STEP46「王太子と侍女長の関係とは」




 今、殿下はなんて? サロメさんは一時期、ヴァイナス王太子の専属侍女を務めていたって言ったよね? それって弾発言じゃない! ジュエリアかもしれないと疑いがかかったサロメさんが、王太子と深く接触があっただなんて!

「王太子の専属ってまた凄いですね?」

 確かにサロメさんのに実力があるのは認めるけど、次期国王陛下となる王太子の専属であったなんて、これほどとは。

「兄上は昔、女性に対してシャイな部分があった」

 ――ん?

 殿下から意外な事を聞かされる。あの王太子がシャイボーイであったと? 王太子がパンピーであれば、女性とあまり話した事がないんだろうなぁって容姿であるし納得するんだけど、一応王子様だしね。天性の問題なのかな?

「王太子という立場もあり、社交界で女性との接触は不可欠だ。少しでも女性に対して抵抗を緩和してもらう為に、まずはサロメ侍女長を傍におく事を決めたのだ」
「これまたサロメさんというところが凄いですね」

 あ、また本音がポロリと。殿下の前だしイケナイイケナイ。真面目に話をしてくれた殿下には申し訳ないけど、正直なんでサロメさんが抜擢されたのかが不思議でならなかった。

 仕事の面という意味ではなく、彼女の見た目は蒼白としていて幽霊みたいだし、性格も完璧にプログラムされたロボットみたいで、女性慣れをさせる相手に最適だったのかどうか疑問に思ったのだ。

「凄いというのは?」

 怪訝そうに首を傾げる殿下から問われてしまう。うげ、それを訊かれるのですか? 今、心の中で思った事を口には出来ませんって。

「下手にその辺の侍女に仕えさせて間違いを犯されても困るからだよ。相手は王太子だしね。サロメ侍女長であれば、そんな懸念もない最適な相手だと思ったってわけ」

 うげげ! グリーシァン、私の心情を読み取ったか。説明してやったよ的なヤツの態度がすんごぉい目に付くわ。しかも内容に度肝を抜かされる。その辺の侍女だと間違いを犯すってさ、誰があの王太子を誘惑するかっての!

 そんな色恋沙汰の事が、あの王太子との間で起きるのかと、心底に呆れる。とはいえ、王太子という地位をもつ王子が魅力的に見えるのは確かだ。見た目は別としても、気に入られれば、なにかしらのご贔屓ひいきというか、特権を得られる可能性もなきしもあらず。

「グリーシァンの言う通りだ。サロメ侍女長は仕事面だけでなく、内面でも信頼が厚い。彼女であれば、兄上の傍にも安心しておけると思ったからだ。それに侍女長はただ兄上の傍で仕えていたわけでなく、兄上がいち早く女性に慣れるよう、計画的に指導をフおこなってくれていた。女性の好む嗜好や会話の指導から始まり、実際に女性が集まる社交の場へと兄上を連れていき、雰囲気に慣れてもらうよう、最善を尽くしてくれた。それから兄上も徐々に女性に対して親しんだ対応が出来るようになったのだ」

 微笑んで説明をしてくれる殿下を見ていれば、彼がサロメさんに対して絶大な信頼をもっているのがわかる。なるほどね、彼女には王太子の女性慣れの件で、お世話になった恩があるものね。

 ちょっとサロメさんに妬けちゃうな。って今はそんな事を思っている場合じゃない。信頼を得ている彼女にジュエリア説が上がり、本当は殿下も信じ難く思っているのではないだろうか。

「兄上もサロメ侍女長にはとても感謝をしていると言っている」
「そうだったんですね」

 殿下の続いた言葉にふと……。そこから二人の間に愛が芽生えたりしていたのか?

 …………………………。

 私の心に例えようのない感情が広がっていく。大仏様をあくどくしたような王太子とぬぉっとした幽霊のようなサロメさん。ビジュアルからして、あまりにも絵にならない二人が私の表情をより複雑にしていく。

 ――なんて想像し難いのだ!

