STEP70「横領事件の真相」
「だから私には身に覚えがないと言っているだろう!!」
「長官、声を荒げずに落ち着いて下さいませ。そのように興奮なさっては、まともに話が出来ません」
「無実の罪を被せられているというのに、落ち着いて話せる方がどうかしておるわ!」
「それと“身に覚えがない”というお言葉は嫌疑にかかっている者みなが申す決まり文句ですよ」
「貴様! 公正に物事を判断する司直が冤罪を認めるというのか!?」
「そちらはきちんと話を伺ってから判断致します」
「これがまともに話の出来る状況か! たわけ者めが!!」
…………………………。
さすがに言葉が出ない。この張られた弦のような緊迫感をどう説明したら良いのか。今、私は横領の罪で取調室へと連行されたチャコール長官と司直達の会話を目の前にして聞いていた。
……え? なにがどうなって目の前で聞いているのかって? うん、順を追って説明しよう。まず、ウルルから「ついて来なさい」と言われた場所というのが、宮廷で隔離された、とある部屋であった。
そこは最低限の家具しか設えていないシンプルな装飾の部屋であった。私はこんな辺鄙な場所に連れて来られて、まさか良からぬ事をされるのではないかと戦慄いたが、実際は別の意味で驚かせされた。
「ベッドに行きなさい」
なんてウルルが言うもんだから、なんで? と、私は訝し気な表情をして問うと、いきなり寝台へ投げ飛ばされた! ギシッと軋む音と共に、背が寝台に深く沈んだ時、まさかこのクマ、私を!? そうとんでもない考えを湧き起こったが、
「とっとと起き上がって腰を掛けなさい!」
と、怒られた。最初からそう言えよ! と、私はウルルを軽く睨んだが、彼女は既に羽をバタつかせ……いきなり私の両肩に足を乗せて来た。
「ちょっ、なにやってるんですか! 勝手に肩車しないで下さい!」
こんな時に肩車なんてやって遊んでいる暇はないっての! 私はさっきよりもキツイ視線をウルルへとぶつける。すると、
「おだまりっ」
ポコッと頭を叩かれた。さっきからなんなんだ!
「いい? 今から意識を眠らせるのよ?」
「はい?」
「理解の悪いコね。頭の中でなにも考えるなという意味よ」
「その前になにを始めるのか説明してから言って下さい」
「いちいち突っ込んでこないで頂戴! 言われた通りの事をなさい!」
「いててっ」
癇癪を起こしたウルルは私の髪の毛をムギュッと掴んで引っ張り上げる。
「説明するよりも実践が早いのよ!」
「それってただ説明するのが面倒なだけじゃ?」
「ジュエリアを捕まえられなくていいわけ?」
「うっ……」
実に痛いところを突かれ、私は大人しく言う通り心を無にして瞼を閉じた。
…………………………。
数秒後、真っ暗だった視界にジリジリと音声の波形のような線が見え始める。そこに光りが加わり、次第に光は上下に開いて拡がっていった。
――なになになんだ?
あっという間に私の視界に映像が出された。それもとんでもない場面で、私はビックリ仰天する。だって目の前に容疑者が取調室で尋問を受けている刑事ドラマのような光景が広がっていたからだ。
ただドラマと違うのは刑事の立場であろう人達の数が異様に多い事だ。ざっと二十近くはいる。彼等をきっと司直だろう。しかもその中に見知った顔のグリーシァンとアッシズの姿もあった。
――っていうか、なんでここに私がいるの! ヤバイっしょ!?
なにがどうなってこんな場面にワープしてしまったのか! こんな所に足を踏み入れたら、どんな咎めがあるかわかったもんじゃない!
『静かになさい!』
――え?
何処からともなくウルルの声が頭の中で響いてきた。それで気付いた。
『ウルルさんですね! こんな所に私を移動させたのは!』
『移動させたといっても、司直の一人の意識の中に入っただけよ』
『は? 意味がわからないんですけど?』
『今、貴女の意識は別の人間の意識の中に潜り込んでいるのよ。あくまでも精神のみよ。肉体は別の人間のだから貴女が居る事なんてわからないわよ。その肉体の持ち主すらね。その証拠に知り合いから、なにも言われないでしょ? ただ気を付けなさいよ。あんまり貴女が騒ぐと、その意識を持つ本人に気付かれて、混乱を招く事になるから、今は黙って現状を見届けるのよ』
『…………………………』
うーん、わかったようでわからないような? 私はある司直の意識の中に入り込んでいて、その意識をもつ本人が見ている映像と同じものを見ているって事なんだよね? ウルルにはそんな能力もあるのか。
私は言われた通りに口を噤み、チャコール長官が取り調べられる様子を目の前にする事になった。なんでウルルはこんな場所に私を連れて来たのだろうか。ジュエリア探しとは全く関係ないし、まさか只の興味本位とか言わないよね?
