STEP72「もふもふの正体はまさかの?」
美しい金糸で織り込まれた藍色の寝衣を身に纏っている殿下は眠り姫のように美しい姿で眠っている。ウルルは殿下に口づけする事に夢中で、私が起きた事に気付いていない。彼女の毒々しい口づけ姿を目にしても、私は微動だに出来ずにいた。
――なんで寝衣姿の殿下が私の隣に寝ているの!?
なにがどうなってこんな状況になったというのだ! 暫く茫然と殿下を眺めていると、
「!?」
微かに殿下の躯が動いた。それに私は反応して躯が跳ね上がる! 徐々に殿下の瞼が開かれて行き、私の心臓がシュシュシュ! と、機関車が走るが如く高速する。
――ドクドクドクドクンッ!
「ん……」
美しい紫水晶 の瞳が姿を見せるが、まだ殿下の意識は朦朧としているようだ。
「お目覚めのようですね。美しい王子様❤」
ウルルの猫撫で声に殿下の双眼が見開く。完全に目覚めたようだ。
「ここは?」
殿下は不思議そうにして視線を巡らせていた。
――ここは私の寝室です!
そう教えてあげたかったのだけれど、私は驚きと緊張のあまり声を出せずにいた。
「ここは私 の寝室のベッドの上ですわ❤」
「それ違うでしょ!」
やたら「ベッドの上」を強調したウルルに、私は鋭く突っ込んだ。アナタはこの寝台に今日初めて寝たんでしょうが! なに無駄に頬をピンク色に染めてシレッと答えてんだか!
「ヒナ?」
今の突っ込みで、殿下の視線がバッチシと私へと向けられる。あわわっ。私は慌てふためくが、驚いているのは殿下の方も同じようだ。彼は上体を起こすと、視線は私に向けたままピクリとも動かない。
「あ、あの殿下?」
私は沈黙に居た堪れず、たどたどしく声を掛ける。すると殿下の目線が下がって、躯をマジマジと見つめている? ど、どうしたんだろう?
「姿が……?」
殿下の口元からポロリと零れる。姿がどうしたのだろう?
「元がそのように麗しいお姿ですのに、子犬に変化 をなさっていたので、私 が元のお姿に戻しましたの♬」
――え? どういう事?
今のウルルの言葉がさっぱりわからないんだけど? 変化? 元の姿に戻した? ってなんなんだ? 意味がわからん。
「そうか、迂闊だった。精霊 の専門は解除魔法 だったな。眠っている間に元の姿に戻されてしまったのか」
動揺しつつも取り乱しする姿を見せない殿下は何処か諦念しているように見えた。……って二人の会話がサッパリわからん! と、とにかくここに殿下がいる理由を教えてもらわないと!
「あ、あ、あ、あの! な、何故ルクソール殿下が私のベッドにいるんですか!」
「今更なに言ってんのよ?」
取り乱している私とは反対に落ち着いているウルルが妙だと言わんばかりに眉間に皺を寄せている。
「貴女、昨日ルクソールって呼んでいたじゃない? 王子だと知っていたんじゃないの?」
「わ、私は子犬のルクソールの事を言っていたんです! まさか人間のルクソール殿下だなんて……」
――ハッ!
急に私は息を切った。子犬のルクソール? 元の姿? ……ま、まさか! ……いやまさかだよね!? 私はとんでもない思いに至って躯を竦める。
――チラッ。
殿下を一瞥する。朝の眩 い陽光のように煌く金色の髪、紫色の宝石の瞳、普通の人とは明らかに異なる気高いオーラ。に、似ている、子犬のルクソールに……いやルクソールが殿下に似ているのか!
――あ~~どっちがどっちでも似ている!!
「も、も、もしかして子犬のルクソールはルクソール殿下だったなんて言いませんよね!?」
脳内が完全に混沌 となった私は胸の内で渦巻いていた思いを吐き出してしまった。漫画でいえば、今の私の目はクルクルキャンディとなっているだろう!
「す、すまない、ヒナ。騙すつもりはなかったのだが」
殿下は寝台から降りて弁解を述べる。こ、この感じからして、や、やっぱり子犬のルクソールは殿下だったんだ! そう確信した私はジャンピングして寝台の上に蹲った。躯がブルブルと震える。
「本当にすまない。ヒナがショックを受ける気持ちもわかる」
殿下から顔を背けた私の姿が殿下にはショックを受けているように見えたのだろう。真摯にお詫びの言葉を伝えてくれている殿下には悪いが、私はショックを受けているのではない! 気持ちが高揚し過ぎているのだ!
だってだってだってだよ? いくら子犬の姿だったとしても、私は殿下と毎日一緒に眠っていたわけでしょ!? エベレストのように身分が高い殿下となんて、お金積んだって一緒には眠れないよ!
「ヒナ、信じて欲しい。悪気があったわけではないんだ。ジュエリアとして疑いのあるヒナを確認していただけなんだ」
なにやら殿下が弁解を続けているが、今の私には丸っきし耳に入っていなかった。子犬のルクソールとの出来事を思い返してみれば、顔から火を噴き出しそうな出来事ばかりで、身を震わせずにはいられない(((*ノωノ)))
「一緒に湯浴みにも入りましたよね!?」
私は俯いたまま殿下へと問う。そうだ、あの時、ルクソールがやたらお風呂に入るのを嫌がっていると思ったら、私の裸体を見ないようにしていたのか! それなのに私は自ら殿下に……いっやぁ~!! ここでまた私はジタバタと躯を震わす!
