STEP74「おもちゃ箱のような家」
「ここは……?」
目の前には童話の絵本の中から飛び出てきたおもちゃ箱のような家が建っていた。外壁は石と木材を組み合わせて造られており、出窓が特徴的だ。建物の近くには川のせせらぎが流れていて、その周りには美しい花が咲き乱れ、建物との景観を調和している。
「チャコール長官の広めている領土の一つよ」
「ここが? というか、このメルヘンな建物はなんですか?」
「それをこれから調べるのよ」
「そうですよね」
と、妙にウルルの言葉に納得はするものの、私の頭の中は? マーク一色に染まっていた。領地拡大と聞いて勝手なイメージをもっていたんだけど、まだ建物の一つも立ってない新地かと思い込んでいた。
他人の領土を買い取る場合もあるだろうから、建物があっても可笑しくはないのか。でもあの意地の悪そうな長官が、こんな可愛らしい建物を所有しているなんて、違和感ありまくり。私の個人的な意見はともなく、急いであの建物を調べなきゃ。
「一先ず建物の中に入ってみましょうか?」
見も知らない建物の中へ入るのは抵抗を感じるけど、このメルヘンな建物はとても可愛らしく、逆に興味が持てた。
「そうね」
答えたウルルがまた人の肩の上に乗って来ようとしてきたもんだから、私は透かさずバシッと手を振って彼女を払い退けた。
「痛いじゃないの!」
「あっ」
頭上から文句を投げ飛ばしてきたウルルよりも先に、私はある事に気付いて呟いた。
「中から誰か出て来た」
私の言葉に、ぎゃあぎゃあと騒いでいたウルルの動きがピタリと止まり、同じ目線の先を見つめる。
「小さな女の子のようね」
「ですね」
まだほんの三歳ぐらいの小さな女の子が元気良く走って来る。ポカポカの陽射しに照らされたツインテールの髪がキラキラに光って天使の輪っかが見えていた。もちもちの肌も取り立てのミルクのように真っ白だ。
洋服も同じく真っ白な襟つきブラウスと丈にフリルがあしらわれた真っ赤なスカートを穿いて、本人にとてもよく似合っている。顔もお人形さんのように可愛くて、あのメルヘンな建物の住人というのもマッチしている。
そうだ、ちょうどいいな。あの子に話しかけてみようか。建物の中を調べるといっても、勝手に中へと入るわけにもいかないし、かといってノックしてからも「入らせて下さい」なんて用もないのに言えないしね。
「あの子に話しかけてみますね」
「そうね」
ウルルの返事で私は女の子に声をかけようと思って近づいた。すると、女の子の方も私の存在に気付いたようで、足に急ブレーキをかける。それから大きな瞳が零れ落ちそうなほど、見開いて後退していく。
――あれ? どうしたんだろう?
女の子の様子からして明らかに怯えている感じだ。知らない大人を目の前にして驚いたってところか。
「ねぇ、アナタ」
女の子を怖がらせまいと、私は優しい声色で話しかけようとした。
「うっきゃ!」
ところが、さらに女の子は驚いてしまい、背を向けてその場から立ち去ろうとした。
「あ、待って!」
ここで女の子に逃げられたら、建物の中に入るのが難しくなる! そう思って私は急いで女の子の腕を掴んだ。
「は、はなしてっ」
女の子は子猫のような可愛らしい声で叫び、全身で私を拒否っている。けっこうショックだな。この子は極度の人見知りなのかもしれない。
「あのね! 私なにも悪い事をするつもりはないの。ちょっとだけ話を聞いてもらいたくて」
「やぁ!」
駄目だ、こりゃ。順序立てて話をしようとしても、女の子が腕をブンブンと大きく振って聞く耳持たずだわ。そんなこんな時にだ。
――ボフッ!
なにを思ったのか突然ウルルが私の懐に入り込んできた!
――え? え? なになになにさ? このクマ、なにしてんのさ!
人が今、懸命に女の子を引き留めようとしているところに、なに邪魔しようとしてんだ!
「わぁ~カワイイ!」
「え?」
目の前の女の子が頬を桃色に染めて感嘆の声を上げた。なになにどうしたの? 彼女の視線はウルルへ釘付けとなっている? それからウルルがコロンと今度は女の子の懐へと転がっていった。
――え? なになになに?
