STEP92「BURN UP NIGHTの秘密」
――どうしてこんな展開になったんだ!
急展開を迎えています。それはもうビックリするぐらい! 人生初、部屋に異性を招いて二人っきりというシチュなんです。しかも相手はあのルクソール殿下! (殿下と呼んで良いのかわからないけれど!)
丸いローテーブルを挟んで、私は殿下と対面して座っていた。テーブルの上には香り高いローズティーを淹れたカップ二つと動物型のクッキーが置かれている。私はあまりにも緊張し過ぎて、紅茶にもクッキーにも手がつけられずにいた。
何故こんな状況になっているのか。大学祭のミスターコンが終わった後、私はなんとしてでも殿下と話しがしたくて、機会を窺っていた。葵と泉には私が殿下に一目惚れしたと思われ「ストーカー行為はやめた方がいい」と強く止められたが、私はなにがなんでも引かなかった。
会場から花束を持ったミスター選手達が出て来た時、それはもう芸能人 並みにファンが恐ろしく群がっていて、おまけに殿下はグランプリの受賞者だ。とてもお近づきになれる状況ではなかった。それでも私はなんとか自分をアピールしようとして……。
――結果惨敗。
芸能関係のカメラマンとかもガチにいたりして、私みたいなモブが入れる隙は一ミクロもなかった。さらに熱狂にもみくちゃにされて、マジ泣きたい気持ちになった。
――終わった……。
おまけに葵は流れでタケルンとのデートに走ってしまったし、泉は急なアルバイトが入ったとかで別れてしまった。独りぼっちになった私はすっかり肩を落としていた。
――せっかく殿下に会えたかもしれないというのに……。
ろくに確かめられずに帰る羽目になるなんてさ。考えてみれば、殿下は文句なしの美丈夫だ。こちらの世界でも私とは別世界の人間なんだろう。このまま帰るのが悔しい。だからといってどうする事も出来ない。気が付けば私は正門へと足を運んでいた。
「ヒナちゃ~ん!」
どっから降って湧いてきたのか、陽気なイケヴォから名を呼ばれる。
――こんなイケヴォの知り合いなんて見覚えないんですけど?
そんな疑問が浮かんで振り返ってみるとだ。
――……えぇえええ!?
私は腰が抜けそうになった! めちゃめちゃ見覚えのある顔の男性二人がこちらへと向かって来ていた! どちらもタキシード姿だ。一人は爽やかな笑顔で私に手を振っているし、もう一人は……まさかの……?
「で、で、で、殿下と、ネ、ネ、ネープルスさん!?」
「ヒナちゃん、久しぶりだね!」
私が名前を呼ぶと、ネープルス? はさらにブンブンと手を振ってきた!
「ひ、久しぶりってネープルスさん、声が全く違うじゃないですか!」
あっちの世界のネープルス本人かどうかはわからないけれど、私はそう突っ込まずにはいられなかった! 私の知る彼は男児の声をしていた筈だ! それが今は乙ゲーの人気声優さんに匹敵するほどの甘やかなイケヴォをしているのだ!
「開口一番がそこ? この声だと異性が群がるから面倒でさ」
ネープルス(だと思う)はイケメンだけが許されるような言葉で答えた。確かにその煌びやかな美顔に素の声だと、異性に群がられるという話も納得する……ってそんな事よりもっと大事な話があるだろう!
「本当にアナタはあの世界のネープルスさんですか!? それに……」
私の視線はネープルスの隣へと移る。
――あぁ~会いたくて会いたくて堪らなかった殿下だ!
「ルクソール殿下も? どうして二人とも私の世界にいるんですか!?」
「その秘密を知りたいか?」
「え?」
意味ありげな微笑を浮かべて問う殿下の姿は美しい! 純白のタキシード姿で、私の目には神的に映っていた!
「は、はい! 知りたいです!」
知りたいに決まっている! こっちの世界で会えるなんて奇跡としか言いようがないもの!
「では二人になれる所に移動しよう」
「へ?」
――ふ、二人になれる所ですと!?
い、いきなり難易度の高い展開がきたよ! 私の頭の中はグルグルの混沌 が渦巻いていた!
「他人には聞かせられない話だからな。場所を変える必要がある」
「わ、わかりました! あ、あのネープルスさんは一緒に行かれないんですか?」
「ボクはこれからミスターコン受賞パーティに参加するからいいや」
「いいやってそんな……ってネープルスさんもコンテストに参加していたんですか!?」
「え? 今更?」
ネープルスの口があんぐりとなる。ちなみに彼は準グランプリを取っていたそうだ。ゴメン、全くコンテストを見ていなかった! ……という事で、私は殿下と二人になれる場所=私の部屋となったわけだ。
いきなり部屋に招くなんて、殿下に変に思われるかなって心配したんだけど、彼こそ「いいのか?」と驚いていた。他に誰にも話を聞かれない場所なんて、すぐに思いつかなかったしさ。これが殿下が私の部屋にいる経緯 だ。
…………………………。
――き、気まずい!
な、なにか話題を! といっても、なにも浮かばない! チラッと殿下の顔を覗くと、一口紅茶を飲むその姿だけでも麗しい! それから殿下はティーカップを置くと、徐 に口を開いた。
「そろそろ話を始めようか。まずは“BURN UP NIGHT”の世界についてからか」
「え?」
私は酷く息を呑んだ。殿下はあの世界を「グレージュクォルツ国」ではなく「BURN UP NIGHT」と言ったよね? つまりそれって……?
