STEP61「もふもふに想いを告げ」




 ――くぅん……。

 あれ? この声……。すぐに思い出したいのに記憶が霞んでしまっている。深い微睡みの中にいるようで、意識が遠のいていた。

 ――くぅん、くぅん……。

 もう一度、鳴き声が聞こえたような気がした。懐かしく、とても愛しい声……これはまさしく……。

「ルクソール!」

 私は力強く叫んだ! その時、ブワッと情報量が一気に頭の中へと巡り、意識が明瞭となる。刹那、

「くぅんっ」

 ――ハッ!

 鳴き声に呼ばれて私は我に返る。目の前には金色に煌く愛らしい天使が寝台の上でお行儀良く座っていて、私は急速に目頭が熱くなる。

「ルクソール!」

 私がルクソールの名を呼ぶと、彼はピョンッと私の懐に飛びついて来た。

「ルクソール!」

 私はもう一度、彼の名を呼んでギュッと抱き締める。フワフワの肌触りの良い金色の毛、ドクドクと確かに脈打つ心臓の音があったかい。

「ルクソール、ルクソール、逢いたかったぁ、逢いたかったよぉ……」

 ポタポタと熱い雫がシーツの上に音を立てて浸透していく。一週間ぶりの再会がこんなにも嬉しいだなんて。なによりルクソールが無事でいてくれて本当に良かった!

 私が王太子の部屋で捕まってしまった後、ルクソールがどうなったのか、それがずっと心残りだった。やっぱりルクソールは私にとってかけがえのない大切な存在だ。それを改めて実感する。

「なにも言わずに一週間も部屋を空けてしまってゴメンね。アナタの事だから毎日この部屋に来てくれていたんでしょ?」

 ルクソールは私の懐から顔を上げ、ジッと見つめてくる。その表情はとても精悍な顔つきだった。

「本当にゴメンね。事情があって地下牢獄に捕らえられていたの。なんとか誤解が解けて、出て来られたんだけど。こうやってまたアナタに逢う事が出来て、私とっても幸せだよ」

 私はしっかりとルクソールの瞳を捉えて伝える。すると、彼の表情が和らいだように見えた。そして尻尾を高く上げてフリフリしている。それが「ボクも逢えて嬉しいよ」と、言ってくれているように見えた。

「可愛い、ルクソール♬」

 私はまたギュッと抱き締めた。

 ――そういえば……。

 私はある事を思い出した。尋問室で司直から聞いた事実。

「ルクソール、アナタは誰かに飼われているお犬様ではなかったのね」

 私の唐突の言葉に、ルクソールの瞳が鋭く光る。若干の警戒心が窺える。

「でもね、私はアナタが何処からやってきたのか、詮索する気はないよ。だって私は一週間も部屋を空けていたのに、アナタはこうやってまた逢いに来てくれたんだもの。私を忘れずにいてくれただけで、もう十分。それにアナタは私を傷つける存在ではないもの。だから何者でもいい。どんな目的があろうとも構わない。大好きだよ、ルクソール。私の元に来てくれて本当に有難う」

 私は今まで伝えられていなかった「有難う」の想いを告げた。ルクソールから鋭いオーラが失われていく。良かった、警戒心が解けたみたいだ。それと、さっきから何故かルクソールの顔が殿下と重なって見えていた。

 ルクソールは殿下と同じお星様を砕いたようなキラキラの金色の髪と紫色アメジストの瞳をもっている。人間と重ねて見るだなんてオカシな話だけど、ルクソールを人間にしたら、きっと殿下みたいな麗しい男性になるんだろうな。あ、子犬だから殿下のミニチュアか。

「ルクソール。アナタを見ていたら改めて気付いたの」

 ルクソールは意味がわからないといった様子で首を傾げる。私の中でルクソール殿下の存在は大きすぎる。牢獄で刻々と死が向かっていく中、常に私は殿下を求め続けていた。死ぬ前に殿下に想いを伝えたいと。

 あの時、如何に自分が殿下の事を想っているのか、ハッキリと気付いたのだ。だが、殿下を想い続けたところでも、待っているのは死だ。今日アッシズからの突然の申し出を私は保留にさせてもらった。

 どうしてもすぐには決断が出来なかった。本当は生きる為なら気持ちを偽ってまででも、アッシズを取るべきだっただろう。それでもルクソール殿下に対する想いが躊躇いを生んだ。その葛藤はあまりにも重すぎる。

「今日ね、生まれて初めて男の人から愛の告白を受けたの」

 私は少し困惑するような、はにかむような、そんな複雑な面持ちで告白する。ルクソールは感慨深い表情をして私の姿を瞳に映す。

「その人は私を生かす為に懸命に動いてくれている。気持ちに応える事が出来れば良いんだろうけど。でもね、ルクソールを見ていて、やっぱり私の心は一つに決まっている。心はいつでもルクソール殿下、ただ一人を想っている」