取り調べが開始されると、わずか一分ほどで長官は胸の内を爆発させた。その凄絶な光景に、私は足が竦んで心臓の音が鳴り止まない。とても平然として話を聞いていられなかったが、今回の事件の概要を自分なりに見解してみた。
財務省といえば、国の予算、決算及び会計、内国税制度についての企画・立案、作成等だとか、国庫制度・紙幣と貨幣の発行や債務の管理、財政投融資、国有財産、会計に関わる組織の適正な運営の確保等、その他もろとも主にお金に関わる仕事を担っている。
そして財政監督の最高責任者がチャコール長官である。今回起こった事件の発端は偽造防止の為に行われた紙幣の刷新からだ。それを管理していたのは勿論、財務省である。紙幣の発行は事なき終えていた……筈だった。
ところが、暫くして財政の動きに不可解な数字が見られるようになった。幾つかの省で、どう見解しても予算以上の金回りの動きがあると、お金の使途について疑念が抱かれるようになる。
そこで監査の調べが入ったが、何処も不正に計上された形跡はなく、ならば機密費で処理が行われているのではないかと、さらに取り調べは入念に行われた。だが、叩けば埃が出る事もなく、調べは難航した。
そして最終的にはお金の刷新に懐疑が向けられた。規定の数字よりお金を多く発行し、それを隠蔽しているのではないかという疑いだ。それは立派な違法製造であり、大罪である。認識されていないお金なのだから、目に付かれる事も計上される事もないわけだ。
刷新された紙幣には特殊な加工が施されている。それを発行出来るのは財務省のみ。もし発行枚数を操作する事が出来るとしたら、最終責任者のチャコール長官しかいないそうだ。
長官は発行枚数の偽りによる違法製造、その紙幣の横領した挙句、ある省へ賄賂などで流したのではないかと疑いがかけられた。これが事実であれば、素直に「私がやりました」とは言わないだろう。
「私が違法製造した金を掠め取るなんて、よくもそんな歯が浮くような発言が出来たものだ!」
長官はドンッと拳を机に叩き出し、己の怒りを露わにした。それに反して彼と対面している独特の編み込みヘアーの司直は眼光を鋭く光らせ、透かさず言葉を返す。
「我々も根拠もなしに発言をしているわけではありません。こちらをご覧になれば、お分かりになります」
編み込みヘアーの司直は机上に一枚の書類を載せる。
――なにが書かれているのだろう?
私が立っている位置からでは書類の内容が全く見えない。ただ書類を目にした長官がみるみると青ざめていく姿に、私の緊張も高まる。
「こちらでしたら身に覚えがありますよね? 発行された紙幣の部数に間違いがないか、貴方のサインと認印を頂いた確認書です」
「た、確かに、私は確認書にサインと認印を押したが、その数字にサインをした覚えはない! なんだその上乗せさせた数字は!? これは差し替えられたに違いない!!」
長官は司直から確認書を奪い取って、マジマジと書類へ目を通す。
「そうおっしゃいますが、直筆と印鑑は間違いなくチャコール長官のものですが」
「私は確認書の数字を見誤ってはおらん! 現物の数と確認してサインをしたのだ! 大体考えてみろ! 乱発させた金があるとしたら、その金を何処へやったというのだ! 発行した金を容易に持ち出す事など出来ぬだろう!」
「そちらを知りたいのは我々の方ですよ、チャコール長官」
ここぞとばかりに出て来たのはツンとした態度のグリーシァンだった。回廊の時でもそうだったけど、ヤツ現れ方が嫌味ったらしいんだよな。
「グリーシァン……。そうか、魔術か! オマエ、部下を使って確認書を改竄させたのだろう!?」
案の定、長官の気が逆立って妙な言い掛かりをつけられてしまった。
「人を嵌めたの、部下に改竄させたの、それこそなにを根拠におっしゃっているのですか? 我々魔術師は不正に魔力が使えないよう監視されておりますので、決しておっしゃるような事は有り得ません」
「貴様!」
長官のグリーシァンに対する姿は威嚇する獣の如くヤバイ。見ているこちらはヒヤヒヤしっぱなしだった。ところが、グリーシァン本人は痛くもなんともないという冷徹な表情をしていた。
「ところでチャコール長官、最近貴方はご自分の領地の拡大を図っているようですね」
――ん?
おまけにグリーシァンは別の話題を引き出してきた。どういった意図があるのだろう?
「いきなりなんだ! それがどうしたというのだ! 我が財産で手に入れた領地に文句を言われる筋合いはないわ!」
長官はプライバシーに触れられて憤る一方、何処か焦っているようにも見える。
「えぇ、財産で手に入れられた領地に文句をつけるわけではありません。ですが、幾つかの省で金銭による妙な動きがありまして。調べたところ、どの案件も貴方が絡んでいるんですよ。そちらがどういう事か説明して頂けますか?」
「業務の使途秘匿金ではあるまいし、答える義務はない!」
「構いませんよ。ただ貴方の乱発した容疑が深まるだけですから」
「それは完全な当てつけだろう! 冤罪だ! 冤罪!!」
より周りの空気は澱み、取り調べは平行線のまま続けられていった。