STEP55「まさかの失態!」




「はい」

 み、短い。サロメさんは実に簡素な返答をした。まるで王太子の切実さが伝わっていないかのように。私は身を潜めている緊張とは別に、ヒヤッとした気持ちになったが、引き続き気持ちを引き締め、聞き耳を立てた。足元のルクソールも扉に耳を当てている。

「サアちゃんはそれで良いのか? 縁談の相手と会ってしまえば、君の気持ちは関係なしに婚姻まで話が進んでしまうかもしれないんだぞ?」
「構いません。父の申し出を断る理由もありません」

 王太子の懸念をよそにサロメさんは躊躇いもなく答える。この世界の貴族社会も両親の言う事は絶対なのか……。にしても王太子がサロメさんの縁談を取り消ししたがっているのは見え見えだ。淡泊のサロメさんでも、彼の気持ちには気付いているだろう。

「サアちゃん! 結婚は自分の気持ちが大切だ! そもそも相手の男とは面識がないのだろう? そんな男と結婚する事になっても、君は構わないと言うのか!」

 す、凄い必死さが伝わってくる。王太子の姿を見なくとも、彼の口調は切実さを物語っている。なにがなんでもサロメさんの縁談を断らせようとしているのだろう。王族であれば、貴族社会のしきたりもわかるだろうに。んな事は今の王太子にはお構いなしなのか。

「いずれは訪れる事柄です。それにわたくしの家系は恋愛による結婚よりも、見合いによる結婚の方がしゅとなっておりますので、さほど珍しい事ではございません」

 尚もサロメさんは王太子の言葉を突き返す。果たして彼女はジュエリアなのか? 王太子の動揺ぶりから、彼女がジュエリアである可能性は非常に高い。だが、サロメさんの方はとても尻尾を出す感じではない。彼女の態度だけを見ればジュエリアだと言い難くないか?

 いや待て、そうだ。今のジュエリアが王太子に興味を失せているのであれば、冷たく突き返してもおかしくはない。ヤツの目的は不明だが、まずアイツにとって一番やらなきゃならないのは自分の代わりを早く処刑させる事だ。

 それは紛れもなく私の事を差すのだろうが。私を処刑させた後、ヤツは新たな企みを実行するかもしれない。今は大人しく薦められた縁談を受け入れ、私の処刑が決行されれば、ジュエリアとしての疑いが晴れた後、王太子との結婚を目論んでいる……とかね。

 冗談じゃない! みすみすこっちが処刑をされてジュエリアの思うツボになってたま)るか。もしサロメさんがジュエリアであれば、ここで確実な証拠を掴んで、私はジュエリアをとっ捕まえる!

「駄目だ! それは私が許さない!」

 ビクッと私は肩を跳ね上がらせた。

 ――許さない?

 今の王太子の声高の叫びに私は瞠目する。今の言葉でほぼ核心に迫ったような……。「許さない」、それは愛するジュエリアを手放したくないという意味だよね? これは重要な展開が繰り広げられるのではないかと私は息を詰めて耳を立てた。

「ヴァイナス様、どうなさったのですか? 何故そのように……」

 ――え? 何故そのようにって……?

 今のサロメさんの言葉に違和感を覚えた。だってその言葉だとまるで……?

「サアちゃん、君には幸せになって欲しい! いや私が君は幸せにする! 今回の縁談は断るよう、私からヴェニット公爵に話をつけよう!」

 重要な意味を掴みかけようとしたその時、とんでもない爆弾発言が私の耳に入ってきた!

 ――え? ……えっと…………えぇえええええ!?!?

 い、い、い、今、王太子はなんて発言した!? 「私が君を幸せにする」って、それってつまりサロメさんにプロポーズをしたって事だよね!? いや、サロメさんがジュエリアであれば、とうの昔にプロポーズをしているか、ってそうじゃない!

 ――やっぱりサロメさんがジュエリアって事じゃない!!

 これこそ決定的な瞬間だ、この機を逃してたまるか! ジュエリアを捕まえる、そう意を決した私の躯は勝手に動いていた。

 ――バタァアア――――ンッ!!

