STEP89「優雅な世界で」
忙しい日々が続いたグレージュクォルツ国だが、あっという間にいつもの日常を取り戻していった。これもルクソール殿下の采配の振り方が見事で、物事が円滑に進んでいったようだ。
とはいえ、殿下本人は謙遜していて「これもすべて兄上のおかげだ」と、相変わらずヴァイナス王太子を立てていた。本当によく出来た弟君を持てて王太子は幸せ者だ。それに今はサロメさんが傍にいてくれているし。
その彼女と王太子は正式に婚姻を結んで夫婦となった。実は今夜その祝賀会が開催される。そして私も彼等と(一応)縁があるから、参加させてもらえる事になった。
以前、建国記念パーティに参加させてもらった時は女中の制服姿だったけれど、今回はきちんとドレスアップさせてもらえたよ~。ドレスの丈がフロントはミニ、バックはロングのデザインとなっているレモン色のフィッシュテール。
ふんわりと広がるティアードフリルの上にオーガンジーレースが覆われていてエレガント! さらにヘアーも毛先をクルクルに巻いてもらって、アクセサリーも身に着けて、形だけでも立派なお姫様になったよ(●´ω`●)ノ.。.:*☆
ドレスに着飾られている感バリバリだけど、一生に一度の出来事だろうから、思いっきしお姫様気分を味わおうと思う。それから私は広間へと足を運んだ。エスコート……という胸キュンイベントが無いのは虚しいけれど、広間に入ればそんな考えは吹き飛んだ。
――少し前のバタバタが嘘のようだ。
この広間を一言表すなら優雅。忙しいとは無縁の世界へと変わる。ここだけが別世界のようだ。気が張り詰めていたあの建国記念パーティの時とは見え方が全く異なるわ。
天井から壁、シャンデリア、ステンドグラス、支柱、着飾る人々、料理とどれもが一流のダイヤモンド達を集結させた光り輝く空間。これは黄金色の陽射しさえも霞ませるほどの眩しさではないか! 圧巻させられるわ!
この空間の中にいると、ほんの数週間前まで自分が生きるか死ぬかの生活をしていた事が夢であったのではないかと思う。そんな煌びやかな世界で、一番注目を浴びているのが今日の主役の二人、王太子とサロメさんだ。二人は色々な意味で際立っていた。
私も人の事は言えないけどさ、ドレスアップがね! もうなんて形容したらいいのか……。王太子の礼服、デザインと色はサロメさんがアドバイスしたのか、彼によく似合っているんだけど、それ以外は絶対自分で決めちゃったでしょ? みたいな?
天然パンチにストパーをかけてしまったみたいで、しかもパンチが強力なのか中途半端になっていて。ストレートなのかパンチなのかごっちゃ混ぜだし、アクセサリーの全部が超絶に似合っていない。
――うん、完全に着飾られている。王太子のつぶらな瞳が点にしか見えないわ。
そしてサロメさん、王太子の礼服と合わせて純白色に染まっているんだけど、肌が天然で蒼白としているから、もういつも以上に幽霊にしか見えない! あれでも化粧で血色を良くしてもらっている筈なのに、彼女の場合、厚塗りしてあげないとダメなんだってばさ。
形はどうあれ、二人は周りから温かな祝福を受けて幸せそうだった。王太子もなんだかんだあったけれど、最後はサロメさんで本当の幸せを見つけられたんだよね。今、初めて王太子を羨ましいと思ってしまったよ。
それから主役の近くにはブリュトン国王とキャメリア王妃の姿もあった。お二人の姿を目にして、私はドキリと緊張が迸る。実はほんの少し前に私はお二人と直に話をしていたのだ。
お二人は建国記念パーティの時に遠目で見たぐらいだったのだが、ジュエリアの件で、直に私へお礼を言いたいとおっしゃったらしく、急遽私はお二人の元へと訪れる事になった。
うん、今まで散々心臓が壊れそうな出来事を体感してきたけれど、それでも国王と王妃を間近にした時の緊張は半端なかった。謁見の間に訪れると、玉座に腰を掛ける国王と彼の隣に立つ王妃の姿があり、さらに近くに王太子と殿下の姿もあった。
「大儀であった」
そう国王からお褒めの言葉を貰えた時、なんとも言えない達成感に包まれた。命懸けだったもんね。本気で死ぬかと思ったし。今こうやって生きている事を実感出来るのが幸せだよ。
そして私はジュエリア捕縛の協力した対価に、正式にこの宮殿の女中として働かせてもらえる事になったよ! 休養している間、ずっと懸念していた今後の事が落ち着いて本当に良かった!
そんな安堵した様子が顔に出ていたのだろか。その時、ふと殿下と視線が合わさり、彼がとても穏和な顔で私を見ていたものだから、心をドキュン! とピストルで撃ち抜かれてしまったよ。殿下の笑顔は破壊力が素晴らしい事!
――そういえば殿下の姿が見えないな。
私はグルリと広間を見渡すが、やはり姿が見えない。
――どうしたんだろう?
そう気に留めている時だった。
「今日の格好可愛いね、ヒナちゃん」
スッと視界に入って来たのは……。
「ネープルスさん」
彼は魔術師のパーティ用の正装姿で、にこやかな笑顔を浮かべて現れた。
「いつものワンちゃんみたいな風貌が、今日は見事にお姫様へと変わっているね!」
「今すぐ殴ってもいいですか?」
ネープルは顔を合わせるなり、余計な言葉を添えて褒めてきた。ワンちゃんって遠回しに私の事をパグやブルドックだと言っているよね?
