STEP40「まさかの断罪!」
私はあまりの驚愕に声を失う。いや、なにがなんでも私がチェルシー様のドレスに細工をしたなんて、それは無理やり過ぎるだろう! なんで矛先を私に向けているんだ! この人、本当に気が狂っている!
「何故、私が犯人になるのですか! いくら姫君でも濡れ衣を被せる行為は度を越えています!」
私は掴まれている腕を振り払いながら、チェルシーへと言葉をぶつける!
「下っ端の女中如きが口答えをするなんて生意気よ!」
「姫君であれば、なにをしてもいいわけではありません! むしろ姫君らしく民草の手本となる振舞いをされるべきです!」
「身分を弁えなさいって言っているのよ! 私は!」
チェルシー様は私の躯をガクガクッと揺らしながら、理不尽に非を糾弾する。そして一際大きく揺らした後、ドンッと私の躯を突き放した!
「ひゃっ」
躯のバランスが崩れた私は重力によって後ろへと引っ張られる。
――ガタッ!! ガシャガシャガシャンッ!!
「きゃぁあっ」
耳を劈くような派手な音が自分の悲鳴と共に、広間へと響く。一瞬、記憶が飛んだ。何故なら背中から鋭い痛みに襲われ、瞼を深く閉じたからだ。突き飛ばされた時、テーブルに並ぶ料理の上へと落ち、ひっくり返ったのだ。
私は不格好に座り込み、しかもドロドロとしたドルチェを頭から顔、そして躯にも浴び、全身がベタベタになっていた。酷すぎる。いくらなんでもこれはやり過ぎだ! 私はギッとチェルシー様を睨み上げる。
「ドレスは付き合いが長く信頼のある老舗で作ってもらったのよ! そんな店が王家の人間に対して、細工をするとは思えないもの!」
「だからといって何故、私のせいにするんですか!?」
いくらなんでも私を犯人にするには無理があるだろう!
「貴女が私のドレスを届けたからに決まっているじゃない! 貴女が宮殿に届けられたこのドレスを侍女に届けに来たのは知っているんだから!」
「え?」
チェルシー様から叩きつけられた言葉に、私はハッと息を呑む。
――なにそれ……まさか?
「このドレスと同じ花柄の包装カバーに身に憶えがあるでしょ?」
「……っ」
私は蒼白となる。確かにチェルシーが着ているドレスの花と同じ模様の包装カバーを運んだ記憶がある。届けられたドレスの殆どが無地のカバーで包まれていたが、やたらド派手な花模様のカバーがあった。
――あの派手な包装カバーの中身はチェルシー様のドレスだったって事!?
ドレス等を運んでいる時も何処となく不思議には思っていた。荷物を届ける仕事は単純そうに見えて実はとても重要だ。下っ端の私がその仕事を手伝っていいものなのかと。
てっきりパーティの準備で侍女さんが人手不足となり、運びの仕事が私に回って来たのだろうと、あまり深く考えてはいなかった。でも今思えば、その仕事を回したのは……紛れもなく目の前にいるチェルシー様だったのだろう。
彼女は私をドレスの細工をする犯人に仕立て上げる為に、予め仕組んでいたんだ! ヤラれた! さすがに仕事の内容にまで嫌がらせが含まれているとは誰が気付くか! 驚異的な事実に気付いた私は茫然となる。
「あと細工の可能性があるとしたら、貴女しか考えられないって事。わかった?」
そしてチェルシー様から追い打ちの言葉を掛けられる。私は完全に犯人扱いだ。冗談じゃない! 即座に抗議にかかろうとした。その時だ。
「あの女中、普段からチェルシー様に粗相を犯していたコよね?」
「そうそう。毎回チェルシー様のお怒りを買って、注意されているのを何度か目にした事があるわ」
「じゃぁ、今回の事件は逆恨みかしら?」
「いくらなんでもこれはやりすぎよね。相手は一国の姫君だし断罪は免れないでしょうね」
「命に代えて償ってもらう事になるかもしれませんわね」
私にとって不利な状況が招かれる。ざわざわとしている周りから次々に不吉な言葉が入ってきたのだ。「断罪」? 「命に代えて償う」? これか! 私はガッと目を大きく見開き、強く拳を握る。
――これは死亡フラグのお・知・ら・せ。
ジュエリアが言っていたあの言葉。パーティという公の場で、私に失態を起こさせた既成事実を作り上げ、断罪までもってこようとしたのか! 冗談じゃない! 冗談じゃない!!