「な、なんだ貴様! 何故ここにいる!?」

 何処からともなく現れた私に、王太子は虚を衝かれたように慌てて叫ぶ。あの淡泊なサロメさんでさえ、驚きの色を見せていた。そう、私はクローゼットの扉を開けて、自分の姿を曝け出した。そして人差し指を王太子へと突き付ける!

「言い逃れは出来ないわよ! サロメさんがあのジュエリアだったのね!」
「貴様、なに馬鹿な事を! サアちゃんがジュエリアのわけないだろう!!」

 この場に及んでサアちゃんって呼ぶな! 思わず力が抜けそうになったではないか! せめて人の前では侍女長と呼べ! はぅ、突っ込むところはそんなところではない! 案の定、王太子は激情に駆られ、否定をしてきた!

 サロメさんをジュエリアだと暴かれ、動揺と怒りが露わになったのだろう。今、ここで王太子を突き詰めていけば、きっと彼女をジュエリアだと認めるに違いない! 私は間髪入れずに詰問を続ける!

「じゃぁなんでサロメさんの縁談を反対していたのよ!?」
「そ、それは……」

 私の質問に王太子は返答に窮した。その様子を目にした私は強気に出る。

「ほらみなさい! 答えられないのはサロメさんがジュエリアだという事を証明しているわ! まさかサロメさんがジュエリアだったなんてね!」
「違うと言っているだろう! 貴様、顔も醜くければ心も醜いのか!!」
「なんですって!?」

 なんでこの瞬間に今の暴言を吐かれなきゃならないんだ! そもそもこの王太子にだけは言われたくないわ! そして私の中のなにかがブチッと切れた。

「今のセリフ、そっくりそのままお返しします! ジュエリアのような悪女を娶ろうとしていた貴方に言われたくありません!」
「この女! 王太子の寝室に不法侵入といい、不敬な態度といい、覚悟は出来ているのだろうな!」

 こんのぉ、逆切れて脅しとまできたよ! こんなのが次代の王だなんて堪ったもんじゃない! 私の怒りの炎に油が注がれる。

「覚悟するのはそっちでしょ! 私に罪を被せたジュエリアと、そのジュエリアの正体を隠していた貴方の罪、罰せられる覚悟はあるんでしょうね!?」

 負けてたまるか! 私も王太子へ現実を叩きつけた! ジュエリアであるサロメさんと彼女の罪を隠していた王太子、二人の罰は重い!

「なにをさっきから訳のわからん事を! サアちゃんはジュエリアではないと言っているだろう!」
「そうやってムキになって頑なに否定するところが怪しいわ!」

 王太子が否定すればするほど、サロメさんがジュエリアであると確信が強まる。

「あれだけジュエリアに溺れていた貴方よ! 彼女に他の男性との結婚をチラつかせれば、きっと尻尾を出すと思っていたのよ! そしたら案の定ね! 私は聞いていたんだから、貴方がサロメさんに”幸せにする”って言っていた言葉を!」

 どうだ! これでもサロメさんがジュエリアではないと言い切れるのか! 私は勝ち誇った態度で王太子を強圧する!

「えぇ~い! どの者か早く参れ! 私の寝室に無断で侵入した不届き者を捕らえよ!!」

 ――はっ?

 私は脳天に一撃を食らった。刹那、出入り口扉からダダダダッと近衛騎士達が侵入してきた! 王太子の只ならぬ様子に騎士達の表情も高圧的で私の足は竦む。さらに私を恐怖へ突き落とす声が下される!

「この者を捕らえ、ただちに牢獄へと放り込め!!」
「「「「はっ」」」」

 王太子は私に指を突き付け、命令を下す! 騎士達は命令に従い、目を血走せてこちらへと向かって来た! 急展開に躯がついていけない私は立ち尽くす事しか出来ない。その間に騎士達に躯を拘束されてしまう。そして、こちらがなにかを言う前に、私の躯は強制的に引きずられる!

「は、離しなさいよ!! 捕まえるのは私ではなくて、あの二人じゃない!!」

 私は王太子とサロメさん二人を睥睨へいげいして叫ぶ! その声も虚しく宙に消える。あっという間に私は室外へと連れられ、扉が閉まる瞬間、私は振り返った。最後に瞳に映ったのは恐ろしく無表情で私を見つめるサロメさんだった…。





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