STEP91「見事に輝いたのは……」
――心ここにあらず。
ここ数日の私はずっと虚無感に見舞われていた。視線を彷徨わせると、ハラリハラリと下へと流れる落ち葉に目が留まる。急激な寒さがやってきたせいか、コートに近い上着を羽織る人の姿をチラホラと見かける。
秋色に染まる十一月初旬、移り行く季節により喪失感が増していくようだ。心にポッカリと穴が空いてしまっている。この空洞を埋められるものがなにもない。平穏な日々であるのに、幸せを感じられずにいた。……もうお気付きでしょうか?
――そう、私は自分の世界に戻っていた。
ここへ戻る前、あちらの世界グレージュクォルツ国の祝賀会で、ルクソール殿下に告ったところまでは覚えている。一世一代の愛の告白であったが、殿下から返事は貰えずに、私は元の世界へと戻された。私を戻したのは殿下本人だろう。
『自分の世界で自由に生きろ』
最後にそう殿下から残された。彼は私が異世界から来た事を知っていた。いつかの私の話を信じていたのだろう。それでどうやって私を元の世界 へ戻したのかはわからない。
殿下は王家の秘術の力を持っている。異世界の人間を戻せる力も持っていたのかもしれない。……殿下、出来れば告白の返事を欲しかったです。例えそれがお断りであっても。
考えてみればだ。殿下はジュエリアを捕まえた私とはもう付き合う必要がなかった。とても優しい人だ。断る事で心を痛めるぐらいであれば、「ヒナには自由が合っている」という私の為を思った言葉を残す方が綺麗に終われると思ったのだろう。
――すべて私を思ってやってくれた事だ。
そうわかっているのに、心の何処かで答えが欲しかったと切望する自分がいる。そして再びあのゲームの世界に戻る事は叶わなかった。あの世界へ繋がるサイトそのものが、どんなに探しても見つからないのだ。それもあたかも初めから無かったように。
葵と泉にも「BURN UP NIGHT」の作品の事を聞いてみたけれど、二人とも素で驚いて知らないと答えた。あのゲームのダウンロードと登録を一緒にやった事を伝えても、あれは「BURN UP NIGHT」の作品ではなかったと言った。
そんな筈はないと、私はダウンロードした形跡を探すのだが、残念な事に全く違うタイトルが残っており、葵も泉も「それを登録したんじゃん」と言われた。私には全く身に覚えのない、ただのPCのオンラインゲームだった。
メーカーに問い合わせても「我が社はそのような作品を既出しておりません」という回答であった。「BURN UP NIGHT」の世界はおろか、その作品すら存在しない。私があの世界で体験した事はすべて夢であったと言うのだろうか。
――夢落ち……そんな馬鹿な。
と、何度も頭を振った。どんなに頑張っても、あの世界に繋がるものがなにもない。そんな現実に悔しさいっぱいになって涙した日もあったが、今ではその涙も枯れ果てた。何故、私はあの世界に呼ばれたのだろうか。確かグリーシァン が言っていたよね?