 王太子はジュエリアを初めて目にした時、「美しい花の精霊」だと言っていたんだよね? 大変申し訳ないのだけど、あのサロメさんを美しいと思うのであれば、王太子の美的感覚は明らかにオカシイ。

 だってだ、あの二人が初めて出会った時、本当に手を取り合って見つめ合っていたのかどうか、これは私の想像では範疇はんちゅうを超え過ぎだ。それとも王太子って妄想癖がありそうだし、話を美化に……いや捏造しているのか。

 ――あ~もう考えたくもない。

 そんなこんなんと混乱をしている時にだ。殿下からとどめの一言が私の胸へと突き刺さる。

「兄上はサロメ侍女長の事を慕っており、彼女の事を“サアちゃん”と呼んでいる」
「ブッ!」

 私は殿下の言葉に生々しく吹いてしまった。

「汚いよ、君」

 グリーシァンから透かさず突っ込みが入り、人を汚物でも見るような表情を向けられる。レディに汚いはないわ、今のないない! それにあれが吹かずにいられるか! 「サアちゃん」って、あ・の・サロメさんの事をよくもまぁそんな風に呼べたものだ。

 サアちゃんと呼ぶ王太子、想像するだけで大きく身震いをしてしまったよ。……にしてもだ。ジュエリアがもしサロメさんであれば、ある意味、禁断の恋というべきなのか。サロメさんは格式ある家柄の出身らしいが、それでも王太子相手では身分の差が大きい。

 王太子が頑なにジュエリアかもしれないサロメさんを隠そうとしているのも納得はするが、ただその為に、殿下達にジュエリア探しをさせているのは問題じゃない? 王太子の恋愛に巻き込まれて翻弄されているんだもの。

 みんな地位の高い人達ばかりだ。時間を持て余しているわけではない。仮にサロメさんがジュエリアだとしたら、手っ取り早く尻尾を出させる方法はないのだろうか。一番良い方法とはいえば、やはりだ……。

「王太子とサロメさんを接触させるのが、情報を得る一番の近道だと思うのですが」

 今の私の言葉に、みなからの視線が注目する。なんかヤバイ発言だったかな? 美形三人からの無言の眼差しはいささか緊張が走る。

「それはオレも思っていた」

 同意見だと述べたのはアッシズだ。良かった、同じ考えの人がいてくれて。

「接触って? また侍女長に王太子の専属侍女でもさせようっていうの?」

 棘のある言い方をするのがグリーシァンなんだよなぁ。不満があるならストレートに言えばいいのにさ。

「いきなりまた王太子の専属侍女をさせるのは怪しまれるかもしれませんよね。この間はチェルシー様に仕えさせ、今度は王太子と、サロメさんがジュエリアであれば、警戒心を強めてアラを出しづらくさせてしまうかもしれません」
「いや、専属の線は悪くないな」

 ――え? 今のは殿下?

 隣に腰掛ける殿下の様子を窺えば、とても感慨深い表情をされていて、私は息を呑んだ。

「侍女長がジュエリアであれば、確かに警戒心は強まるかもしれないが、兄上の方は彼女を傍にしておけば、綻びを出すかもしれない」
「それは言えてますね」

 殿下の意見に私も頷く。あれだけジュエリアに対して執着をしている王太子だ。ジュエリアを近くにおいておけば、早くにボロを出すかもしれない。

「オレも殿下のご意見に賛同します」

 そう丁寧に答えたのはグリーシァンだった。ヤツも賛同したか。となればだ、きっとサロメさんは王太子の傍に付く事になるだろう。その考えはすぐに答えが出された。

「兄上は現在、精神的な面で心を閉ざしている。サロメ侍女長にはまた兄上が表へと出られるよう、力づけを与える役割を担ってもらおう」

 殿下によって決断がされた。そこにアッシズが現実的な内容をぶつける。

「殿下、本日の侍女長は接客の対応で予定が詰まっております。王太子の専属は明日以降の方が宜しいかと思いますが」
「あぁ、今日の今日というのは性急すぎるな。ではアッシズは侍女長に明日から兄上の専属をするよう、上手く話をしてくれ。グリーシァンは侍女長の仕事の代理を探し、指示を扇ぐように」
「承知しました」

 殿下の下命にグリーシァンとアッシズを低頭する。そのやりとりを目にしていた私の心にもやる気がみなぎってきていた。そこに、

「さてヒナには……」

 私にも殿下から指示が向けられたのだった……。





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