 この先、自分がどう選択するのかはわからない。ただ殿下に対する気持ちが揺らぐ事はない。そして今は最後まで任務を放棄せずにやり遂げたいと思っている。もしかしたら最後の最後で奇跡が起こり、ジュエリアを捕まえる事が出来るかもしれないのだから……。

❧    ❧    ❧

 目覚めると、隣で眠っていたルクソールの姿はなかった。朝がきて私は一週間ぶりの仕事復帰を迎えた。以前のようにグリーシァンとアッシズ二人とのミーティングから始まり、後に侍女と女中の合同朝礼が行われた。

 ――朝のミーティング……。

 私の処刑まで残り三日。今日と明日でジュエリアを見つけられなければ、三日後には処刑が決行される。今日のミーティングでなにか最終手段が話されるのではないかと期待を抱いていたのだが……それは見事に砕け落ちた。

 グリーシァンから、今までの方法と変わらず刻印をもとにジュエリアを探し出せの一言だけだった。その瞬間、私は深い絶望に引きずり込まれ、焦燥感に見舞われた。グリーシァンは人の死をなんとも思わないのかと。

 私を生かしたいと願ってくれているアッシズはグリーシァンにせめてジュエリアだと疑わしい人物を私に教えるべきだと言ってくれたが「殿下の許可が下りていなから無理」と、グリーシァンはバッサリと切った。

 最終手段が用意されていなかった焦りやら、殿下もグリーシァン側の考えと一緒なのかという切なさやら、私の心は酷く嘆いた。私に残された生きる道はやはりアッシズの気持ちに応えるだけなのだろうか。合同朝礼の時間が迫って、結局ミーティングは終了してしまった。

 それから合同朝礼も終わって今に至る。私は吸引機を片手で担いで仕事場へと……さすがに大人しく仕事をしている場合ではない! 私は明後日死ぬかもしれないのだ。ジュエリア探しの方が先決……いや一層このまま逃亡をしてしまおうか……。

 ――ん?

 一瞬だけ目に留まる、この感覚……。何故か必ず私の瞳に入り込んでくる縦横無尽にクネクネと動くもの。鋭く視線を巡らせると、深緑色のローブで身を纏い、頭まですっぽりとフードを被った怪しい人物が支柱の前に立っていた。

 ――この人は……。

「ネープルス……」

 この王宮の警備をしている上級魔術師、んでもって趣味で占いもやっているという……。

「だいせ~かぁ~い♬」

 男性にしては甲高い小学生のような声が明るく弾かれると、フードが舞い上がり、息を呑むような美顔が姿を現した。満面の笑顔つきで。

「ボクの事、憶えていてくれたんだね♬嬉しいなぁ~嬉しいなぁ~♬」

 ネープルスは唄うような口調とクネクネの踊りで嬉しさを表現していた。

「久しぶりですね。最近会ってませんでしたものね」

 私は社交辞令のつもりで言葉を返した。別に会いたいとも思わなかったけどね。

「そりゃそうだよ~、だってボク行動を監視されていたからね」
「え?」

 ――行動を監視って……。

 かなり意味ありげな言葉だよね? とはいえ、目の前で切なげな表情をしてクネクネされても、こっちはどう反応を返したらいいのか。

「えっと監視されていたっていうのは誰にですか?」

 自分が監視する役じゃん?

「ボク何気に最後の登場が三十話も前なんだよ? しかも七ヵ月も前~? 酷くない~? 酷くない~?」
「は?」

 なにこの人はまた訳のわからん事を? クネクネの動きが気持ち悪いし!

「ボクのファンの人達に淋しい思いをさせちゃったな」
「…………………………」

 いつもであれば、オカシな人だと素通りをするところだが、私はわらをも縋る気持ちでネープルスへと近づいて行く。

「ネープルスさん、貴方の占いで私の命を助けて下さい!」

 私はお金を所持していないがダメ元で彼に救いを求めた。すると、

「占いたいって事だよね! オッケ~!」

 なんかネープルスの返事は的がずれていたが、彼はすぐに魔法で木製のデスクとチェアーを発現させた。私はギョッと目を向いたが今日は「ぎゃっ」とは叫ばなかった。今の私には叫ぶだけの余裕はない。

「おっ、ようやく慣れたみたいだね」

 ネープルスから感心されたよ。

「やっぱり慣れって大事だね。座って~座って~」

 私は言われた通り、ネープルスとテーブルを挟んで対面に腰を掛けた。

「んで、なにを占って欲しいのかな~?」

 すぐにネープルスは要件を問う。私はゴクリと喉を鳴らして徐に口を開く。

「ジュエリアを捕まえたいんです」





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