STEP71「もふもふと精霊」




 ――本当にチャコール長官は横領をやったのだろうか。

 私がザブンッと肩まで浸かると、お湯が弾かれ波紋を広げていく。私はその様子を眺めながら、今日の出来事を振り返っていた。財務省長官チャコール氏による横領事件。彼は本当に事件を起こしたのだろうか。

 取調室で彼は最後まで容疑を否認していた。素人の観点ではあるが、私は彼が偽っているようには見えなかった。あれが演技であれば相当なやり手だ。ただ疑う点がない訳でもない。長官に詰問されていた領土拡大の理由も明かされなかったし。

 そこが明白となれば、無実の証明が早いのではないかと思ったが、長官が頑なに話したがらない為、疑いが深まるばかりとなった。横領したお金で私有地の拡大、それに当たっていくつかの省に賄賂を渡しているという疑い。

 確かに尤もらしい内容ではあるけれど。もし長官が無実であった場合の話だ。確認書が改竄かいざんされていたとしたも、乱発した紙幣なんてものは存在しない。初めからないものを何処に隠したのかなんて言い詰められても、それこそ冤罪だ。

 そもそも改竄なんて容易に出来るものなのだろうか。確認書のような重要書類はきっと厳重に保管されているだろうし。仮に改竄された書類であっても、サインと確認印はチャコール長官のものだという。

 数字だけを変えるなんてそんな事が出来るのか? それこそ長官が言っていたような魔術しか有り得ないんじゃないか? しかし魔術師といえど、下手に魔法の利用は出来ないという。という事は魔術で改竄なんて不可能なんじゃ?

 ――うーん、じゃぁ改竄説は有り得ないって事か。……ってあれ? なにか引っ掛かるぞ? いやだってね、そしたら……。

「ふぅ~、いい湯だわ~♬」
「(。´・ω・)ん?」

 ――なにかが眼前にいますけど?

 私は目をパチパチと瞬かせる。どっから流れて来たのか、お湯を入れた洗い桶の中に、おっさんクマが極楽極楽と言わんばかりに浸っていた。頭の上にちゃっかりとミニタオルを添えて。なにこの光景!

「なんでぬいぐるみが湯に浸かってるんですか! 躯に水分が浸透して重くなるんじゃないですか!?」
「私はぬいぐるみじゃなくて聖霊よ!」
「知っています! てか、ウルルさんは男性ですよね! なんで女の私と同じ湯船に浸かっているんですか!」
「ちょっと! 私はどっからどう見ても女よ!」
「どっからどう見ても男性です!」
「おだまりっ!」

 ぎゃあぎゃあと私とウルルは言い合いになってバシャバシャとお湯をかけ合う! なんで私はこんな事をやっているんだ! 明日には処刑が決定してしまうかもしれないという一大事の時に!

 暫くして私はバカバカしく思えてきて騒ぐのを止めた。こんな事をしている時間がもったいないわ(裸体を見られているのは癪に障るけどさ)。私が大人しくなると、ウルルも自然に騒ぐのをやめた。

「今まで何処に行っていたんですか?」
「ちょっと家まで戻ってたのよ」
「そうですか」

 ウルルだが私がお風呂に浸かっている間、野暮用を済ませてくると言って、私の元から離れた。彼女も急にネープルスから呼ばれたし、やり残した事の片付けでもしてきたのだろうか。やり残した事といえば自分の方だ。

 取調室の出来事が夜までの長時間となり、この日はジュエリア探しが出来ないまま終了となった。調査する目的が完全にずれている! 私は明日までにジュエリアを見つけ出さないと、処刑されてしまうというのに!

「ウルルさん、この後ジュエリア探しの続きをしに行きたいのですが」

 チャコール長官の事件はジュエリアとなにも関係がないのに、それに時間をかけてしまった事に、私は心底後悔していた。今からでもすぐにヤツを見つけ出さなきゃ! ところがだ。

「今日はもうよしなさい」

 ウルルは考えるもなく非協力的な答えを返した。

「いや、タイムリミットが明日なんで!」
「明日は明日でやってもらう事があるんだから、今日は英気を養いなさい」
「はい、わかりました……なんて素直に言えませんよ! 残り二日しかない貴重な一日をなんの収穫もなしに終えてしまったんですから!」
「それにしても王太子の婚約発表がされた日に、乱発事件が露呈されるだなんて、また随分なタイミングよね。なにもこんなめでたい発表がされた日じゃなくてもいいのにね」
「はい?」

 ウルルはなんの話をしているんだ? 人のジュエリア探しの話を受け流して、次の話題に入っていた。人の命が懸かっているというのに、精霊にとっても所詮は他人事か!

「なんで今、その話が出てくるんですか!」
「大事件だし、これが綺麗に落ち着くまでは婚約パーティだの結婚式だの、めでたいイベントは延期になるんでしょうね。気の毒に」
「それはたまたまタイミングが悪かっただけじゃないですか?」

 ――それか王太子の運気が悪いかどっちかだろう。

「本当にそうかしら」
「? ……その言い方ですと、まるで意図的に事件が起きたと聞こえるんですが?」

 ――事件が起きて得する人間がいるっていうの? …………ん? いやまさか!?

 私の胸の内にある人物の姿が鮮明に浮かんだ。アイツか!

「ジュエリアの仕業ですか!? ウルルさん、なにか知っているですか!?」
「いや~ん、これ以上浸かっていたら逆上せちゃうわ~。私は先に上がらせてもらうわ」

 またしてもウルルは私の話をフルシカトして、自分のやりたいように行動をする。

「ちょ、ちょっとウルルさん!」

 ――なんでさっきから肝心な話を流すんだ! このクマは!