『貴女は選ばれて招待されたわけだし』
――とはいえ、今となっては知る手掛かりはなにもない。
私はなんとも言えない思いを胸に抱いて、深い溜め息を吐いた。
「陽菜多!」
突然、名を呼ばれてハッと我に返る。
伏せていた顔を上げると、ポニーテールを揺らしながらこちらへと向かってくるモデル系の葵と、女子でも守りたくなるような可憐な乙女の泉の姿を目にする。葵は私の顔を見るなり、マジマジと覗き込んできた。
「なんかシケた表情しているけど大丈夫? 気分でも悪いの?」
「え? そんな事はないけど?」
私は心の中でバツが悪そうな顔をした。葵はサバサバした性格で、あまり人の事に深入りしない性格だけど、勘が鋭い。陰鬱としている私の心をすぐに汲み取ったようだが、私は否定した。
「そう、なら良かった」
私の返しに葵はそれ以上なにも突っ込まなかった。
「なんか二人とも今日は雰囲気が違うね。服装に気合が入っているような?」
「そうかなぁ?」
と、泉は素で首を傾げているけど、無意識にお洒落をしてきたのか。彼女はトレンチコートから覗かせている胸元とスカートの丈に、パールとビーズストーンで飾られた紅色ワンピを着ていて、いつも以上にガーリーだ。
対して葵はデニムジャケット×カーキワイドパンツコーデに、お高いPRABAのアクセサリーを身に着けて決めている。私は子豚 色のパーカーに、アイボリー色のミニスカと普段とさほど変わりのない服装だった。
今日はこれから葵の彼氏ことタケルンとこの大学際に向かうところだ。葵はタケルンと会うから服装に気合が入っているのかもしれないけど、泉はね。別に年上の彼氏がいるし。
――これぞ女子力に抜かりがないというべきか。
普段なら彼氏が欲しいなら見習わないとなって思うところだが、今の私にはそう思えなかった。
「さぁ行こう! せっかくタケルンにミスターコンの席を取ってもらったから、早く会場に行きたい!」
葵は興奮していて気持ちが急 いでいるようだ。そう、今回の大学祭はミスコンだけではなく、ミスターコンも開催されるのだ。私達のメインはそのコンテストを見る事だ。それに……。
「タケルンも出るコンテストだもんね」
そう泉に言われた葵はパッと顔に花を咲かせる。
「そうそうそうなの~! あぁ~タケルンが優勝しちゃったら、マジどうしよう~」
目の前で華やかな女子トークが繰り広げられているけれど、私は何処か冷めた様子で見ていた……。
❧ ❧ ❧
「はぁ~い! これまでは選手達の魅力アピールを披露して貰いましたが、ここからはお題を与えていきまぁ~す! さて最初のお題は“目の前で好きな彼女が泣いている時、どう慰めるか”を披露して下さい!」
コンテストを進行している司会者の言葉に「きゃぁあ―――――!! ❤❤❤」と、凄まじい女子の黄色い声がどよめく。辺り一面が叫び声で震撼していて怖い。既にミスターコンは始まっていて前半まで終えていた。
今回はハイスペックな男性陣が揃ったらしく、会場の興奮も恐ろしいほど盛況に及んでいた。タケルンが取ってくれた席は特等席の最前列……ではなく、中央ド真ん中の席だった(泉は「後でタケルンを締める」と言っていた 汗)。
その席から見ても、ミスターの候補選手達が十分イケメン揃いなのがわかる。でも今の私にはどんなイケメンも皆同じように見えていた。その理由は……脳裏にある人物の姿が思い浮かぶ。
――ルクソール殿下ほどのイケメンはいないもの。
かなり女々しいとは思うが、私は殿下の事が忘れられずにいた。もう二度と会う事はない二次元の世界の人で、あの世界は夢であったかもしれないのに、私の胸中は美しい殿下に恋をしていた気持ちが息づいていた。
「オレの前でそんな顔を見せるな。じゃなきゃ、こうしちまいたくなるだろ?」
「きゃああああ――――!! キスしちゃいやぁああ――――!!」
とある選手の演技により会場が盛り上がる。そんな熱気に渦巻かれている中でも、私の気持ちは沈んでいるからか、おのずと視線が下がっていた。こんな調子で私はろくに熱気に乗れずにいたが、コンテストは最終結果まで進んで行った。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
「準グランプリまで発表を終えました! 次はいよいよ……グランプリの発表でぇ~す!」
――ワァアアア――――!!!!
これまで以上に司会者の力強い声に、観客の声も一層に上がった。と思いきや、すぐに静寂が訪れる。
…………………………。
緊張の瞬間。司会者はわざともったいぶって間をもたせ、観客はヤキモキしていた。私は誰が優勝しても興味ないんだけどね。
――もう帰りたいな。
ここにいると殿下の事を思い出してばかりで切なくなるばかりだ。
「第十三回ミスターコン、見事グランプリに輝いたのは…………“エントリーNO.7ルクソール・エルフェンバイン”君でぇ~す!! おめでとうございます!!」
――…………え? 今……司会者はなんて言った?
