STEP49「新たな使命の開始」




 ジュエリアが現れた翌朝の事。

「久しぶりだな、サアちゃん」

 ――ブッ!

 耳へと入った言葉に、妙に反応してしまった私は思わず吹き出そうになったが、そこをなんとか手で押さえ込んだ。

 ――ほ、本当に王太子はサロメさんの事を”サアちゃん”と呼んでいたのか!

 ルクソール殿下が偽りを言う人ではないとわかっていたが、こう王太子の生声で”サアちゃん”と聞いてしまうと、背中からゾワゾワとなにかがり上がってきた。

 ――あ、危ない危ない。

 初っ端から失態を犯しそうになったよ。さすがヴァイナス王太子! 彼のおかげでかなり強張っていた緊張が緩んだ事には感謝する。さて私が今なにをしているかというと、簡単にいえば「盗み聞き」ですわ。

 は? と、お思いでしょうが、これもジュエリア探しの一環である。これこそが、殿下から課せられた新たな仕事だ。んで何処で私が立ち聞きをしているのかというと、盗聴器という便利なものを使って、とある一室にいるわけではなく……。

 何故か食卓テーブルの下に屈んでいるのだ。こうやって身を潜め、これから定期的に王太子とサロメさんの二人の会話を聞き立てるように命じられた。何処かで王太子がボロを出してくれる事を祈って。

 なんとも原始的な立ち聞き方法だよね、これ。魔法を使って遠方から盗聴出来たり、または変化術をかけたりしないのかと提案してみたけど、グリーシァンからものの見事に却下されたよ。法に反した行いだってさ。ケチケチって感じ!

 って憤っていたところに、グリーシァンから絶対不本意に思っているだろう的な態度をされながら、とある「アイテム」を渡された。それは「フード付きポンチョ」であった。これは乙女心をくすぐるようなプレゼントではない。

 なにかと言うと……? 自分の気を消せる魔力を宿したポンチョなのだ。淡青色で裾や丈のフリンジが可愛く揺らめき、それでいてシルエットは上品で、さらにカシミヤのような良い触り心地をしている。

 これを羽織れば、例え強い魔力をもっている魔女でも魔術師でも、気を感じ取る事が出来ないらしい。これはガチ凄い、魔法のポンチョだ! ようはこれを利用して盗み聞きを行えという事だ。

 これ仕事以外でも使えそう(ニヤリ)。こっそり殿下のプライベートを覗いたりなんか出来たりして~? と、淡い期待を抱いたところにだ。実に冷めた表情をしたグリーシァンから釘を刺される。

「必要以外の時は返してもらうから。勝手にいかがわしい事に使われても困るし」

 って今、絶対に人の心を覗いただろう! という腹の立つ発言を落としやがったよ。

「いかがわしい事ってなんですか? 勝手に私用では使いませんって」

 と、私は反射的に返した。心の内に秘める想いを伏せてね。つぅか、こんな優れものがあるなら、ジュエリア探しを始めた当初から渡してくれれば良かったのにと、本音を零したところ、

「魔力ゼロの人間にそうそう渡せるわけないでしょ? これは殿下から頂いた特例で、オレがわざわざ作ったものなんだから」

 と、不快な言葉で返された。「オレが」という言葉を付けて強調するなっての! オマエなんかの為に、わざわざ時間を割いて作ってやったんだと言わんばかりの態度で殴ってやりたい。

 ヤツがこんな可愛らしいポンチョを作ったのかと目を疑いたくなるが、ヤツの女性的目線のセンスだけは褒めてやる。それにまぁ、このポンチョのおかげで多少は盗み聴聞きがし易くなったという安心感もあるしね。

 ――とはいえ、完全に安心し切れないのが性分。

 なんせジュエリアは魔女の可能性があるからね。多少の不安は残しつつも、私は王太子とサロメさん二人の会話に耳を立てる。会話よりも料理が運ばれている様子の音が耳につく。つい先ほど、王太子がこの食卓のについたばかりで、それに合わせて料理が運ばれていた。

 王太子はもぬけの殻になってから、食事は自室に籠って食べていたらしいが、今日からまた食卓のまで足を運ぶようになった。正直、王太子が素直に来るものかと懸念していたが、サロメさんが一緒だったからか来たんだよね。

 今のところ、二人の会話はなされていないようだ。サロメさんは多分、腰かけている王太子の近くに立っているのだろう。王太子とサロメさん、二人を目にしなくても想像するだけで妙な組み合わせだ。

 そんな中、手の平に浮び上がる赤い刻印が目に入る。やはり今までに見た赤い刻印もサロメさんに反応して浮かび上がっていたのか。こう目の前にしてしまうと、彼女がジュエリアかもしれないと生々しく考えてしまう。

 ――ぐ~きゅるぅぅー。

 うげ、腹の虫が騒いだ。いやだってね、今日は朝食が抜きなんだもん。この立ち聞きをする為に自分の食べる時間を割いているのだ。もの凄く切ない。とはいえ、処刑される事を思えば、腹の空きぐらいどうって事……

