STEP83「ジュエリアの目的」




「それで最後の一つはなに?」

 グリーシァンは腕を組み、私を促しながら問う。そんな態度のヤツに私は顔を顰めつつも話を続ける。

「最後に“魔術師の魔法を監視している人は誰なのか”。これが一番厄介だった。魔術師は最高責任者から監視されている為、不必要に魔法が使えない事になっているけど、それを監視する責任者には監視がつかない。何故なら絶対に悪を為さないという人間が選ばれているからね。そこが大きな落とし穴だった」

 誰もが見落としになっていた理由は「あれ」だ。

「サロメさんにジュエリアの疑いがかかった時、殿下やアッシズの二人は疑うよりも、そんな筈はないという気持ちの方が強かった。そう思ったのはサロメさんの人柄から見る“固定観念”があったからよね。そういった観念はジュエリアを探す協力者となっているアンタにも抱かれていた。アンタが罪を犯す筈がないという固定観念から、疑いの目が向けられる事はなかった」
「まぁね。オレの人となりは厚い信頼を得ているからね」
「それはどうだか」

 少なからず、私はコイツの人となりが良いとは思えない。最初からコイツは私を蔑んで見ていたしね。

「それとこれも大事だからハッキリ言っておくけど、チャコール長官の横領事件、あれはアンタが仕組んだ事よね? 長官は完璧に白だわ。あの長官、性格は難のある人かもしれないけど、彼は仕事以外でも福祉活動に力を注いでいる、本当は心の優しい人よ」
「は? なんの話をしているの? それは長官が欲をもって起こした事件の筈でしょ? オレは全く関係がないんだけど」

 よくもまぁ、この男はシレッと言えたものだ。ここまで暴露されても長官の件は認めないなんてね。

「欲を持ち過ぎたのはアンタの方だよ。チャコール長官を無理に追い詰めようとして、人として本当に最低だわ。魔術で確認書の改竄かいざんおこなったり、紙幣を作り出したりしてさ。自分に疑いが向けられていない事をいい事に、そんな大胆な犯罪をやってしまうんだものね。改竄や紙幣を作るなんて上級魔術を利用しない限り、有り得ない事だ」
「だから? 上級魔術を使えるのはなにもオレだけじゃない。そこにいるネープルスだって使える。それなのにオレがやったって言い切れる証拠があるわけ?」
「……っ」

 私は返答に窮する。確認書にはなにも問題がなかった。書き換えた形跡すらなく完璧に変わっている。そして横領された紙幣も同じく完璧な作りだった。複雑な特殊加工の部分まで本物となんの変わりもない。さすが完璧主義者の上級魔術師に抜かりはなかった。

 ネープルスが犯人ではないのだから、おのずとグリーシァンが犯人という事になる。だが、これだけでは決定的な証拠とは言えない。ここを崩すにはヤツの口からボロを出す他ない。どうしたらいい?

「言えないの? ジュエリアがオレだからといって、なんでもオレを犯人にするのはオカシイよね? あの横領事件はどう見ても、チャコール長官が犯人でしょ。あの人の悪質な素行を考えたら、納得がいくかと思うけど」

 くっ、完全にグリーシァンは優越感に浸っている。長官の冤罪の為にも絶対にコイツにボロを吐き出させないと!

「権力があるからといって調子ぶっこいているから、痛い目に合うんだよ。いい気味だけど」
「グリーシァン、アンタのそういう高飛車な態度が長官の鼻についたんじゃないの?」

 今のグリーシァンの言葉は失言だ。いくらなんでも言葉が過ぎている。

「長官は上下関係を厳しく考える人でしょ? 位としては長官の方がアンタより上の筈。それなのにアンタは長官に対して敬う態度がまるでなかったと聞いたわ。それじゃ、目をつけられても仕方がないと思うけど」
「敬う要素のない人間に対して、なんで下手したてに出る必要があるっていうの? 生まれが王族というだけで横柄な態度を取る愚弄者だというのに。そんな馬鹿はこれから先には必要ない。身代わりのジュエリアが処刑される予定だったし、合わせて一緒に片付けようと思ったのにさ。悉く潰してくれたものだよ」
「アンタ! よくもそんな事を平然と言えるわね!」