私の頭の中が真っ白に染め上がった。すぐに浮かんだ疑問は会場の盛況の声によって揉み消されてしまう。
――きゃぁああああ――――――!!!!
異常な歓喜の声に、思わず私もステージの上を注目した!
――!?
呼吸が止まる! 私だけ時が止まったように固まっていた。この距離からでもグランプリした人の姿がクッキリ鮮明に映っていた! すべてのスポットライトが彼の為にあるのではないかというぐらいキラキラと眩い人物だ!
その人はスラリとした長身の純白色のタキシード姿で、お星様を砕いて散りばめたようなプラチナブロンドの髪が印象的だった。瞳も黒には見えない! あの色はアメジスト? そんでもってとんでもない美丈夫の外人さんだ!
私が驚いたのは彼があまりに美しかったからでも、外人さんだったからでもない! 心の中で息づいていた「彼」がステージの上で生身の人間として立っているからだ!
――な、な、な、なんでなんでルクソール殿下が私の世界に!?
「やっぱり思った通り! 麗しき私達のプリンス、ルクソール様が優勝したわ――――!!」
「ルクソール様! おめでとうございまぁ――す!! 愛してまぁ――す!!」
なんだかよくわからないお祝いの声が飛び交っているおかげで、余計に私には混乱を招いていた! ルクソールと呼ばれた男性は司会者に招かれて、マイクを向けられている。
「グランプリに輝いたルクソール君、本当におめでとうございます! いやぁ~、それにしても観客から凄い熱気だね~。改めて君の人気ぶりには驚かされるよ」
「とんでもありません」
「また謙遜するところがいいね! さて早速ですが今の心境をお聞かせ下さい!」
グランプリした男性は爽やかな笑顔で、嬉しい心境を語っていく。私は彼の姿に釘付けになっていた!
――やっぱりあの人、ルクソール殿下だよね! あの穏やかな声……間違いない! ……でもどうしてどうして殿下がここにいるの!?
私の頭の中はその疑問一色に埋め尽くされていた。そのまま殿下へのインタビューは進んでいく。
…………………………。
「では最後にこの喜びは誰に一番伝えたいですか?」
司会者は意味ありげな顔をして質問すると、また観客から悲鳴が上がった。
――きゃああああ――――!!
「彼女とか言わないで――――!!」の声が凄い凄い! さすがに私もそれは堪 える。そんな複雑な気持ちで殿下からの答えを待っていた。
――ドキドキドキ!
妙に心臓の音が煩い。そして殿下の答えは……。
「一番大事なコに伝えたいですね。今日このコンテストを見に来てくれていますし」
――え?
私の心はガラガラに砕け落ちた。
――そうだよね。やっぱりあれだけの美丈夫だ。彼女がいて当たり前だ。
私は厳しい現実を叩きつけられて俯いてしまう。
「何処の女じゃ! 私のルクソール様を誑かしたのは!? 八つ裂きにしてやる!!」
「いっやぁ~~ん! ルクソール様にそんな方がいたなんてショックで死んじゃう!!」
感傷に浸るのも束の間、何故かギャラリー達の罵声が私のいる中央真ん中へと集まっているような?
――な、なにこの恐ろしい罵声は? ……え? き、気のせいかな? 殿下がこちらに目を向けているように見えるのは! ……じ、自意識過剰ってやつ?
「まさかそんな大胆な答えが返ってくるとは思わなかったなぁ~! ルクソール君に愛されている女の子は幸せだね~。この後、彼女から盛大にお祝いしてもらって下さいね! ……では受賞した皆様、今一度こちらにお並び下さい!」
――ドキドキドキドキドキドキ。
さっきよりも心臓の音が煩い。コンテストは最後の余興が行われていたが、私は熱に浮かされた気持ちが拭えず、ずっと殿下から目が離せずにいた……。