 ――ぐ~きゅるぅぅー。

 ありました。腹が減っては戦が出来ぬという諺もあるしね。しかも真上に並んでいるであろうお料理から、食欲をそそる匂いが嫌がらせのように漂ってくる。誰か腹の虫を大人しくさせてくれ。お忍びがバレたらヤバイ。

「聞いたよ。どうやら私の専属侍女の任命を受けたようだな」
「はい」

 一通り食卓に料理が並び終えられたのか、物音が落ち着いた頃、王太子とサロメさんの会話が聞こえ始めた。話題はやっぱ専属侍女の件から入るよね。そりゃそうだ。

「私に相談なしに唐突に決まって驚いている。君は事前に知らされていたのか?」
「私も知らされたのは昨日さくじつでした。聞いた限りではヴァイナス様がおっしゃる通り、唐突に決まった事のようです」
「ルクソール達もなにを思ったのか」

 王太子から殿下の名が出て心臓がドキリと音を出した。王太子なりになにか怪しんでいるのではないかと、ヒヤヒヤしてしまう。

「私は一刻も早くヴァイナス様が復帰されるよう、力を貸すように命じられました」

 サロメさんは淡々と答えていた。

「今現在、私がいなくとも国は回っておるではないか。ルクソールさえおれば、問題がないというのに」

 王太子は自棄に入っているのか、謙遜しているのか、どちらにしても口調がとても切な気に聞こえたのは気のせいだろうか。

みなは一早くヴァイナス様が王太子として戻られる事を望んでおります。現に私が此処にいる理由がそうです」

 上手いね、サロメさん。最低限の言葉しか返していないけど、今の彼女の言葉に王太子の心も響いたんじゃない?

「私は、私のジュエリアが戻って来るまでは無理だ」

 ――はい?

 なに今の王太子の言葉? このタイミングでジュエリアの名を出したのも驚きだし、いちいち「私の」ジュエリアって強調した言い方をしなくてもいいよね?

 ――さらにこの……。

 さすがにサロメさんもなんて答えたらいいのかわから……な……ハッ! もし彼女がジュエリアだとしたら? 今の王太子の言葉を遠回しにジュエリアに戻って来て欲しいアピールをしたって事だよね! サ、サロメさんはどう返すんだ!

「ヴァイナス様、そろそろお食事を召し上がって下さいませ。この後、各省官長達からの報告会がございますので」

 あ、話題を変えられた……って各省官長達からの報告会ってなんだろう? いきなり政務の話に入ったよね?

「報告会? なんだそれは? まさか提言の聞き入れや決裁を仰がれるという話ではあるまいな?」

 サロメさんに対して穏やかであった王太子の口調が少しばかり荒くなる。

「献策の聞き入れや決裁を求められる会ではございません。あくまでも各省の現在の様子をご存じの方が、ヴァイナス様の復帰がされ易いのではないかと思案した結果のようです」
「そうか。それも考えの上か。わかった、参ろう。だが今のこれは会に出れる服装ではない。食べ終えた後、すぐに着替えてこなければならないな」
「よろしければ、お選びの手伝いを致しますが」

「有り難い。どうもころも選びは苦手でな」

 ――わかるわかる。

 いつも思っていたんだけど、王太子が選ぶ服って不似合いなものばかりだからね。サロメさんに選んでもらった方がいいわな。大事な会みたいだし。

「いつも自分の好んでいる赤色ばかりを選んでしまう。そうだ、先日の創立記念パーティ時に着ていた礼服ドレスは私に似合っていたと思うか?」

 ――ひょぇ、それをサロメさんに訊いちゃうわけ!

 なんか王太子って答えづらい質問ばかりぶつけてくるよね。

「お言葉ですが、お似合いではございませんでした」

 ――ブッ!

 ヤバイ。今の私の吹き出した声が二人に聞こえちゃったかもしれない。いやだってね、サロメさん、あんまりにも率直すぎでしょ。確かにあの時の王太子の礼服は超絶に似合っていなかったのは事実だ。色だけじゃなくて他の色々なところもね。

「そうか。私のセンスもまだまだだな」

 って、王太子はサロメさんの素直な感想に腹を立てる様子もなく、苦笑して応えた。にしても相手が王太子だろうが、姫君だろうが、サロメさんの右に出るものはいないのか。こう威風堂々としている彼女が、やはりジュエリアではないかと、可能性を賭けてしまう自分がいるのであった……。

 ヤバイ。今の私の吹き出した声が二人に聞こえちゃったかもしれない。いやだってね、サロメさん、あんまりにも率直すぎでしょ。確かにあの時の王太子の礼服は超絶に似合っていなかったのは事実だ。色だけじゃなくて他の色々なところもね。

「そうか。私のセンスもまだまだだな」

 って、王太子はサロメさんの素直な感想に腹を立てる様子もなく、苦笑して応えた。にしても相手が王太子だろうが、姫君だろうが、サロメさんの右に出るものはいないのか。こう威風堂々としている彼女が、やはりジュエリアではないかと、可能性を賭けてしまう自分がいるのであった……。





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