不思議な力をおもちでいらっしゃいますものね。となれば、目の前のゼニス神官様は最高のお力をお持ちという事になりますよね。それで並ならぬオーラを放たれているのでしょうか。ここで一つ思い立つ考えが湧きました。
「オーベルジーヌ王国の守り神という事は他国ではまた別の神官様かみがいらっしゃるという事でしょうか」
さようでございます。各国ごとに神官が存在しております」
「そうなのですね」
色々と奥が深そうですね。
「沙都様、神官から天神についての説明を致しますが、その前に我々の世界の事を簡単にですが、話をさせて頂きます」v
「はい」
そうでした。今後、暫くこちらの世界でお世話になる訳ですし、知っておくべきですね。天神と魔女退治の事で頭が占めていたので、そこが抜け落ちていました。v
「じゃぁ、オール。君から説明してくれ」
―――え?
エヴリィさんは突拍子もなく、話をオールさんへと投げたではありませんか?
「何故オレが?」
案の定、オールさんは不満の表情をぶつけています。
「オレはまた別の話をしなきゃならないし、それに退魔師のオマエの方が外の世界を知り尽くしているだろ?」
「はぁー」
エヴリィさんから無理矢理な理由付けをされ、オールさんは深い溜め息を吐き出されました。エヴリィさん、単に説明が面倒というわけではありませんよね?