「す、すまない!」
殿下は罰が悪そうにして詫びられる。
「キ、キ、キスもしてしまいましたよね!?」
「す、すまない!」
殿下はさっきよりも慌てた様子で深く詫びられる。そうだよそうだよ、あの愛らしい顔でお手とかやってくれたりするもんだから、私は思わず……うわぁあああ!! 只今、私 は瞬間湯沸かし器です! 沸騰中です!!
他にも手の甲をチロチロと舐めて慰めてもらった事もあるし、あと初めて出会った時、殿下の、だ、大事な部分も見ちゃった事もあったよね! いっやぁ~、あれらは難易度が高かった! あとはあとは……あ~~~~!! 私、あ、愛の、こ、告白もしちゃったよね!?
アッシズに告白をされた夜、「心はいつでもルクソール殿下、ただ一人を想っている」ってね……うっぎゃああああ!! 殿下本人ドンピシャに伝えていたなんて! もう無理! とても顔を上げられなぁい~~!!
ブレーキの利かなくなった機関車トーマズとなった私はシュシュポポと手足を高速させる。壊れた私の姿はさぞ珍妙だろう。殿下が何度も「すまない、すまない」と、呪文を唱えるようにお詫びの言葉を言う。
「この痴女! 興奮して躯を震わせているわ!」
――ドカッ!!
「うぎゃ!」
突然、私の背中にウルルからのキックが入った! 怪我をするまでの痛みはないけど、痴女とか興奮とか言われ、キックまでされて心はすこぶる不快だ!
「破廉恥な事ばかりをやっているウルルさんに、痴女呼ばわりされたくありません!」
私はガバッと素早く躯を起こして、ウルルに文句を投げ飛ばした!
「おだまりっ! 麗しい王子を無理やり湯浴みに入らせたり、キスをしたりと、とんでもない淫乱パグだったのね!」
「淫乱でもパグでもありません!」
私の口答えが気に入らなかったのか、さらにウルルから罵声が返される。
――うぅ~、た、確かに殿下とは知らなかったとはいえ、無理にお風呂に入らせたり、勝手にキスしたのは認めるけど……。
「二人とも落ち着いてくれ。悪いのはオレなのだから、言い合いをしないでくれ」
ここで殿下が責任を負って仲裁に入ってくれる。
「「殿下(王子)は悪くありません!」」
ウルルと言葉がハモったよ。こんなところで気が合わなくてもいいわ!
「改めまして麗しい王子様。私の名はウルルと申します」
――はい? なに今の?
ウルルが私を押し退けて、勝手に殿下へ挨拶を始めたよ。既にウルルは私の存在を忘れ、殿下しか見えていないとみた。
「あぁ、君がネープルスの友達の精霊か。オレはグレージュクォルツ王国第二王子のルクソール・エルフェンバインだ」
殿下が挨拶を返すと、ウルルは勝手に殿下の両手を握り締めてブンブンブンと振っている。さっきからなんでも厚かましいな。一向に手を離さないウルルに、本気で困っている殿下と視線が交じり合う。
「あ、あの殿下……」
「ヒナ、ずっと話さずにいて悪かった。本当にすまない。どうか許して欲しい」
改めて殿下は頭を垂らして詫びられる。
「殿下、お顔を上げて下さい。「勿論、許しますわ!」」
――はい?
私がみなも言わない内に、ウルルが勝手に殿下へと応えているのはなに? なんなの?
「もう過ぎてしまった事は水に流しますわ。それよりもこれからの事を考えましょう!」
――って、だからなんでウルルが言うのさ?
意味がわからない。私以上に殿下がどう反応を返したらいいのか困っているようだ。
「あのウルルさん、さっきから勝手に割り込んでくるのを止めて下さい」
「王子、お時間の方は宜しいのでしょうか? そろそろお仕度をなさる時間ではございませんか?」
やっぱり私の事はフルシカトか。ウルルに問われた殿下はハッと息を切った。朝を迎えてから、それなりの時間が経っているようだ。
「朝食を摂っている時間がないな。すぐに会議に出る支度をしなければならない」
殿下の顔つきがキリッと仕事モードへと変わる。
「昨日 のチャコール長官の件でお忙しいですものね」
透かさずにウルルは察したようだ。
「あぁ、その件で朝から重要会議へと入る。グリーシァンとアッシズも参加する予定だ。ヒナ、悪いが朝食の前にグリーシァン達とミーティングを済ませて欲しい。間もなく彼等はここへと来るだろう」
「わ、わかりました」
私はすぐに返事をしたが……。殿下は忙しそうだ。でも今日が例の約束したタイムリミットの日だ。もう少しきちんと話をしておきたいのに。
「彼らが迎えに来る前に、オレはここから出た方がいいな。ではまた」
だが、私の思いは虚しく殿下は背を向けて扉へと向かってしまう。ど、どうしよう、なにか殿下に伝えるべき事がないだろうか。迷っている間にも殿下は扉を開けて出て行かれようとしていた。その時、殿下がこちらへと振り返る。
――え?
そして……。
「今日がタイムリミットだ。……ウルル、後は頼んだぞ」
「勿論ですわ」
力強い殿下の眼差し、それにウルルは得意げに答えた。殿下の頼む、それは「ジュエリアを炙 り出せ」、そう私には聞こえた……。
