STEP50「魔力を宿したポンチョ」




 柔らかな陽射しが降り注ぐ昼下がりの花の庭園。初々しく咲き綻ぶ花や美しく見事な姿の大輪の花々から甘い香りが匂い立つ。耳を澄ませば、せせらぎの音まで聞こえ、穏やかな時が流れている……ところにヴァイナス王太子の姿があった。

 彼の服、変わっているわ。朝はオレンジ色に近い赤色の千鳥柄を着ていたのに、今は裾と丈のみに刺繍が織り込まれたモスグリーン色の服になっている。シンプルだけど、金糸で縫われている為、陽射しに当たれば煌びやかだ。断然今の服の方が似合っている?

 ――これは間違いなく、サロメさんが選んだとみた。

 そして午前中の各省官庁達との報告会を終えた王太子は昼食まで済ませ、その後は彼お気に入りの花の庭園へと足を運んでいた。そして彼の傍らにはサロメさんの姿があった。彼女は仕事熱心というべきか、主人に忠実というのか、王太子から片時もは離れないよね。

 王太子は位の高い身分であり、宮殿内の移動は彼専属の近衛騎士が付いている。その彼らと一緒にサロメさんがいるのだ。彼女は侍女だし、王太子の身の周りの世話だけをしていれば良いのかと思っていたんだけど。

 専属ともなれば、基本どんな時でも一緒に居させられるみたいだね。四六時中というのは気の毒だけど。とはいえ、こちらにとっては貴重な情報源になるかもしれないのだ。しっかりと彼女には王太子の傍に付いていてもらわなければ困る。

 さて私の方は急いで午前中の仕事を終え、その後の昼食はしっかりと摂らせてもらった。だって結局、朝食は食べられなかったんだもの。食卓のから王太子とサロメさんが去った後、即私も退室~というわけにはいかなかった。

 食事の片づけがある為、シェフや使用人といった人達が残っている。彼らの仕事が終わった後、ようやく私は食卓テーブルの下から解放されたわけだ。その時は合同朝礼が始まる間際で、とても朝食を食べている時間などなかった。

 ――暫くの間、これが続くと思うと切ないわ。

 はぁーと私は切な気に溜め息を吐く。って、そんな事はどうでもいい。私は本来の仕事を思い出し、意識をそちらへと集中させる。今のところ王太子とサロメさんの間で重要な事柄は起きていない。色々と突っ込みどころ満載ではあるけどね。

 私は例のフード付きポンチョを羽織って、二人の様子を窺っていた。彼らのすぐ後ろにはちょうど花で作られたどでかいオブジェが立っていた。余裕で躯を隠せる大きさで、私は上手い具合に身を潜めていた。

 重厚なベンチに腰掛け、美しい庭園をでる王太子と彼の近くに立つサロメさんの二人のビジョンはどう嵌め込んでも周りの美しい風情とミスマッチ過ぎていた。(言いたい放題でスミマセン)

「やはりこの庭は心を癒してくれる。さすが私のジュエリアと出会った美しい庭園なだけある」

 ――出たよ出たよ。王太子の「私の」ジュエリア……。

 いくら呆れ返っても底がつかないわ。なんとなく予想はしていたけど、ここが王太子とジュエリアが出会った場所か。というか、そういう話にしているのか。サロメさんがジュエリアではないと思わせるカモフラージュの話かもしれないし。私はさらに注視して二人の会話へと耳を傾ける。

「緑を基調とした庭園です。自然を思い起こさせる緑は調和や平和、安定を意味し、人間の心や体を癒すのに最適な色だと言われております。そこに香り高い色彩豊かな花をプラスする事により、癒しだけではなく鮮麗な空間が作り出されております」

 王太子の訳のわからん呟きに、サロメさんは彼の傍まで寄って会話を紡ぐ。

「突然と現れた私のジュエリアはまさに美の精霊、いや花の精霊とも言うべきか」

 ――なんか二人の会話が合っていないような……。

 頭大丈夫かな、王太子。いやもうどう見ても手遅れだよね。それは以前から感じていた事だ。私から見たら彼はもう重度の病にかかっている。手の施しようがないわな。今の会話であれば、二人が親密な関係にはとても思えない。それではなんの収穫にもならないではないか。

 近衛騎士達が少し離れた所にいるといえど、二人は全く油断を見せていないという事か。それとも二人は本当にただの王太子と侍女という他人の関係なのか。そう思うと不安の波が押し寄せてくる。

 ――ダメダメ!

