Birth8「彼の真意は入り組んでいるようです」




 謁見の間を後にした私はオールさんに続いて回廊を進んでおりました。先程の部屋も芸術の宝庫だと思いましたが、今歩いているこちらも手が行き届いた芸術と言えます。

 見上げれば、中世ヨーロッパをイメージさせる建築美術はデコラティブデザインが美しくきめ細やかに描き出されています。横に目を向ければ、精緻なレリーフが施されたねじれ型の支柱が印象的です。

 床さえもエレガントな花が描かれた上質な寄木細工となっています。何処に目を向けましても、存在感の溢れる仕上がりです。それでいて目の前のオールさんも輝かしいオーラを放つ歩く宝石ときたものです。

 私はといえば、レーストップスをレイヤードにしたシンプルなマキシワンピに、ほぼスッピンに近いメイクといった格好で、一人だけ場違いのように思えます。なんせ今日は病院に行くのがやっとでしたので、着飾る余裕などはありませんでした。

 さて回廊を歩くこと数十分は経ちますが、私はずっとオールさんの背中を見たままでした。歩く速度はだいぶ私に合わせて下さっているのは分かりますが、話かけて宜しいのか分かりません。

 彼を間近にすると、威容を誇る姿と甘美な雰囲気に萎縮してしまうんですよね。要するに気軽に話しかけられる相手ではないという事です。正直アトラクト陛下の方が話し易いのではないかと思ってしまいます。

「こちらのお部屋になります」

 物思いに耽ている間に、目的のお部屋に着いたようです。何気にここまでの道のりは長かったですね。いくつか階段の上り下がりをしたものですから、相当な広さをもつ宮殿です。結局、オールさんとはここまで一言も話をしませんでした。

―――ギィ―――。

 重厚感漂うデザインの扉が開かれ、足を踏み入れますと、

―――まぁ!

 思わず驚嘆の声を上げそうになりました。上質な扉からして予想は出来ましたが、室内も期待を裏切りません。美しい花綱飾りが描かれた天井と壁、クラシカルな色合いで統一された調度品はアール・デコ調のデザインとなっており、一つ一つがまるでオブジェのように際立っています。

 中央には金色に縁どられたベルベッド素材のクラウンのソファ、最奥には柔らかで上質そうな天蓋付きカーテンのベッドが設えており、流れるカーテンは光沢感のあるビロード素材で、繊細な花の刺繍が織り込まれています。

 純白なシーツに覆われたベッドはフカフカそうですね。室内全体が見事なラグジュアリー感に溢れています。まさに「ロイヤルスイートルーム」と呼ぶべきでしょうか。こんなお部屋を一般市民の私が使用して宜しいのでしょうか。

「こちらはご自由にお使い下さいませ」
「有難うございます」

 内装に目を奪われ惚けておりましたが、声をかけられハッと我に返ります。思いますが一番豪華に見えるのはオールさんですよね。背も高く、威風辺りを払うお姿は目が眩みそうになりますし。ここまで容色に恵まれた方を間近にすれば、情感に鈍い私でも平静ではいられないようです。

「こののち、食事が参ります。それまでごゆっくりとお過ごし下さい」

―――あ、やっぱり。

 私の中である確信が生まれました。実はオールさん、私に話しかける時、微かにですが表情を歪められるんですよね。しっかりと目は見て下さるので、そこまで私が目の毒になってはいないと思うのですが。多分…あれですね。

「…あの」
「なんでしょう?」

 どことなく慮外だとオールさんの表情が語っています。

「お仕事上、否めないのでしょうけど、私と二人の時は無理に敬語を使われなくても宜しいですよ」

 私の言葉にオールさんの金色こんじきの明眸が大きく揺らぎました。どうやら私の考えは的を得ていたようです。

「そうは参りません。貴女は大事な天神ですから」
「それは名ばかりです。貴方に抵抗がおありだと分かっていて、言わせてしまうのが忍びないだけです」
「私はそのようには」
「本来、私は只の一般市民です。それが風格にも出ているのでしょう。そんな庶民に対して様呼ばわりなんてとんでもない事だと、貴方の表情に出ていますよ」

 私は敢えてきつめに言葉を返しました。オールさんは格式を重んじるタイプでしょうから、これぐらいハッキリと申し上げないと分かってもらえないでしょう。彼から返答はありませんが、グッとこらえるように目を細め、私を見つめ返しています。

「ましてや異世界の得体の知れない住人です。ハッキリと言ってしまえば、私の事を蔑んでいるのではありませんか?」

 オールさんの眼差しがギラリと鋭い色に変わり、空気もピりッと張り詰めたように重くなりました。さすがにここまで言われれば、腹立たしいでしょうね。とは言いましても、申し上げた事に間違いはないかと思います。

「随分と挑発的な言葉を投げられるのですね。非礼を詫びろとでもおっしゃいたいのですか」
「そのようなつもりはありません。純粋に敬語を使わずにいてもらいたいと申しているだけです」
「……………………………」

 彼は私から視線を外し、少しばかり考え込むような姿勢を見せます。

 ……………………………。

「考えさせて頂きます」

―――あら、上手い逃げ方ですね。

「遠慮される事はありませんよ」
「貴女は容易に甘えられる相手ではありません」
「では貴方は陛下から敬語を使用するなと下された場合、従われないのですか?」

 私の返しにオールさんは瞠目とされます。今のは突拍子もない言葉ですけどね。

「今の話とどう関係が?」
「質問の答えにはなっていませんよ」
「…陛下がそうおっしゃるのであれば」
「でしたら、敬意を払う私の要望もお呑み下さい」
「……………………………」

 微妙に彼はふて腐れたような表情をされています。

―――あら、意外にも素直なんですね。

 なんだかそれが可笑しく思えまして、

「ふふっ」

 思わず私は噴き出してしまいました。

「何か?」

 急な私の笑いに、オールさんは不満げに問います。

「それも敬語に近いですよ?」
「はぁー」

 そして面倒だと言わんばかりに、軽く溜め息を吐き出されました。

「何が可笑しい?」
「いえ、まつろう姿が意外で思わず」
「……………………………」

 彼は口を噤んでしまいましたが、表情からしてだいぶ入り組んでいるようです。思ったよりも取っ付きにくい方ではなさそうですね。ポーカーフェイスに見えても、きちんと感受性をお持ちのようで、安心を致しました。





web拍手 by FC2


inserted by FC2 system