 私はウルルのばたく後ろ姿を恨めし気な視線で見送る。

「はぁ~」

 思わず深い溜め息が漏れた。ジュエリアが絡んでいるのだろうか。確かにアイツは王太子の今までの婚約者達を悉く排除してきた。今回の件も邪魔しに来たのだろうか。

 それに婚約発表の件で、病んでいた王太子は完全に復帰を遂げたようだし、アイツにとって不都合が出てきたに違いない。アイツが絡んでいる事は間違いないだろう。

 ――ふぅ~、とにかく私もお風呂から上がろう。

❧    ❧    ❧

 私は脱衣室で躯を拭いた後、寝巻きを着たいところを我慢して、女中の制服を着用した。すぐにジュエリア探しを始めなきゃ! もう残された時間は今日の夜と明日のみ。そして速足で寝室へと戻ると、

「くぅんっくぅんっくぅ~ん!」

 ――え? この声って?

 ルクソールの苦悶な鳴き声が室内へと響き渡っていた! 彼が苦しむ鳴き声を耳にするのはあのマラガの森以来だ。あの時の鳴き声は幻聴だったとはいえ、私にはとても堪え難いものだった。その声がまた聞こえているのだ。

 ――な、な、なにが起こっているの! まさかジュエリア!?

 私は気を動転させ、急いで寝台に向かって走る。それからすぐに信じられない光景を目にする!

「きゃあ! なにをやっているんですか、ウルルさん!」

 私は寝台の上で何かを覆い被さっているウルルに向かって怒声を上げた。そう! ウルルがルクソールを無理やり押し倒して熱く抱いていたのだ! ルクソールは仰向けの態勢で、苦悶の声を上げ、じたばたとしているヾ(:3ノシヾ)ノシ

 窒息死しそうなほど苦しがっているのに、ウルルは羽をバッタバタとバタつかせて興奮している様子だった! し、信じらんない! 自分の躯よりも小さなルクソールを虐待しているのか!

「ルクソールから離れて下さい!」

 私は居ても立ってもいられず、急いでウルルの躯をルクソールから離そうとした。が!

「私達の愛を邪魔しないで頂戴!!」
「ぎゃあっ!」

 すんごぉい形相をしたウルルが、私の躯を強く突き飛ばした!

 ――私達の愛ってなんだ!

 ルクソールを虐めているのかと思ったら、色事の方だったのか! どっちにしてもたちが悪いわ! 重罪だ! 私はカァーと頭に血が上った。

「一人よがりの愛のくせに、なに抜かしているんですか! そもそもアナタの姿は私とネープルさん以外には見られないようにしていた筈なのに、どうしてルクソールに見せているんですか!」
「こんな麗しい方を目の前にしたら、本能に従うってものよ!」
「それは犯罪ですから!」

 ――クマは人間のみならず、子犬も有りなのか!

 種族を超え、どんだけ好みの範囲が広いんだ!

「とにかく躯を離して下さい! こんなにルクソールが苦しがっているじゃないですか!」

 おまけにルクソールの美しい金色の毛並みに、ウルルの口紅の跡がたくさん付けられている! 悍ましい! それを目にした私はさらに激昂となり、力づくでウルルを引き離そうとし……本格的に彼女と揉み合いバトルになってしまった……。

 ――数十分後。

 ウルルを真ん中に挟んで、私達は川の字で寝る事になった。なんだこの展開は! そしてウルルはルクソールをぬいぐるみのように抱き寄せている。テディベアがもふもふを抱く奇妙な光景。ルクソールの目が死んでいる。完全に諦めたな、可哀想すぎる。

 何故だかウルルは私にルクソールを近づけさせまいオーラを放っているんだよね。なんなんだ! 勝手に私のポジションを奪い取っておいてさ! それと流れ的に寝る事になってしまったけど、ジュエリア探しが!

 一緒にウルルが動いてくれそうもないし、かといってルクソールをウルルと二人っきりにさせて、一人で探しに行くわけにもいかないし。あ~、もうどうして私の行く先にはいつも難があるわけ!

 ――あれ? 眠い……。

 疲労感が半端ないせいか、睡魔を快く受け入れてしまいそうになる。あ~瞼がくっ付きそう……。ダメダメ! 早く……ジュエリア……を……探しに……行か……な……きゃ……。プツリ――…………。

❧    ❧    ❧

 ――チュチュチュチュッ。

 小鳥がさえずる声が聞こえる?にしては非常に不快な鳴き声だ。いつもであれば可愛らしい声が奏でるというのに。ん? これリップ音じゃない? 音の正体を掴もうと、私は瞼を開いていく。まだ意識が微睡んでいて、焦点が定まらない。

 あれ? 何故か躯全体に質量を感じる。なにかに躯が包まれているような感覚。なにこれ? 強烈な違和感を覚えると、意識がハッキリ……とならないのは至近距離になにか物体があるからだ。

 ――なにかがオカシイ!

 包まれているこの感覚が人の温もりのように感じる。なんだ? なにがどうなっているの? 私は目の前の物体から離れて、ガバッと躯を起こした。

 …………………………。

「え?」

 私だけ時が止まる。私のすぐ隣には麗らかな陽射しに差し込まれ、光り輝いて眠る美しい王子様に、クマのぬいぐるみがキッスの雨を落としている!? このお星様を砕いたようなプラチナブロンド髪の男性は……!?

 ――ど、ど、ど、ど、どうしてルクソール殿下が私の隣で眠っているの!





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