Birth17「秘め事の翌朝」
夢現の最中、朧げだった視界が次第にハッキリと映し出されてきます。同時に眩い光に照らされているのが分かりました。窓から陽射しがうらうらと差し込まれているようです。寝台へと横たわったまま視線を泳がせますと、
―――はっ!
目に映し出されたものに、私は息もつけぬ程、驚いてしまいました。
「…っ」
声にならない声を上げた私はガサッと躯を大きく揺らし、その拍子に物音が立ってしまい、さらに目の前の男性が私へと振り返られました。その方と視線が絡みますと、私は息を呑みます。相手の胸元を覗かせた羽織りの寝衣姿がなんとも魅惑的でした。
「目覚めたか?」
フワッと嫋やかな笑みを向けられた瞬間、鼓動が高鳴り、息苦しさを覚えます。忘我の境地へと浸らせる美貌をもつ彼…いえ陛下は私の方へと足を運んで来られました。彼が近づくにつれ、私の鼓動は暴走したメトロノームのように速まり、年甲斐もなくジタバタとしてしまいそうです。
さすがに昨夜の出来事があった後で、普段の平静心を保てられる程、私は出来た人間ではありません。あのなんとも情熱的な夜は暫くご無沙汰だった私には刺激的すぎでした。思い出しただけでも、躯全体が燃え上がりそうな気分です。
陛下は私の前まで来られると、寝台へと腰を落とされました。彼を目の前にして、私は瞬く間に顔に熱が集中してしまい、思わず掛けシーツを目の下まで覆ってしまいました。そんな私の羞恥をご存じなのか分かりませんが、声をかけられます。
「気分はどうだ?」
覗き込まれている表情から、労りを気遣って下さっているのが分かります。
「…はい、悪くはありません」
とはいえ、久々の行為に躯の至る所が微妙に鈍痛が走っております。年なんですかねー。
「それは良かった」
笑みを深めた陛下はそっと私の頭の上に手を置かれました。心地良い感触によって熱に浮かされそうです。反対に陛下は余裕ですね。さすが国の主です。多少の云々では表には出されない…というよりはもう経験上、慣れていらっしゃるのかもしれませんね。
私は昨夜の事について触れられるのではないかと心配しておりましたが、特に何もおっしゃらないので、安心しました。こう改めて陛下のお顔を近くで拝見しますと、美しいという表現さえ拒む程の整った本物の美形です。
極め付けは男性とは思えない色っぽさに、私は眩みとの戦いに必死ですよ。私をそのような状態にさせる陛下の黄緑色の澄んだ双眸には私はどのように映っているのでしょうか。少々観察気味でおりますと、
「其方が目覚めて早々だが、私はすぐに出なければならない。昨晩に続き、共に食事が出来ぬ事を申し訳なく思っておる」
陛下からお詫びの言葉が入ります。
「いいえ」
昨日も思いましたが、陛下と食事など畏れ多く緊張して食事が喉に通らない気がします。それにこれ以上一緒におりましたら、私は熱に溶かされたマーガリンのようになってしまいます。
「この後ナンが参る。朝食の案内を受け、その後の予定は彼女から訊いてくれ」
「はい」
「沙都…」
「なんでしょう?」
改めて名を呼ばれたりしましたら、ドキリとするではありませんか。
「あまり無理はせぬように。其方のそこには私の御子がおる」
陛下は私のお腹へと視線を落とされておっしゃいました。お気遣いとても嬉しいです。…が!昨夜の陛下の行為は激し過ぎましたよ?そちらは別物ですか?と、秘かに心の中で突っ込んでしまいました。
「では私は失礼しよう」
陛下は寝台から腰を上げられ、羽織りの紐を腹部の前で結び直されて、肌蹴た胸元を整われます。私は扉までお見送りしようと、ベッドから起き上がろうとしました。
―――はっ!