私は目を剥いて、ウルルと女の子の様子を見つめる。
「このおにんぎょう、もふもふしてる~♬」
女の子はウルルの躯をもふもふしていた。その間、ウルルからなにも反応がない。本当のぬいぐるみのように見える。
『ウルルさん! 女の子に姿を見せて、なにやっているんですか!』
突然の意味不明な出来事に、私はテレパシーでウルルへと問う。
『パグやブルドック似の貴女だと、この子が怖がっていたから、代わりに私が引き留めてあげたのよ。感謝なさい』
『は?』
私は眉根を寄せてウルルの言葉の意味を考える。また人をパグやブルドックだって言いやがった! ってそこじゃない。どうやらウルルは女の子を引き留められない私を見兼ねて、一肌脱いだって事か。
『それでぬいぐるみのフリをしているってわけですね?』
『そうよ。早くこの子に話かけて上手く事を進めなさい』
なんか釈然としないけど、先に進むには言われた通りにやるしかないよね。
「ねぇ、そのお人形を貸してあげるから、私の話を聞いてくれるかな?」
「うん、いいよ~」
女の子はさっきと打って変わって耳を傾けてくれるみたいだ。ウルル、見た目は可愛いぬいぐるみだもんね。中身はオネェなのに。それを女の子に教えたらウルルを踏みつけそうだな。ちょっとその様子を見てみたいと思うけど。
「アナタはあの建物に住んでいるの?」
私は女の子の後ろに建つメルヘンな建物を指して問う。
「そうだよ~」
「とても可愛いお家に住んでいるのね。いいなぁ~羨ましい~。私もあんな可愛いお家に住んでみたいな~」
褒めちぎり大作戦。まぁ、実際可愛いのも住めたらいいなぁと思うのも本当の事だしね。私の言葉に女の子はキョトンとした表情を見せている。なんでそんな顔になるんだろう?
「う~ん、おねえちゃんのとしだと、もうここにはすめないよ?」
「え?」
――んん? どういう意味だ?
今度は私がキョトンと首を傾げてしまう。
「ここはこどもしか、すめないおうちだもん」
続いた女の子の言葉に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
――えっと? あの家はピーターパンのネバーランド的なもので、子供しか居ないと?
だから女の子は大人の私を見て妙に驚いていたのか? そんなメルヘン的な意味で、私は解釈をしていた。
『なに勘違いしてるのよ? こんな時に変な妄想を働かせないで頂戴』
私の考えを読み取ったウルルから冷ややかな声で言われる。
『いやだって女の子が子供しか住めない家って言ってましたよ?』
『貴女の考えている意味じゃないと思うわ。きっと、ここは……』
「あ、チャーミー!」
ウルルが言いかけた時、女の子の声と重なった。
――チャーミー? 台所洗剤? それともサンリウォのケティちゃん?
そう咄嗟に私の頭の中に浮かび上がった。女の子は後ろへと振り返って嬉しそうに手を振っている。建物からまた新たな人物がやって来る。
――あれは? ……シスター?
と、言えばいいのだろうか。女性はローブ状のトゥニカといった修道女の洋服に、頭は黒いベールを被っている。イメージしているシスターの服装よりとても華やかだ。聖職者の服装というよりは落ち着いたドレスに近いかもしれない。
年齢は私の母親ぐらいだろうか。五十歳いくかいかないかぐらいだ。シスターらしい優しい顔立ちと柔らかな雰囲気を醸し出している。この人がチャーミーさんというんだろうな。彼女は女の子の隣まで来ると、温かな笑みを浮かべ、女の子の頭に手を添え話しかける。
「可愛いお人形をもっているのね?」
「そうなの! もらったの!」
――え!?
二人の会話を聞いて私は目を白黒させた。い・つウルルをあげた事になってたんだ! 私はちゃんと貸してあげると言ったよね!
「あらあらそれは良かったわね~」
――良くないです!
私はチャーミーさんに突っ込みそうになった! うぅ~、女の子もウルルを嬉しそうにもふもふしているし、貸しているだけですとは言いづらいな。……チラッ、気のせいかな? ウルルの額から冷や汗が出ているように見えるのは。
「このお人形を下さったのは貴女かしら?」
「えぇ、まぁ」
問われて反射的に答えてしまった。あげてはいないんだけどなぁ。
『ちょっと! 私を身売りさせる気?』
『なんか意味が違うような気がしますけど? それに今、口を閉じてもらっててもいいですかね?』
ウルルがトンチンカンな言葉で怒りをぶつけてきたが、今はこの状況から目的を果たす為の打開策を見つける方が先だ。ちょっとウルルには口を閉じてもらわないと。
「有難うございます。こちらのお人形を届けに下さったのかしらね?」
問われて返答に窮する。ここは流れ的に「はい」と、答えるべきか。そしたらウルルを返してもらえなくなりそうだし。かといって他に何の用で来たのか、問われても答えられない。
――うぅ~どうしよう。なにか打開策はないものか!
「あの、こちらはチャコール長官の……」
錯乱した私は考えなしに、チャコール長官の名を口に出してしまう。しまった、早まった!
「まぁ、貴女はチャコール様とお知り合いの方でしたの?」
「え?」
チャーミーさんが妙に納得されているんだけど、なんでだ? この方はチャコール長官とどういう関係なのだろうか?
「まぁ、そうですね」
曖昧ではあるが私は肯定的に返した。
「それでお人形を届けにいらしたのね。チャコール様には本当に感謝し切れないわ。この孤児院を本当によくご面倒みて下さっていて」
――え? 孤児院?