 これじゃ、ジュエリアがサロメさんだと決めつけいるようなものだ。チェルシー様の時のような二の舞を踏んではいけない。今の王太子は頭がきているけど、元は聡明な人だと聞いているし、サロメさんも隙のない完璧主義者だ。そんな二人が早々にボロを出す筈がない。

 二人を見張るようになった初日なんだ。彼らの警戒心が最も強い時なんだから、ちっとやそっとでめげていては先が続かない。それに今の盗み聞きは「予行」だ。そう殿下も言ってくれていた。私は昨日のミーティング時の会話の内容を思い出す。

「あの、もしサロメさんがジュエリアである場合、今回の専属の件になにかがあると王太子に話をするかもしれませんよね? そしたら二人はきっと人前では繋がりがないという態度を装うかもしれません。それでは二人の関係性を引き出す事が難しいのではないでしょうか。サロメさんがジュエリアだったとして正体を暴けば、彼女の処刑は免れません。王太子からしたら、彼女の命を守る為になにがなんでも他人を装うのではないでしょうか」

 いきなりの王太子の専属侍女を申し付けられたんだ。ジュエリアの足が付いたのではないかと向こうは警戒心を強めている筈。ボロを吐き出させる目的が逆効果になっているのではないかと私は危惧する。

「確かにその通りだ」

 殿下は即答する。肯定は危惧を意味する。だけど、彼の答えた口調はとても落ち着いている事に、私は驚く。

「でしたらこちらのポンチョを着て、王太子とサロメさんを見張る必要があるのでしょうか?」

 私はポンチョを胸元まで上げて意見を強調する。

「あぁ、そのポンチョを着て意味が成り立つ」
「え? あのそれはどういう?」

 殿下の揺るぎない強い瞳が物語っている。

「思慮深く抜かりのない兄上だ。オレ達からずっと見張られていると思えば、兄上は始終警戒を張っているだろう。ただ彼も人間だ。必ず気持ちが緩む時はある」
「そうでしょうか」

 愛するジュエリアの為に、王太子が気持ちを緩めるとは言い難い。それにいつ緩むのだろうか。下手をしたら、私のタイムリミットの方が先にくるかもしれない。

「もし兄上の気持ちが緩む時があるとしたら、それはきっと完全にジュエリアと二人っきりの時だろう」
「ですが基本、王太子の傍には近衛騎士がいます。そんな状況でとても気持ちが緩むとは思い難いです」
「だからポンチョが必要なのだ」
「?」

 申し訳ないのだが、殿下の意図が読めない。その私の様子に殿下は言葉の意味を砕く。

「故意に二人っきりにさせる状況を作り出す策を考えている」

 ――あ……。

 ここでようやく殿下の伝えたい意図が読めた。このポンチョを羽織って二人っきりの時の彼らの様子を見張るって事だ。周りに誰もいないと思えば、サロメさんはともかく、王太子の方は緩々になるかもしれない。

 いや甘々か。ボワンとその彼の姿が浮かび上がってしまった。悍ましいのなにものでもない。サロメさんの前でも堂々と「私の」ジュエリアと言い切る奇特な彼だからね。

「だがいきなり実践に突っ込めとは言わない。その前にヒナには兄上と侍女長の二人の会話をきちんと聞き取れるよう、予行をしてもらう」
「予行ですか?」
「あぁ、明日の兄上の朝食から侍女長の姿はあるだろう。早速そこから二人の会話を聞き取ってもらう。なんせ最初だ。初めから気が緩んだ会話をするとも思えない。だから気持ちを固くせず、内容を聞き取る練習だと思ってくれればいい」
「は、はい」

 という流れで今朝、私は食卓ののテーブル下に潜っていたというわけだ。そして今は仕事の合間を縫って、王太子の休憩の様子を見張っている。本当はアッシズにも王太子の近衛を任せようとしていたみたいだけど、あまり雁字搦がんじがらめにしてもね。

 王太子達の警戒心を変に強めるだけだし、見張りのメインは私だけという事になった。それにしても、聞いている限りでは二人の会話が合っているのか合っていないのか謎だけど、他愛のない内容で収穫はなさそうだ。

 今日の見張りはこれで終わりだ。ディナー時は? と、思うかもしれないけど、王太子は今日の夜から臣従達と食事を取るようにしたみたいだし、こちらもサロメさん以外のジュエリア候補を探す時間も必要だ。だから夜は却下だ。

 取り敢えず、盗み聞きはなんとか耳を立てられるし、それだけでも収穫にはなるか。それと見た感じだと、サロメさんにも私が立ち聞きをしている様子はバレていないようだ。明日からもこのフード付きポンチョを着て頑張ろう。

 ――そういえば……。

 今日の立ち聞きはあくまでも予行と言われてたよ。じゃぁ本番ってどんな時なんだろうか。朝は盗み聞きという、またとんでもない事を下命されて本番の事まで深く突っ込もうと頭が回らなかった。

 ――なにか殿下達は決定的な証拠を掴む策を考えている。

 そう私は睨んでいた……。





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