「え~なんでなんで~?」
ネープルスはクネクネと大袈裟なリアクションを見せて問う。
「私は犬ではなくて人・間・な・の・で!」
私は「人間」の部分をやたら強調して答えてやった。
「ボク、純粋に君が可愛いと思って言っただけなんだけどな~? 皮肉に捉えちゃダメだよ~」
「あら? 自分が犬に見られているって自覚するようになっただけでも、とんだ進歩よね」
「はい? ……ってウルルさん、まだアナタはこの王宮にいたんですか?」
私とネープルスの会話に羽の生えたテディベアが現れた。暫く登場がなかったウルルだがジュエリアとの戦いを終えた後、彼女はマラガの森には帰らずに、何故かこの王宮で過ごしていた。
「当然でしょ? 私は大義を果たして、ルクソール王子から暫くここに滞在してもいいと許可を得ているのだから。人を邪険扱いしないで頂戴!」
フンとした刺々しい態度でウルルは答えた。
「別に邪険扱いはしてないですよ。ってかウルルさんって美形に目がありませんものね」
ウルルがここに残る理由なんてこれしかないだろう。ルクソール殿下、アッシズ、ネープルスとウルル好みの男性がいるもんね。「目の保養よ」とか「眼福に溢れる」とかなんとか言って興奮している彼女の姿が想像出来るわ。
ウルルは相変わらずだ。グリーシァン捕縛後、私は彼女とは絡みがなかったけれど、顔を合わせれば、一瞬で一緒にいた頃の私達になれるわけだ。私はやれやれとした気分で溜め息を吐いた。
考えてみればウルルと過ごした日ってたったの二日間しかなかったのに、腐れ縁の仲のように思える。そう思うのは私だけなんだろうけど……って変なの! 相手はぬいぐるみ……精霊という人外の生き物なのにさ。
「あ! イケメン騎士!」
ウルルから黄色い声が上がった。こちら側へ向かって来る男性に興奮している様子。ちなみにウルルの姿は私、ネープルス、殿下の三人しか見えないのは変わっていない。
「ヒナ」
「アッシズさん」
こちらへと来たのはアッシズだった。彼も正装用の軍服を着ていて、これまた精悍で華やか。ネープルスの頭上でウルルが歓喜の雄叫びを上げていてウッサイ! それだけアッシズがカッコイイという事は認める。
「ネープルスも」
「やぁ、アッシズ」
アッシズはネープルスにも軽く挨拶をした。
「今日は見事に正装した姿だな。普段とあまりにも違っているものだから、すぐにヒナだと気付かなかったぞ。ヒナもドレスを着れば立派な姫君になれるんだな」
「わぁ! 有難うございます!」
アッシズの言葉がお世辞ではないと、彼のクールな笑みが物語っている。私は素直に喜んでお礼を伝えた。ウルルは「馬子にも衣装! 馬子にも衣装!」と、何度も叫んでいるが無視無視!
――さっきのネープルスの言葉とは大違いだね。
チラッとネープルスの方を見遣ると、彼はほぇ? っとした顔して、
「ヒナちゃん可愛いね、お姫様みたいだ!」
と、今取って付けたような言葉を零した。棒読みでね! 全く抑揚が感じられんわ!
「ネープルスさんもアッシズさんを見習って言葉を選んで下さいね!」
「今日は見事に正装した姿だね。普段とあまりにも違っていたから、すぐにヒナちゃんだと気付かなかったよ。ヒナちゃんもドレスを着れば立派なお姫様だ」
ネープルス、今度はアッシズの言葉をパクって伝えてきたよ!
「パクっちゃ意味ありませんから!」
私は力んでネープルスを叱咤した。あ、アッシズがなんともあやふやな表情をしている! こんなネープルスとのやりとりなんて突っ込みどころがわからないよね。うん、ネープルスは放っておいてと。
「アッシズさんも素敵ですよ。騎士の正装には女性陣が黄色い声を上げますし」
「そうか? ……まぁ、ヒナからそう言ってもらえて嬉しいけどな」
少しはにかむ姿のアッシズはレアだ。硬派な彼が照れる姿は……。
「キュン死にぃいい―――――!! ❤❤❤」
らしい。ウルルが人の鼓膜を破るのかというぐらい歓喜の雄叫びを上げている。そしてアッシズに姿が見えない事をいい事に鼻息を荒くしながら、彼の周りをクルクルと円周している! めざといぞ、ウルル!
「? ……急に悪寒が」
ボソッとアッシズが独り言を零したが、その悪寒の正体はウルルの鼻息だ!
「そうだ、ヒナ。ルクソール殿下だがバルコニーにいらっしゃるぞ」
「え?」
急にここでアッシズから殿下の名を出されドキリとした。
――このタイミングで、何故殿下の名が?
と、疑問に思ったけれど、私は妙にドキドキと鼓動が高鳴っていた。
「えっと、それはつまり殿下に会いに行って来いと?」
「殿下と話がしたくないか? 今日の殿下はまた一段と麗しいぞ」
「是非行かせて頂きます!」
上手い具合にアッシズに乗せられた私は元気良く返事をして、急いでバルコニーへと向かって行った……。