STEP67「ジュエリアの像」




「あ、ヒナさん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」

 私が近づいて来る気配を感じたのか、女中の一人が挨拶してきた。漆黒の髪をおさげにした眼鏡っ子のペールちゃん。あのチョッポリーナ投げのイベントを説明してくれたコだ。私も挨拶を返して、自然と輪の中へと入った。

「なにかあったんですか?」

 ペールちゃんの他にも二人の女中がいる。金髪のキツネ目のコと少し躯がふくよかなショートボブヘアーのコ。合わせて三人の女中がこんな場所で固まっていれば、何事かと思わざるを得ない。

「仕事の情報の共有に立ち止まっていただけよ。大した話をしていたわけじゃないわ」

 金髪のキツネ目の女中がフンとした態度で答えた。

 ――ただの無駄話をしていただけか。

 それを知られたくないから、突っ慳貪つっけんどんな態度をとったとみた。まぁ、気が緩んでくれている方が、話を切り出しやすいからいいけど。私がこの女中のコ達に近づいたのには理由がある。

 私達の様子を俯瞰ふかんしているウルルに、ジュエリアを目撃した人物から、情報収集をするよう命じられていた。ヤツの目撃と聞いて、私が真っ先に思い浮かんだのはサロメさんだった。

 彼女は王太子がジュエリアと一緒にいるところを目撃した事がある。だから彼女から情報を聞き出したかったのだが、生憎時間をもらえなかった。彼女は今、王太子妃になる為の勉学に勤しんでいる。

 以前のように気軽に話せる存在ではなくなり、それでもなんとか話をするところまではいけたのだが、その先の猶予まで許してもらえなかった。彼女が、というよりは彼女の付き人から、シャットアウトさせられた。

 とはいっても、私のタイムリミットを知っているサロメさんはせめてもと思ってくれたのか、ジュエリアを一緒に目撃したという女中を教えてくれた。それが今、目の前にいるコ達というわけだ。

『ヒナ、このコ達にこう言ってみなさい。”王太子の名を耳にしたような気がしたので、大事な話をされているのかと思いまして”と』

 直接脳内にウルルの声が聞こえた。さっき教えてもらったんだけど、ウルルは精神感応テレパシーが使えるらしい。おったまげ!

『え? なんで?』
『いいから早く!』

 オネェ特有のヒスを起こされて、ビクッと肩を聳え立たせた私は反射的に言われた通りの言葉を口にする。

「王太子の名を耳にしたような気がしたので、大事な話をされているのかと思いまして」

 勿論、彼女達の会話から「王太子」なんていう名は聞こえていなかったのだが。

「あらやだ、聞こえてたんだ」

 ふくよかなボブヘアーのコが決まりが悪そうにして零した。

 ――リアルで話していたのか!

 当たってビックリしたよ。まぁ、今日の一押しの話題といえば、王太子とサロメさんの婚約の件になるだろうけど。

「急にサロメ侍女長と婚約発表をなさったし、それに伴って宮廷内が色々とせわしくなってね」
「そうですよね」

 と、私は話を合せて相槌を打つ。その忙しさは直接私のところには来ていないが、人によっては波打ちに合っている人もいるようだ。って、そこにまたウルルが口を挟んできた。

『今度は“それにしても驚きましたよね。急に王太子がサロメ侍女長と婚約なさるとは。私はてっきり……あ、以前の話を蒸し返すのは失礼に当たりますよね”って言ってみなさい』
『ながっ!』
『いいから早く! きちんとした演技で言うのよ!』
『ぐっ』

 もうなんなのよ! ウルルにかなりイラッとしたが、今は言われた通りにやるしかない。

「それにしても驚きましたよね。急に王太子がサロメ侍女長と婚約なさるとは。私はてっきり……あ、以前の話を蒸し返すのは失礼に当たりますよね」

 こう見えても私はリスニング力が高い方だから、ウルルに言われた通りの言葉で演技してみせた。

「ヒナさんの気持ちもわかるわ。私達もそう思っていたところだから」

 ペールちゃんが苦笑しながら答えてくれた。その意味が私にはさっぱりわからないけど? ウルルは私の疑問符を感じ取っているだろうが、お構いなしのようだ。

『会話を続けなさい。“王太子はあの美しい女性の方と、ご結婚をなさると思いましたものね”』
「王太子はあの美しい女性の方と、ご結婚をなさると思いましたものね」
「そうなのよね、てっきりあの白雪のような美女と、ご一緒になると思っていたから」

 ――え?

 ここでようやく気付いた。ウルルの言う「美しい女性」と、ふくよかな女中さんの「白雪のような美女」って、もしかしてジュエリアの事ではないかと。

「正式には公表されなかったものの、王太子が白雪の美女を寵愛なさっていたのは確かでしょ? 王太子のお躯の不調は白雪の美女がいなくなった事と関係あっただろうし」

 おぉ! 有難い事に願ってもいない情報が零れてきた! 間違いなく白雪の美女とはジュエリアの事だろう。

 ――そしてジュエリアは雪のように透明感のある美女のようだ。

 見目良くても中身はアレだけどね。ここかからどんどん詮索を進めていく。

『どんどん突っ込むのよ。“私は白雪の美女を噂でしか耳にした事がないのですが、皆さんは実際に見掛けられたのですか?”』
「私は白雪の美女を噂でしか耳にした事がないのですが、皆さんは実際に見掛けられたのですか?」
「私は一度しか見ていないけれど、今でも白雪の美女の姿が脳裏に焼き付いているわ。上質なシルクのような艶のある真っ白な肌、陽光と雪の輝きを合わせた色のブロンド髪、遠目からでもわかる整った深い顔立ち。まるで理想の女神を具現化したような人よね」