自分の姿を目にして瞳を大きく揺るがせました。目覚めて早々、陛下に見惚れて気付きさえしませんでしたが、私は裸体ではありませんか!室内は隅々まで陽射しが行き届いているので、掛けシーツを剥がせば丸分かりです。咄嗟にシーツで躯を隠します。
さすがに霰のない姿でお見送りするのは失礼ですし、ナンさんや他の方との対面も出来ません。かといい、お見送りをしないもの失礼ですよね。あぁ~、こういう時に限って夜着が何処にも見当たりません。どうしましょう。そんな躊躇う私の姿に気付かれた陛下はから
「其方はナンが参るまで、ゆっくりしていると良い」
フッと微笑され、またもや気を遣わせてしまいましたね。それから陛下は部屋を後にされました…。
………………………………。
部屋に一人佇んでおりますと、ようやく冷静な気持ちが戻ってきました。目覚めて一番に刺激的な陛下のお姿を目にして、熱の上昇に正気を失っておりましたが、やはりこちらは「夢」ではないようですね。
突然の異世界トリップ、しかも一国の王子をお妃様の代わりに出産というフラグ付きの妊婦です。目が醒めたら全部夢でした…なんて事ではなかったのですね。となれば、元の世界では私の失踪やら蒸発とやらで騒ぎになっているかもしれません。
この方、朝帰りなどした事のない私ですから、一緒に住んでいる妹は男が出来たのか!と、ビックリ仰天をしているかもしれません。帰った時には異世界で出産をしていたなんて言ったところでも、堅物の妹は間違いなく、私を病院送りにするでしょうね。
仕事はもう次を考えた方がいいかもしれません。三十路前でちょうど転職を考えていたところでしたし、貯金もあるので暫く生活は困らないでしょう。ただ姿を暗ましていた間の言い訳を考えるのが大変ですね。
「ふぅー」
私は軽く溜め息をつき、立ち上がって夜着を探し始めました…。
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陛下がお部屋を離れてから、数分後にはナンさんが来られました。相変わらず今日の彼…彼女の姿はフリフリの真っ白いエプロンを着けてインパクト大ですね。お顔を合わせた早々、目についたものがありました。
「ナンさん、お手にしているそちらはなんでしょうか?」
「ふふっ、これはですね、沙都様に着て頂く衣ですよ」
「衣ですか?」
衣服でしょうね。綺麗に折りたたまれておりますが、ノーブルな素材とデザインというのが分かります。このような高級な代物を私が身に着けて宜しいのかと萎縮してしまいそうです。
「どうぞ~」
ナンさんから差し出さて私は衣服を手にします。その場でハラリと広げてみますと、
「す、凄いですね!」
思わず驚嘆の声を上げてしまいました。淡い紫色の高級感溢れる絹の振袖です。袖と丈のラインには繊細なちりめん柄のパッチワークの刺繍が施され、スカートの部分はパニエを入れたイレギュラー形となっており、なんとも斬新な振袖ではありませんか。さらに空気を舞うような滑らかさと陽射しを浴びた水面のような輝きをもったオーガンジー素材の羽衣まで付いております。
「これはまた素敵な衣服ですね。でも皆さんが着ていらっしゃるものと異なるデザインですよね?」
皆さんのドレスは中世ヨーロッパを思わせるようなものですが、私が今手にしているこちらの振袖は和服に近いです。
「それは沙都様が天神様だからですよ~。そちらは天神様の衣となっております」
なるほど、イメージ的には天女の羽衣といったところでしょうか。何にせよ希少価値のある衣です。
「そちらに着替えをされましたら、お食事へとご案内致しますね~」
ナンさんに言われ、私は天神の衣装にお着替えとなりました。
―――数分後。
「まぁ、サイズもピッタリでよくお似合いですわ~」
「有難うございます」
衣を整えて下さったナンさんが改めて私の姿を目にされると、感嘆のお声を上げました。私的には振袖で膝ほどの丈がとても若い感じがして気恥ずかしいです。ちなみに着慣れない振袖で、しかも異世界の衣という事もあって、着方が分からず狼狽えていましたら、ナンさんが着付けをして下さいました。
えぇ、そうです。ナンさんは男性ですが、そこはなんの躊躇いもなく積極的に手伝って下さいました。私は文句を言える身ではありませんし、ナンさんは私のサポートがお仕事ですからね。
それにしても本当に立派な和装ですね。明らかに衣に着飾ってもらっていますよ。色合いも刺繍も美しいのは勿論ですが、羽衣も透き通っていて手に纏う触り心地が滑らかであり、まるで水中を流れているようです。
「さぁ、お食事へ案内しますねー」