 またもやグリーシァンは狂言を吐いたが、意外にもアッサリとボロを出した。初めから隠すつもりはなかったという事か。

「私だけではなく長官までも陥れようとしていたのよ! その大罪をわかってんの!?」
「わからないね。わかりたくもない。ゲスの人間の気持ちなんて」
「誰がゲスだ! ゲスはアンタのドス黒い心だっての! アンタの目的はなんなのよ!? ヴァイナス王太子ではなく、ルクソール殿下に王位を継がせたくて、ここまでの大罪を犯したわけ!?」 「は?」

 グリーシァンがらしくもない素っ頓狂な声を上げた。それほど私はおかしな事を言った覚えはない。チャコール長官は個人的な恨みだとしても、それ以外の悪行はすべて忠誠を誓っている殿下を立てたかったからじゃないの? ヤツは心の底から嘲笑っていた。

「はははっ、ルクソール殿下ね。確かに殿下はダンス一つも完璧に踊れないダメダメな王太子よりは賢い人だよね」

 ダメダメな王太子って……。何気にグサリと痛いところを突っついて言ってきたよ。

「でも所詮はオレよりも遥かに魔力が劣る。それに執政の能力はオレも殿下となんの変わりもないと言うのに。それなのに王子という身分だけで周りから無条件に崇められる。オカシイと思わない? 自分よりも実力のない人間が王族というだけで優位に立つ。どんな恵まれた才能をもっていようが、所詮王族の前では意味を為さないという事だ」

 私は言葉を失う。ずっとグリーシァンは殿下を慕っていて、その厚い忠誠心から殿下に王位を継がせたいのだと思っていた。だが、実際は全く違った。すべてが王族に対するコイツの恨みで行われていたんだ。私はギッとヤツを見返す。

「オレの目的はね、次代の為政者になる事だよ」
「は?」

 今度は私が素っ頓狂な言葉を上げた。なんだ、自分が為政者になるという狂言はどっから湧いてきた!

「あの頼りない王太子が次代の王になるなんて有り得ないからね。天地がひっくり返ってもだ。だからオレは“ジュエリア”という仮の姿を生み出し、王太子を誘惑して王位継承の座を失わせようとした。オレの謀りは順調だった。女にさほど免疫のない王太子を誑かすのはちょろかったからね。骨抜きにさせた王太子は執政すら行えないもぬけの殻になった。でも王太子を退けただけではまだ為政者にはなれない。何故なら第二王子のルクソール殿下がいるからね。殿下は非常に頭の切れる人だ。王太子のように簡単に誘惑して落とせない。だからオレは別の案で殿下を退ける方法を考えた。それが冤罪による失脚だ。君を処刑させた後、あれは殿下の誤りによって起きた処刑であったっていうね」
「なんて事を!」
「まぁとはいえ、一度ぐらいの誤りで失脚まで追い込む事なんて出来ない。でも冤罪が数回繰り返されたら、どうなるんだろうね? さすがに王族として相応しいのか、問われるんじゃないかってね」
「アンタ! 人の命をなんだと思っているのよ! 自分の汚い欲望の為に何人もの人の命を奪おうとして! この悪魔!!」

 私はグリーシァンに掴みかかる勢いで身を乗り出そうとしたが、隣にいたネープルスに腕を引っ張られて止められた! なんで邪魔するんだ! ネープルスは無機質の顔のまま、グリーシァンを直視していた。

「ヴァイナス王太子は腑抜けになり、第二王子のルクソール殿下は冤罪を繰り返す、そんな彼らが次代の王になるなんて大いに不安を抱く……そう周りに植え付けておいて、そこに新たな為政者を作ろうとしていたわけだよ」

