STEP86「思いがけない急展開」




 ――い、今グリーシァンはなんて言った?

 さ、さっきまでの戦いはヤツにとって肩慣らしだったっていうの!? 炎といい、雷といい、どちらも激烈な魔法だったというのに、体力の消耗になっていないの? この会話もエネルギーの回復待ちかと思っていたが、それはとんだ思い違いだったようだ。

「グリーシァンの魔力レベルが上がっていく」

 ――え?

 背後から殿下の呟きが聞こえた。彼の張り詰めた声に私の緊張が高まっていく。グリーシァンの躯の周りを纏うオーラに、さらにドス黒いオーラが重なり、魔力に素人の私でも禍々しさを感じ取っていた。

「凄い魔力エネルギーだね。あれはなにか仕掛けてくるよ。気をつけて」
「あぁ」

 そしてネープルスの忠告により緊迫感が募る。私達の警戒が深まると、グリーシァンのオーラが最大限に広がっていき、まるで生き物のように意思をもってうごめき始める。

 ――な、な、なにあれは!?

 私は目を離す事が出来ず、瞬きもせずに見つめる。オーラは蠢き始めてからの行動が速かった。突然に空間を切り裂き、あれよあれよという内に巨大な暗闇色のホールを作り出した!

 ――ちょ、ちょっとちょっとあれは! ……ブ、ブラックホールじゃない!?

 常闇色のホールは周りの空間を切り裂くようにグルグルと渦巻いている。私はおったまげて腰を抜かしてしまった! あんなものどなんしようっていうんだ! ……まさかあれで私達を呑み込もうとしているんじゃ……?

 ――そのまさかだった。

「時空魔法だ! あれに呑み込まれたら、二度とこちらの世界には戻って来られない!」
時空魔力あれは禁術だ! むやみに使ってはならない筈だ!」
「そうはいっても今のグリーシァンには聞く耳を持たずだよ!」

 殿下とネープルスの会話を聞いて、私の額から汗が流れ落ちた。あのブラックホールに呑まれたら、異空間へと飛ばされるのだろうか。

 ――グリーシァンはあんなものまで生み出せるのか!

 改めてヤツの魔力の恐ろしさを実感した。あれで一気に片をつけようとしているのだろう。あんなものに呑まれ込まれたら死も当然だ。私は腰が抜けた上に心臓までもが破裂寸前まできていた。

「あれを対処する方法はなんだ?」
「無属性で無効化にするか、神聖で呑み込むかのどちらかだろうね。でもどちらを使ったところでも、向こうの力の方が勝れば、こちらは一溜りもなく呑み込まれてしまう」
「それでもやるしかない」

 私はゴクリと喉を鳴らした。あの力はグリーシァンの本気だ。あんなものに対抗出来るのか? 殿下の力を信じていないわけではない。でもあんな闇を集結したような巨大なものに打ち勝てるのか。私が顔を伏せて思案を巡らせていたら、

「見て!」

 突然のネープルスの叫び声に、ゾクリと嫌な気配を感取した。

 ――え?

 予想を遥かに超える出来事を目にする。グリーシァンの放つオーラから、新たなブラックホールが二つ作り出され、全部で三つの巨大なホールが渦巻いていた! 混ざり気のない美しい青空を支配するかのように暗闇が埋め尽くす!

「……っ」

 もう言葉にならない。あんな禍々しいもの一つだけでも血の気を失うというのに、それが三つもあるだなんて!

「一つだけでも相当な魔力エネルギーを消耗するというのに、三つも作り出すとは……グリーシァンはあれにすべてを賭けているという事か」
「残念だけど、あれら三つも生み出してもグリーシァンの魔力エネルギーは有り余っているよ。こっちがあれらを片付けても、すぐに次の戦闘をしかけてくるだろうね」

 グリーシァン、アイツはなんなんだ! あんな巨大なものを作って魔力エネルギーを消耗しても、ヤツにはなんのデメリットもないというのか! そんなヤツはもう勝利を目にしたような余裕のある笑みを浮かべて調子づいてきた。

「一つだけアドバイスしてあげるよ。むやみにこれらを避けると、地上にいる王宮の人間が呑み込まれてしまうから気をつけてね」

 今のグリーシァンの忠告……いや脅しだ! あのブラックホールから、私達が逃げようとするものなら、下にいる人間を呑み込むというのか!

