Birth20「どなたの手をお取りすればよろしいのですか?」




「沙都様、そちらの衣はとてもお似合いでいらっしゃいますね。着物の素材は沙都様のような黒髪の女性によく映えます」
「あ、有難うございます」

 部屋を出てすぐにエヴリィさんから、お褒めの言葉を頂きました。

「それに衣の上で舞う黒髪はまるで麗かに晴れた日に吹く光風のような美しさですね。天神らしい品格を漂わせていらっしゃいますよ」

 く、くさいセリフですね。エヴリィさんは至って満面の笑みを広げられていますが、どうも胡散臭いと言いますか…失礼ですけどね。女性を喜ばせるお言葉を言い慣れていらっしゃるイメージがあります。そんな事を思っていた時でした。

「沙都様、お気を付け下さいませ。エヴリィのそういった言葉は日課のようなものです。いわゆる病気ですから」

 私の隣で忠告をして下さったナンのお言葉に、やはりと確信をしました。

「心外だね。オレは本当に思った事をそう口にしているまでだよ。ナンはすぐにマイナーに受け止める癖があるからな~。なんせ普段から人にビューティな言葉を言われないもんだからさ」
「はぁ~?」

 あ~、どうしてまたエヴリィさんとナンさんは喧嘩を始めようとされるのでしょう。回廊は他の方も通りますから、お行儀良くしてもらいたいものです。

「沙都様、ここからジェオルジ神殿は歩いて10分程です。通常は外門を出て街中を通りますが、今回は地下廊を利用して参ります」

 ナンさんと言い合いが始まるかと思いきや、エヴリィさんはいきなりお話を切り替えられました。どうしたんでしょうか、お仕事モードでしょうか。

「地下廊ですか?」
「はい。外観からは宮殿と神殿は別々の建物となっておりますが、実は秘密の経路で繋がっております」
「秘密の経路ですか?」
「それが地下廊です。少しばかり薄暗い道を通りますが、きちんとエスコ―トを致しますので、ご安心下さいませ」
「私はオールさんにエスコートしてもらおっかな~♪」

―――え?今のお声はナンさん?

「そんな義務はない。成すとしても初心の者に限る」

―――ん?どういう意味でしょう?

 オールさんのお応えの意味が私には分かり兼ねました。

「あーん!私も数える程度しか利用した事がありません!あそこは薄暗いので、エスコートして下さると助かります!」

―――なるほど、そういう意味だったんですねー。

「断る」

 オールさんはナンさんには目もくれず、お断りをされました。オールさんはご自分の心に素直な方なのかもしれませんが、もう少し言葉を選んであげて欲しいものです。

「ブッ!」

 今、エヴリィさんから笑いが零れたのを私は見逃しませんでした。

「えーん!」
「だからオカマの泣く姿はグロイから止めてってば」

 そして、またエヴリィさんはナンさんへの攻撃に入るんですねー。

「あ、あの!私のエスコートは無くても構いませんよ。ここはエヴリィさん、ナンさんをエスコートしてあげて下さい」

 オールさんが駄目なのであれば、あとはエヴリィさんしかいませんものね。それにここはエヴリィさんの株を上げるチャンスです。

「やーん!エヴリィにエスコートされるぐらいなら、自力で行きますからお構いなく!」

 ナンさんの完全な拒否により、私のほのかな願いは打ち砕かれました。

「初めから一人で歩けばいいのに、変に欲を出すから、話がややこしくなるんだよ」
「キィ―――!!!!」

 エヴリィさんが冷やかな言葉を放ちますと、ナンさんのヒスに火が点いてしまいました。あ~、すれ違う人から不思議そうな表情を向けられておりますよ~。

 その方々は実は先程から私達を前にされると、わざわざ立ち止まって深々と頭を下げられます。私も思わず会釈を返しますが、気のせいでしょうか。すれ違う方々みなから敬礼を受けているような気がします。

