STEP68「告白の答えは……」




「次の場所って、まさかここだったんですか?」

 広がる光景を目にして、私はポカンと間の抜けた表情でウルルへと問う。

「そうよ」

 ――ん?

 質問に答えたウルルの声が妙に熱っぽく、私の背筋がざわっとした。変にバタバタと羽がバタつく音が聞こえる。頭上に浮遊する彼女へと視線を向けてみれば……さらにゾクゾクと背中に寒気が駆け走った! ウルルの瞳が恍惚感ハートに見えるのは気のせいだろうか。

「あの、ウルルさん。ここに来たのは勿論、ジュエリア探しと関係があるんですよね?」
「…………………………」

 ――聞いちゃいないし!

 ウルルは完全に自分の世界へと浸っている。……さてウルルと共にやって来た場所は騎士の訓練所であった。甲冑姿の騎士が剣を交えて訓練をおこなっていた。ここに私が足を運んだのは二回目だ。

 競技場に似た施設の観客席的な場所から、私とウルルは騎士達の訓練している様子を覗いていた。剣は訓練用のものを使用しているようだが、内容は鋼刃の交わる金属音が鋭く、耳の奥まで震え、まるで戦場を目の前にしているように生々しい。

「ウルルさん、ここでなんの調査をするんですか!」

 普通に声を掛けても聞こえないのなら、声高な声を上げるしかない。私はウルルに向かって叫んで問うた。

「目の保養よ」
「はい?」

 私の方を見向きもしないウルルから、予想を遥かに超えた答えが返ってきて、私は目が点となった。

 ――なに目の保養って?

「眼福ともなれば、エネルギーのチャージにもなるでしょ?」
「全っ然、意味がわかりませんが!」

 ――なんだ眼福って……ハッ! も、もしかして!

 私の胸の内にとんでもない考えが湧き起こった。

「ここには勇武な騎士の姿を見に来ただけとかって言いませんよね!」
「いやんっ、あの人一際カッコイイわ❤」

 ――ひぃっ!

 ウルルの鼻息を荒々しくし、羽をバッタバタとばたつかせて興奮している姿がキョワイ! 今、彼女は意中の騎士オンリーとなって、薔薇色の世界のようだ。勿論、ウルルは私の言葉をフルシカト。なんなのさ、こっちは命懸けでジュエリア探しをやっているのってのに!

 ――あれ?

 ふと、ウルルの熱い視線の先に目をやると、ドクンッと私の鼓動は高鳴った! 何故ならアッシズの姿が映ったからだ。騎士団長の彼は剣の振るい方など指導を行っているようだ。

 こうやってアッシズの仕事する姿を見るのは初めてだな。以前、宮廷内を迷ってしまい、一度この訓練所まで来てしまった事があるけど、その時、アッシズの剣士を目にする事はなかったしね。

 危険と隣合わせの仕事だ。訓練の様子から、その厳しさは滲み出ている。暫くアッシズの姿を見つめていると、その内に彼はある騎士と剣を取り合い、剣撃の実践をし始めた。僅か数秒でアッシズの姿から目が離せなくなる。

 風を切り、優雅な身の熟しで相手の剣を豪快に弾いて迫っていく。見事な剣捌きはまるで剣舞を舞うように軽やかだ。訓練とは思えない鮮やかな動きであり、実際の戦場であれば、彼は最後の砦のような強さに見える。映画であれば、無敵ヒーローってとこか。

「いや~ん、剣を振るう姿が鮮やかで惚れ惚れしちゃうわ~」

 ウルルの黄色い声と興奮が止まらないのもわかる。あの姿は誰でも惚れ惚れするわ。

 ――私ってば、あんなにカッコイイ男性ひとから告白をされたんだよね。

 胸の内に切なる思いが広がる。自分の中での答えは決まっている。それをまだ彼に伝えられていない。伝えなきゃいけないよね。知らず知らずの内に、私は顔を伏せてしまっていた。

 …………………………。

 ハッと気が付いた時にはアッシズの剣捌きは終わっていて、彼は対戦した騎士になにか助言アドバイスをしていた。そして話が終わったのか、相手の騎士はまた別の騎士と組んで剣を取り合った。その様子を見ていたらだ。

 ――あっ。

 いつの間にか、アッシズがこちらの方へと振り返って私を見ていた。

 ――マジか!

 今、アッシズと顔を合わせるのは非常に気まずい。告白をされてから、彼の前で普通の表情をする事すら困難なのだ。

「いやんっ、あの美形騎士が私の方を見ているわ! どうしましょう!」

 ここで緊張の糸をぶった切ったのはウルルだ。なにをどうしたらそうなったのか、不思議な発言を漏らした。

「それ気のせいですよね? ウルルさんの姿は彼には見えていないでしょうし」
「おだまり!」

 事実を投げられたのが気に食わなかったか、ウルルがヒスを飛ばしてきた。さっきまで瞳をハートにしていたのに、今は燃え焦がされそうなほどの炎を宿している。なんなんだ、この違いは。

 ウルルって完全なるリアルオネェのようだ。男性好きだよね。ネープスに対しても物凄く熱い態度だったし、ここでも雄々しい騎士達の姿を見て興奮しっぱなしだ。クマなのに人間の男性が好きなのか。なんとも形容し難い気持ちが湧き起こるな。

「ヒナ」

 ――え?