「確かにチェルシー様のドレスを運んだのは私ですが、その後、お付きの人がドレスに触れた事も考えられます!」
お付きの人達に疑いを向けるのは心外だけど、こっちも自分の信頼と命がかかっている。少しでも罪の矛先を変えなきゃ!
「貴女、自分がドレスを手渡した相手を忘れたの?」
酷く焦る私とは反対にチェルシー様は妙に落ち着き、冷然と言い放つ。
「え?」
――確かドレスを渡した相手は……ハッ! サロメさん!
ここで生々しくチェルシー様の近くに立つサロメさんの姿が映る。ドレスを渡した相手はサロメさんだ! あの時、チェルシー様につきっきりのサロメさんに会わなくてラッキーだと思っていたけど、唯一ドレスを渡した時だけ顔を合わせてゲンナリとした記憶がある。
「私のドレスの管理は侍女長に任せていたわ。貴女よくそんな堂々と上の者に罪を擦りつけられるわよね?」
「ち、違います! 私はサロメさんに罪を被せようとしているんじゃありません!」
「いい加減にしなさいよ! この罪人!」
目尻を上げ、酷く昂奮しているチェルシー様はまたとんでもない行動へと出た。
「きゃぁ!」
私は悲鳴を上げた。突然チョッポリーナを投げられたのだ。チェルシー様は背後のテーブルから装飾用のチョッポリーナを手に取り、私に向かって投げ付けたのだ。私は痛みと共に赤い果汁が躯へと染み渡る。
しかも一個や二個というレベルではなく、数個も投げ付けられ、私の全身は朱まみれになる。有り得ない、あの人の虚言から暴行とすべてが狂っている! 私はあまりの怒りに血が恐ろしく騒いでいた。
――目に果汁が滴って痛い。
そんな時に気づく。自分の手の平からチョッポリーナとは異なる赤いもの浮かび上がっている事に。
――真っ赤な花の刻印……。
間違いない、チェルシー様がジュエリアだ! 魔女、いや悪魔だ。私をこんな風に追い詰めたあの悪の女。やっぱり彼女がジュエリアだ! 間違いない、私は確信した!あとは考えるよりも先に行動へと出た。
私はジュエリアを逃さまいと渾身の力を振り絞って躯を起こし、チェルシー様を捕まえようと飛びかかる。思いがけない私の行動に彼女は幽霊でも見たような表情へと変わり、悲鳴を上げる。
「きゃっ! 騎士達はなにボサッとしているのよ! 早くこの不届き者を捕らえなさいよ!」
捕まえるよう指を差された私は一瞬怯みが生じた。その隙に前後から数人の騎士達が現われ、あっという間に私の躯は取り押さえられた。
「は、放しなさいよ! 私はなにもやっていない!」
男性のしかもガタイの良い騎士の力に敵うわけはないが、私は必死で躯を振るって抵抗を見せた。その時、チェルシー様の顔が鮮明に映し出される。嵌めてやったと優越感に浸る悪魔の嘲笑う姿が。
「何事だ!」
騒然とする状況で声を荒げ、こちらへと駆け寄る足音に私は息を切る。
――ルクソール殿下だ!
ハッキリと見えなくても、見目麗しい殿下だとわかる。いつもであれば、間近にすれば心は躍るのだが、今の私を見られるのは嫌だ!
「ルクソール様!」
近づいて来る殿下へと真っ先にチェルシー様が飛び込もうとする。
「殿下! あの女中が私をこのような姿にしましたの!」
彼女は私に指を差し、有り得ない言葉を叫んだのだ。
「ヒナ?」
名を呼ばれて私は震え上がる。こんな無様な姿、殿下にだけは見られたくない! 恥ずかしい! 晒し者だ! 今すぐここから消えてしまいたい!!