 何処までも腐った悪魔だ! いけしゃあしゃあと夢想を語っていく。

「もう少し種明かしをしてあげようか。上級魔術師で多忙なオレがわざわざデザインをやっていたのは、元の王宮のデザインが悪すぎたからだよ。オレが為政者になった時、あんなダッサダサのセンスに囲まれて過ごしたくなかったからね。今の内にあのクソダサイセンスを改善して自分好みにしていたんだよ。思いの外、他者から絶賛されてね。それにオレは仲間の魔術師から絶大な支持を受けているし、為政者としての実力があると自負している。もう無力な王族が統べる時代は終わりだ。……さてと」

 ここでグリーシァンは一歩足を踏み出す。その時、私の第六感が剣吞を感じ取り、周りの空気がピリピリと酷く強張ったように見えた。

「種明かしも終えた事だし、そろそろ決着をつけようか?」
「決着ってなによ。アンタ、ここまで大っぴらに事がバレたんだから、大人しく捕まりなさいよ!」
「なに馬鹿言ってんの? 大人しく捕まってやるとでも思っているの?」
「この状況で? 多勢に無勢でアンタの部が悪いんじゃない?」
「オレを誰だと思っているの? この国で一番の魔力をもつ上級魔術師だよ? そんじゃそこらの魔術師が束になったところでも、オレには敵わない。例えネープルスが本気になったところでもだ、ねぇ? そうだよね、ネープルス?」
「なんですって?」

 グリーシァンはネープルスに同意見を求める。ネープルスはなにも答えない。すぐに答えないという事はさっきのグリーシァンの言葉は本当の事なの? そこまでコイツは最強なのか? 私は茫然となった。

 ――ネープルス、本当にグリーシァンを捕縛する事が出来るの?

 殿下から命令を下された時、ボクに任せて的は雰囲気だったから、そこは大丈夫だと安心していたのに。

「次代の為政者はこのオレだよ。オレの力を目にした時、認めざるを得なくなる」
「さっきから黙っていれば貴様! そんな事この私が絶対に許さんぞ!」

 グリーシァンが動き出そうとした時だ。何処からともなく、王太子が私達の前へと走り寄って来た……のだが、

「邪魔だ、たわけ者」

 暴言を吐き捨てたグリーシァンは王太子に向かって手を翳す。刹那、赫々とした炎のような光りが手の平から出現し、王太子へ向かって牙を剝く! 王太子は驚愕し、咄嗟にマントで躯を覆う!

 ――ゴォオオ!

 王太子を直撃した炎は彼のマントだけではなく、お尻も容赦なく燃え尽くす!

「うぁあっ! あっつあっつあっつ!! だ、誰か助けてくれ! ヘルプミ~!!」

 王太子はその場でワタワタと身悶える!

「王太子!」

 すぐにネープルスが助けようと王太子の元へと駆けつける!

花吹雪華散フラワーブリザート!」

 ――え?

 ネープルスが王太子に追いつくよりも先にある人物が王太子に向かって魔法をかけた! 氷吹雪が王太子を包む炎を凍らせて霧散した! その場にいた皆が茫然となる。今の魔法をかけたのは……。

「私のサアちゃん!」

 王太子の口からその人物の名が呼ばれた。そうだ、今の魔法をかけたのは王太子の婚約者サロメさんだ! 彼女は誰よりも早く王太子を助けに来た!

「大丈夫ですか、ヴァイナス様」
「サアちゃん! 恐ろしかったよぉ~!君 にもう会えずに死んでしまうのかと思ったら、既に私の心は死んでいた!」
「もう大丈夫ですから」

 泣き喚いてサロメさんに抱き付く王太子と、淡々とした口調で宥めるサロメさん。ある意味あの二人はお似合いなのか。

「あんな無様な人間が次代の王になるなんて、この世の終わりに等しいよ。絶対に王にはさせない」

 グリーシァンの恐ろしく凍り付いた眼差しが刺すように、王太子へと向けられていた。





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