「あれらを完全に消失する必要があるという事か」

 殿下はどうするべきなのか、すぐに気付いたようだ。

 ――消失するといっても、あんなものをどうやって?

 私には不安しかなかった。ガタガタと歯がぶつかり合うほど、私の躯は震え上がっていた。

「ルクソール、こちらはどうする!」
「神聖魔法を使って、あれらを消失させる」
「わかった。かなり魔力エネルギーを消耗するけど大丈夫?」
「ネープルス、悪いがオレの魔法を増力化して欲しい。何処まで体力がもつのか見当がつかない。魔力エネルギーを最小限に抑え、あれらを片付けた後も、次の戦闘へ入れるよう魔力を維持しておきたい」
「わかったよ。膨大な魔力エネルギーになるから、うつわを壊さないようにね」
「あぁ」

 会話を聞く限り、やはり不安は拭えない。結果は対戦してみないとわからないといった感じだ。

「いつまでも遊んでいるつもりはない。これで最後にしてやる!」

 グリーシァンが決めセリフと共に、三つのブラックホールを飛ばしてきた! 圧巻するそれらは少し近づいてきただけでも、視界に埋め尽くせないほど存在感が大きかった。私は反射的に瞳を閉じる。

 視界を閉じると、真っ暗闇の世界へと引きずり込まれ、瞳を閉じていてもその闇は浸透してくる。そこに今度は瞼をき尽けるような光が充満する! これは殿下が放った神聖魔法の光なのか!

 目を閉じていても白黒の強烈な光が対立し合っているのが見えた……が、すぐに真っ白な光に視界は埋め尽くされ、それからまた暗闇に覆われ、さらにまた真っ白な光によって視界全体がチカチカと閃いた!

 ――あ~もう眩しいっ!!

 強烈な光の渦に支配され、目潰しでも食らったような衝撃を受け続ける! 私の頭の中が弾けて発狂しそうになった。ところが……。

 …………………………。

 眩しさが嘘のように消えていき、刺激までも感じなくなった。急に舞い込んできた場違いのような静寂さ……。

 ――なにが起こったの?

 私は恐々としながら視界を開く。目の前にはブラックホールも真っ白な光もなにもなかった。だが……。

 ――?

 なにか違和感を覚える。私の本能が「なにか」を知らせている……?

 ――ハッ!?

 背後だ! 背後から感じる! 私は後ろへと振り返る。

 ――やっぱりブラックホール!!

 さっき目を閉じていた時、真っ白な光は二回しか感じられなかった! ブラックホールは全部で三つだ! いつの間に残り一つが私達の背後へと回っていたのだ! 気付いた時にはすべてが遅かった。

 ――あーもう呑み込まれる……。

 私は死を覚悟して視界を閉じた。その時!

「ネープルス、ヒナを頼んだぞ」

 そう殿下の声が聞こえたような気がした。次の瞬間、私の躯が大きく揺らいだ!

 ――え? これってまさか突き落とさ……れ……た?

 一瞬だけ躯が浮遊し、すぐに躯が急降下していく!

 ――ちょっ、ちょっと……、

「きゃぁああああ~~~~!!」

 私の恐怖の叫声は目の前の真っ暗闇の中へと溶け込んでいく。躯は重力に引っ張られ、身が切り裂けられながら、ひたすら下へと落ちていく! 凄まじい引力に堪えられず、意識を手放そうとした時だ。

 ――ブワッ! ドスンッ!

 なにかが私の躯に強打した。突然の衝撃で私の躯は痺れが迸り動けない。だが、それによって全く引力を感じなくなった。落下が終わったの? ……んなわけない、だとしたら躯はバラバラになっているだろう。

 ――な、なにが起こったの?

 かろうじて顔だけ上げられ、私は状況を把握しようとした。空高くに巨大な暗闇のホールが渦巻き、地上までも震撼させる。

 ――ピカッ!!