「殿下はあの世界がゲームである事を知っているんですか?」
「あぁ」
「あの世界はなんなんですか?」
「……あれは人のように意識を持つゲームが作り出した世界だ」
「え?」
私は再び息を呑む。殿下の答えがいつかグリーシァン から聞いた話と同じだったからだ。あの時の私はそんな馬鹿な話があるか! と、突き返したが殿下相手ではそうもいかない。彼が嘘を言うような人ではないからだ。
「ゲームが人のように意識を持っているという事ですか?」
「そうだ。信じ難い話だが、オレもそう聞いている」
「誰から聞いたのですか?」
「ゲームの本人からだ」
…………………………。
うん、ちょっと頭を整理しようか。生憎、私の頭では話を理解するのが困難のようだ。えっと……つまりどういう事になるんだ?
「ゲーム本人を人に置き換えて考えるとわかりやすいかもしれない。あの世界は人が作り出した創造の世界……そういえばわかるか?」
「えっと……はい。て事は人をゲームに戻して考えると、ゲーム本人が創造主で私達はその世界へワープしていたって事でしょうか?」
「呑み込みが早い。そういう事だ」
「そんな事どうやって起きるんですか! というかあのゲームはなんですか!?」
「ゲームの正体はオレでもわからない。何処から生まれ、どう生まれたのか、それは誰にもわからないんだ。ただゲーム自体をオレ達は“ゼロ”と呼んでいる」
「オレ達? ゼロ?」
「オレやネープルスはあの世界のユーザーだ」
「ユーザー?」
――ってなんだ? ゲームプレイヤーって意味?
私は訳がわからず思案を巡らせるが、疑問符が消える事はない。
「そしてアッシズも」
「アッシズさんも? ユーザーとはなんですか?」
「ヒナ、オレ達が最初に出会った時の事を思い出せるか?」
「え?」
――いきなり話が飛んだよね?
益々謎は深まるばかり。でも今は問われた事だけを答える。
「……はい。私は鎖に繋がれて牢獄の中にいました。そこに殿下達が現れて……でしたよね?」
「そうだ。あの時の会話で“悪役令嬢”という言葉が出てきていたのを憶えているか?」
「あ、はい」
――勝手に悪役にされて頭にきたけどさ。
って口に出すのはやめておいた。殿下は少しばかり苦笑いをしながら、また私に問いかける。
「あの時、違和感を覚えなかったか?」
「違和感ですか?」
「悪役令嬢という聞こえは外から見た人間が言う言葉だろう?」
「……あ!」
そうだ! 考えてみれば妙な話だよね? だって「悪役令嬢」ってライトノベルの読者とかが呼んでいる物語のキャラの事を言うんだもん! 実際の人物に対して言うのはオカシイよね!?
「……えっと、つまりユーザーとはこちら側の人間の事ですね?」
「そうだ」
「では殿下もネープルスさんも初めからこちらの世界の人?」
「あぁ」
だからか。あの時、殿下達がライトノベルっぽく私の事を悪役令嬢なんて呼んだのは。あ、あとアレだ。ネープルスがやたら言っていた課金という言葉も納得したわ!
「そしたらアッシズさんも殿下達と同じ大学にいるのですか?」
「いや、アッシズはオーストラリアに住んでいて、向こうでは社会人だ。確か熱気球のパイロットをしているとか言っていたな」
「ほぇ?」
アッシズってば、南半球にいる外人しゃんだったのか! しかも熱気球のパイロット! なんかっぽくて本人に合っている! いつかオ―ストラリアの大自然を熱気球の上から見せてもらいたいわ!
「殿下達は何故ユーザーに選ばれて、あの世界へと行かれたんですか?」
「きっかけは人それぞれのようだ。オレは恋愛に奥手の友人がいて、彼の恋愛オンラインゲームに付き添っていただけだった」
「あ! それってメーカー名が『恋する❤キューピッツ』じゃありませんでしたか?」
「そこまでは覚えていないな」
――はい! 『恋する❤キューピッツ』なんて口に出した自分がハズイです!
「友人がユーザーとなる筈が、何故かオレがゼロから“君、王子様みたいだから、ボクの世界に入れてあげるね!” と言われ、気が付いたらあの世界に飛ばされていた」
「なんですか、その理由!?」
「紛れもない事実だ」
殿下は大真面目に答えた。うん、疑っておりませんよ。あまりにゼロの気まぐれにビックラしただけで!
――あれ? そういえば……。
「殿下も他のユーザーも私がこちら側の人間だと気付いていたんですよね? なのにどうして私がBURN UP NIGHTの話を出した時、本当の事を話してくれなかったのですか
「確かにヒナが外の人間だと気付いていたが、明かす訳にはいかなかった。ユーザーはあの世界の人間に自分が外から来た人間と悟られてはならない規則になっているからな。規則を破れば二度とあの世界へは行けなくなる。だが、ユーザー同士であれば許されている。ヒナについてはユーザーなのか、聞かされていなかったからな。下手に話す事が出来なかった」
「あの……でしたら私があの世界に呼ばれた理由はなんでしょうか?」
「ゼロの気まぐれに過ぎない」
「え?」
今、サラッと殿下は凄い答え方したよね!
「オレ達もヒナについて聞いてみた時、そう答えが返って来たんだ」
「き、気まぐれ? ……気まぐれ……気まぐれ」
――ってなんだよ、おい!
さすがに殿下に突っ込みは出来ない。私は心の中でゼロをボコボコにしてやる! その気まぐれで私は何度死にそうな目にあった事か!
――ちょっと待てよ?
ここで私は重要な事を思い出した。あの牢獄で悪役令嬢と言っていたのは殿下とアッシズと、そして……。
「グリーシァンさんもユーザーだったのですか?」
「そうだ。実はグリーシァンはこちらの世界で生きている」
「え!?」