「あの、オールさんやエヴリィさんはよほどのご身分をお持ちなのですね」

 敬礼される方々を後にし、私はポロリと吐露します。

「沙都様に敬礼をしているのですよ」
「私にですか?」

 エヴリィさんのお応えに、私は目を大きく見開きました。

「そりゃそうですよ。沙都様は王妃様に代わられて、王子をお生み頂きますし、何より天神様でいらっしゃいますからね。オレ等よりも特別な扱いを受けられて当然です」

 そうでした。私は妊婦でした。昨日知ったこの事実に、まだ現実味を感じられていないんですよね。でも子宮の辺りに手を当ててみますと、弾力と張りがあるのは確かですし、異物感もあります。昨日のディナーや今日の朝食もいつも以上に摂取したような気がしますし、確実に食が進んでおりました。

 ここに本当に陛下の御子が…時期国王陛下になられる方がいるんですよね。改めて考えてみれば、大変に恐れ多い事です。そんな大役を自分が張る事になるなんて。…そういえばですが。

「もう既にお腹の子の性別が男の子だとお分かりなのですね」

 今まで普通に聞いておりましたが、エヴリィさんは「王子」だと言い切っていましたよね。

「はい。魔力で透視が出来ますから」
「まぁ」

 それはそれは。エコ画像が無くても、こちらの世界では魔法の力で確認が出来るのですね。

―――?

 ふと気が付けば、螺旋階段の前へと出ていました。

―――ここを下りていくという事でしょうか。

 そう思った時、前を歩かれていたエヴリィさんが後ろにいる私の方へと振り返ります。基本ニコニコ笑顔の彼が真顔でしたので、一瞬面食らってしまいました。

「沙都様、ここを下りて参りますが、一点お伝えをしておきます。これから参ります地下廊は宮殿の者でも極わずかしか知らない道です」

 そのお言葉を耳にして、私は頭の中でピンと弾ける音がしました。

「それは口外しないようにという事ですね?」
「お察しの通りです」

 エヴリィさんは満足げに深く頷かれました。

「宮殿と神殿は密接な関係なのでしょうか?」
「神殿はいわば聖域です。王宮の人間といえど、安易に行き来するのは宜しくないという事です。神殿へと出る場所も、一般の者が足を踏み入れられない域となっておりますし」
「そうなんですね。分かりました。誓って口外を致しません」

 私の意思を確認したエヴリィさんは階段を下り始めました。

―――数分後。

 数百段を下り終えますと、薄暗いコンクリート状の回廊へと出ました。思っていたよりもずっと狭い空間となっており、静寂としていてました。何も妨げのない道が空気を通り易くしているのか、ヒンヤリとした肌寒さが肌へと纏わり付いて、確かにこれなら秘密の経路と言えますね。

「この先は狭く少々入り組んだ道となっております。私が明かりを灯しながら、先へと進みますから、沙都様は私の後に続いて下さいませ」
「分かりました」

 と、何処からともなく、灰明るさを放つ角灯ランタンがエヴリィさんの手の中に現れておりました。いつの間に持たれていたのでしょうか。

「なんでしたら、私が沙都様のお手を引いて、お連れ致しますが?」
「え?」

 浮かんだ疑問も吹き飛ばす突拍子のないお言葉をかけたエヴリィさんは私の前へサッと右手を差し出されましたが、私はキョトンとしてしまいます。

「エヴリィ!アンタのその気遣い不要よ!沙都様、お応え出来ずに戸惑っているじゃない!」

 私の背後からナンさんが語気を荒げて、お伝えをされます。

「そう?では沙都様、オールに手を引いて貰って下さいませ」
「「え?」」オールから手を引いて貰って下さいませ」

 ナンさんと同時に私は驚きます。

「オールがさっき言っていましたでしょう?初心の者ならエスコートをすると。沙都様ならお連れ出来るだろう?オール」

 えっとですね、さすがにオールさんはそうはされないかと思いますが。

「え?」

 オールさんは言葉では応えられていませんが、無言で私の前に手を差し出されます。さすがにこれには私も目を見張って驚きました。

「さぁ沙都様、ご遠慮なさらずにオールの手を取って、私の後に続いて下さいませ」
「ちょっと!エヴリィ!オールさんを促して、私になんの嫌味なのよ!」

 透かさずナンさんから怒りが飛びます。当然ですよね。

「嫌味?とんでもないよ。純粋に危険なく沙都様をご案内致そうとしているだけだよ」
「ムキィ―――――!!!!」

―――あ~、私はオールさんの手をどうしたらよいのでしょうか…。





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