 突然、低音のイケメンヴォイスから名前を飛ばれ、声が聞こえた方へと振り向く。

「アッシズさん」

 さっきまで下のグランドにいた筈のアッシズがもう目の前にまで来ていて、驚きを隠せない。本当に動きが機敏な騎士だ。

『いやんっ、イケメン騎士が間近で私の事を見ている!』
『いや、ウルルさんではないと思いますよ』

 ウルルはかなり興奮して、またトンチンカンな事を発したが、んなわけない。ただ彼女がわざわざアッシズの視線の位置にまで降りて来ただけで、決してアッシズにウルルの姿が見えているわけではないのだ。現にアッシズから私の真隣にいるウルルになにも反応がない。

 うん、ウルルからものの見事にフルシカトされた。オネェは凡人の女のコを相手にしないってか。……それにしても、アッシズってば滲む汗の姿ですらキラキラとして眩いわ。精悍な顔立ちをした美形、その男性らしさはウルルにとってフたまらないんだろうな。

「ヒナ、どうした? 訓練所になにか用があったのか?」
「あ、いえ」

 アッシズに問われて答えに窮する。いやだってね、精霊の眼福の為に来ましたなんて言えないじゃん。

『あらやだ、アナタこの騎士様と知り合いだったのね』
『気付くのおっそ!』

 さっきアッシズが私の名前を呼んでたじゃん! と、突っ込みそうになったが、まずはこの場のアッシズと会話をなんとかしなければ!

「また道に迷ってここまで来てしまいました」

 うん、この答えが無難だろう。この私の答えにアッシズは眉根を下げた。どうしたのだろう。

「そうか。ヒナがオレに会いに来てくれたのではないかと期待をしていたのだが」
「え?」

 ――今のアッシズの言葉はどういう意味?

 私は連続で瞬きをおこなった。

『いやんっ、今のどういう意味!』
『わかりません。こちらが知りたいぐらいです』

 何故か怒気を孕んで問うてきたウルルだけど、こっちだってわからないって。

『美形騎士と野犬のロマンスとかマジ有り得ないから!』
『ちょっ、私は人間です! それにクマと騎士の方がもっと有り得ませんから!』
『おだまりっ』
「ぎゃっ」

 切れたウルルがいきなり私の顔面にドロップキックをお見舞いしてきたもんだから、反射的に私は短い悲鳴を上げてしまった。

「どうした、ヒナ!」
「な、なんでもありませんっ」

 ウルルの姿が見えないアッシズにとっては、今の私の悲鳴は意味不明にしか聞こえなかっただろう。あ~もう、ウルルってば本当に厄介! まだアッシズは腑に落ちない表情をしていた。

「スマナイ、さっきの言葉は忘れてくれ。ヒナには引いてしまった内容だったみたいだな」
「え?」

 アッシズは済まなさそうにして苦笑していた。えっと、アッシズのさっきの言葉というのは「オレに会いに来てくれたのでは」というもの? ……あっ、そうか。アッシズがその言葉を言った後に、私が叫んでしまったから、変な誤解を生んでしまったようだ。

「違いますよ。さっきの悲鳴は……そ、そうです! 変わった形の虫が飛んできたので、驚いただけですから」
「そうだったのか

 私の下手な言い訳をアッシズは疑いもなく信じてくれたようだ。

『ちょっと変わった虫って、まさかこの麗しき私の事じゃないわよね?』

 またウルルが突っ込んできたよ!

『ちっがいますよ! アッシズさんが変な誤解をしていたみたいだので、咄嗟に出した言い訳です』
『それならいいけど』

 実にオネェは気難しいわ。深い溜め息が出そうになったが、ここはグッと抑えた。

「それでヒナ、昨日のあの件は考えてくれたか?」
「え?それは……」

 アッシズの言うあの件というのは、きっと彼の恋人になって、ルクソール殿下に処刑を取り下げて頂こうという話だろう。処刑は明日までにジュエリアを見つけられなければ、決まってしまう。

 アッシズはいち早く私を救いがために焦って答えを聞こうとしてくれているのがわかる。その彼の気持ちに、私も素直に応えてあげられればいいのだが。まだ明日まで時間がある。そして私の気持ちは既に固まっている。

 ――アッシズに正直な気持ちを伝えるべきだろうか。

 だが、伝えてしまったら最後の生きる道を潰してしまうような気がして、伝える事を躊躇してしまう。あぁ、どう答えたらいいのだろうか。思考が迷走し、却って考えを拒否っている。答えが出せない焦りが心臓の音を加速させる。

 ――どうしよう、どうしよう!

 …………………………。

 ――やっぱり素直な気持ちを伝えよう。

 考えたのち、私は覚悟を決めて、アッシズに気持ちを伝えようとした……その時だ。

「団長っ!」

 グランドからかなり切羽詰まった叫び声が聞こえ、私とアッシズは同時にそちらへと視線を向けた。まだあどけなさが残る年の若い騎士がこちらを見上げている。

「どうした?」

 眉根を寄せるアッシズの表情は、さっき私と話をしていた時の穏やかさは消えていた。グランドに立つ騎士の様子が只事ではないと物語っていたからだ。

「大変です! 財務省官庁長官チャコール様が横領罪により、身柄を確保されたとの連絡が入りました! 至急アッシズ団長もお越し下さいませ!」

 ――え?

 年若い騎士の口から、また不穏な連絡を耳にしたのだった……。





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