 そう讃えたのはキツネ目の金髪さんだ。理想の女神、このセリフは王太子からも聞いた事がある。やはり誰しも口を揃えていうのが「美神」だ。ヤツの美しさはまるで神の領域だと言ってるように聞こえる。

 王太子が何故、身元不明なヤツを娶ろうとまでしていたのか。美しさと知性を持ち合わせた美神は天から送られてきた自分への贈り物だと言っていた。神であれば身元など関係ないと思ったのだろう。

 その考えはオカシイものではあるが、そう思わせたジュエリアは相当な手腕だと言える。アイツは美神なんかじゃない。本性は人の心を惑わせる腹の黒い魔女だ。

「私は近くで目にした事があるわよ。磨き抜かれた宝石のような瞳、けぶるような長い睫毛、筋の通った形の良い鼻、膨らみのあるプルッとした唇、女性から見ても魅了してしまう完璧な美だったわ」

 ふくよかな女中さんも、興奮ぎみで答えた。

「それに輪をかけてセンスの良さも抜群。ドレスや宝飾品はいつも洗練されたデザインのものばかりで。そうそう、例えばこの>装飾用の織物タペストリーに描かれている花の形と、いつか白雪の美女が着ていたドレスのフリルの形がよく似ているわね」

 ペールちゃんの視線の先には花が舞い踊る幻想的なデザインの織物が飾られてた。この花はそうだな。カーネーションに似ている。花びらが幾層にもなっている八重状で、外側がギザギザの形をしている。そして外側は白、内側が紅色の二色だけなのだが、とても色鮮やかで美しい。

 ――カーネーション型のドレスか。確かにスタイリッシュだな。

 宮廷でもやたら派手な模様のドレスを目にする事はあっても、形はベル型が基本だ。こんな形の凝ったドレスは建国記念パーティの時に目にしたチェルシー様ぐらいか。まぁ彼女は他国の人間だから、こちらの国のデザインとは異なるか。

「あとこの二色を使ったグラデーションの色使いとか、あと素材も似ているかな。このタペストリーから白雪の美女のドレスを想起させるわね」
「わかるわ。そういえば、宮廷で評判の高い芸術品のデザインと白雪の美女のセンスは類似していると思うわ。確か彼女の身に着けていた宝飾品と靴なんだけど……」
「あの時の髪型や髪飾りが……」

 女中のコ達は次々に話題に花を咲かせる。

 ――だ・い・ぜっ・さ・ん |д゜)

 あの悪女への褒め言葉を聞くと、とても良い気持ちにはなれないけど、ヤツの美的感覚が本物って事だけは認めよう。にしても彼女達から、ジュエリアに繋がる徹底的な情報が得られていない。

 ジュエリアは確かにこの宮殿にいる人間だ。だが、彼女達の話しぶりを聞く限り、彼女達の知る人物とは言えないだろう。絶賛する話題の人間が誰だかわからない筈がない。それはやはりヤツが変化魔法で姿を変えているからだろう。

 結局、彼女達から手に入れた情報はジュエリアが「白雪の美女」と呼ばれている事と「美的センスが良い」という二点だけだ。もう少し掘り出せる質問をしないと、時間が勿体ない!

「あ、そろそろ行かないと。いつまでも油打っていたら、怒られるわね」
「そうだ、私も戻らないと」

 ――げっ!

 タイミング悪く、女中のコ達が仕事場へと戻ろうとしていた。キツネ目とふくよかなコは私に軽く会釈をして背を向ける。それに続いて、

「じゃぁ、ヒナさんまた」

 ペールちゃんからも挨拶をされ、彼女は慌てた様子で女中二人の後を追って去ってしまった。どうしようかと迷っている間に去られてしまった。私は茫然と立ち尽くす。仕事と言われてしまえば、引き留める言葉が見つからなかった。

「有力な情報が得られなかった」

 私の肩に落胆が落ちた。

 …………………………。

 ――あれ? ウルル?

 なにも反応が返ってこないものだから、視線を上げてみると、ウルルは全く私には目をくれず、先程のタペストリーのデザインをマジマジと見つめていた。

「とても繊細で美しいわね」
「そうですね」

 テディベアでもデザインの美しさには興味が惹かれるもんなんだ。まぁ、全くデザインのセンスはない私でも、このタペストリーの美しさには心惹かれるけどね。女性心をくすぐる美しさだもの。

「ここまでのディテールは卓越した才能ね」
「王宮ですからね。かなり才能のあるデザイナーさんに手掛けてもらったんじゃないですか?」
「…………………………」

 ――なんで黙るのさ?

 またウルルの反応が無くなった。そんなにこのデザインに心を奪われているのか。その内にウルルはパタパタと羽をばたつかせ、じっくりとタペストリーを観察し始めた。

 ――え? そんなに?

 その内にある一定の場所を一心して見つめていた。

 ――なにやってんだ?

「なにかそこにあるんですか?」

 ウルルに声をかけたけどシカトされた。いや聞こえていない? と、思ったところにだ。

「ねぇ?」

 いきなりウルルから声をかけられる。

「なんですか?」
「次の場所へ移動するわよ」
「え? 何処に行くんですか?」
「とっととついて来なさい」





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