 ブラックホールの中から一筋の光が見えた。光は瞬く間に広がっていくように見えたが、闇の勢いに押され呑み込まれてしまった! だが、ブラックホールの方も光を呑み込んだ事によって、勢力を奪われたのか徐々に薄らいでいき、やがて姿を消していった。

 …………………………。

 嵐が立ち去った後のように辺りは静寂に包まれ、空は澄み渡る青空が広がっていた。あの禍々しいブラックホールの姿がなくなり、ホッとする。しかし、殿下の姿も見えない。

 ――まさかさっきの光……違うよね?

 脳裏に浮かんがある事柄を私はすぐに否定した。そんなことあって堪るか! しかし……。

「ふははははっ!」

 何処からともなく、とんだ高笑いが木霊する。

 ――この笑いはグリーシァン。

 私はなんとか上体だけ起こし、背後へと振り返った。空高くブラックドラゴンの上に乗ったグリーシァンの姿が映る。

「やったぞ! 一番厄介な第二王子を異空間の中へと閉じ込めた! もう亡き者にしたも当然!」

 ――ドクンッ!!

 グリーシァンの口から、私が打ち消した事柄を蒸し返される。

 ――な・ん・だ・って? で・ん・か・が・な・き・も・の?

「これでこの国は……いや、この世界はオレのものだ!」

 グリーシァンの叫ぶ夢想も耳に入らない。さっきの失われた光は殿下だったのだ! 私の世界が終わったように見えた。

 ――殿下がいなくなった?

 ほんの数分前まで私の傍にいた殿下がいなくなるだんて……そんな事がある筈ない! 喪失感を受け入れる事が出来ず、私は狂惑へと陥る。

「おや? まだ虫けらが残っていたようだ」

 ――ゾクリ!

 気配を感じる。血に飢えた殺人鬼からの視線が……。

「次はオマエだ、ネープルス!」

 ――!?

 グリーシァンの手が翳されると、ドラゴンの喉元から緑色の毒々しい液体物が吐き出され、こちらへと襲い掛かってきた!

 ――なにあれは!?

「危ない!」
「きゃあっ!!」

 ブウォン!! と、風圧に押し出されて躯が無造作に浮いた! 私は振り落とされないように「目の前のもの」にしがみつく。一瞬にして視界が空高くへと変わり、どうやら私はドラゴンネープルスの背中に乗っている。

 殿下から突き落とされた時、私の下敷きになって助けてくれたのはネープルスだったようだ。そして再びグリーシァンはネープルスに向かって攻撃をかけたのだが、勘一発のところでそれは回避された!

 そしてグリーシァンとはある程度の距離を保って対峙し合う。ヤツの眼光は恐ろしいほど、ギラギラに漲っていた。アイツ、今度はネープルスを亡き者にしようと殺気立っているのがわかる。

 ヤツの攻撃は恐ろしい。でもそれ以上に殿下を失った私の心は悲しみに蝕まれていた。もう戦いなんてどうでもいい! 大声を上げて泣きたいだが、現実はそんな甘さを許してはくれない。

「ヒナちゃん、グリーシァンを倒すんだ!」

 突然、ネープルスがとんでもない事を言い出した!

「な、なにを言って?」

 ネープルスは混乱していて、わけがわからなくなって言っているんじゃ?

「もう君しかやれる人はいない!」
「む、無理です! あんな上級魔術師を相手に無能な私にどうやって倒せと! そ、それに今、殿下を失った私にとても戦う精神なんて有りません!」
「ルクソール殿下が守ってきたこの国を君が守るんだ」
「え? 殿下が守ってきた?」

 殿下の名を出されて、私はハッと目が醒める。

 ――殿下が守った国……。

「そう、ここで君が諦めたら殿下が守ってきたものは無くなるんだ。この国を守ってきた殿下の意思を君に引き継いで欲しい」
「で、でもどうやってあんなのと?」
「これからグリーシァンに接近する。アイツを間近にした時、ヒナちゃんはアイツへ向かって飛び込んで欲しい」
「え? え? と、飛び込む!? なんでですか!?」
「君が飛び込んだ時、ボクは魔剣に変化へんげする! 魔剣のボクでグリーシァンを貫いて欲しい!」
「な、な、なんですって!?」





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