STEP37「流麗なるワルツの中で」




 ――なに……今の?

 ゾッと背筋に戦慄せんりつが駆け走り、私は瞬時に凍り付いた。確かにチェルシー様は私の方を一瞥し、気味の悪い笑みを見せたよね? ただそれは一瞬の事で、今、彼女は何事もなかったように、談話をしている。その女優ぶりの豹変に私は疑心を抱く。そしてやはり第六感を震わすのだ。

 ――彼女がジュエリアではないかと。

 そう心に黒い疑惑を認識させた時。

 ――わぁあっ!

 大間ホールにどよめきが起こった。何事かと思った私はチェルシー様から目線を逸らし、辺りを見渡す。

 ――あ、あれは!

 大間ホールの扉から中央へと向かう威風凛々とした男性陣が登場する。その人達は身に纏っている服装から見ても、他者とは圧倒的に存在が異なり、周りから熱い視線と脚光を浴びていた。その中でも一際美しく目立つ男性の姿が!

 ――ルクソール殿下!

 0・1秒という時よりも速く、私の視線は殿下に縫い付けられた。瞳がハート型となって。殿下が颯爽とした足取りで歩く度に、艶感のある真っ白な肩布は舞い、その内側に羽織られるシルク素材の長いコートは精妙なデザインと形であり、軍服よりも勝る。

 そして癖のない柔らかなプラチナブロンド色の前髪を上げ、額を覗かせている。いつもよりハッキリと目にする瞳はアメジストの宝石のような光を湛え、珍しく煌くリングのピアスもされて、より美しさが洗練されていた。

 背中から羽が見えそうで美しい白鳥のようだ。世界が殿下一色に変わっていく。あの優雅な輝き、神秘の領域だ! 神ですら畏怖するあの美しさに、鼻血が出てしまいそう! うぅ~胸が……いや全身が痺れるぅー!

 ――カッコE! カッコE!! カッコE――――o(((≧ω≦)))o

 私はチェルシー様の事なんぞ彼方へと吹き飛び、心の中でひたすら「殿下カッコE」を叫びまくり、トランス音楽の旋律を奏でて踊る。ハイテンションMAX! そんな気持ちになったのは私だけではなく、女性陣から(気のせいか? 一部の男性陣からも)黄色い歓声が轟く。

 殿下の登場に大間ホールが一気に華やいだ。そうそう、殿下の姿が見えないなって本当は気になっていたんだよね。今日の彼は美しく宝飾され、より素敵だろうなぁって期待していたんだよね。

「まぁ、王子お二人のご登場ですわね」

 ――ん?

 目の前の貴婦人のふとした呟きで私は我に返った。

 ――あ、ヴァイナス王太子もいたんだ。

 今とって付け加えたようにして気付いた。王太子は襟周りにド派手な羽毛を巻き付けているが、それでも殿下に心を奪われ過ぎて、王太子の存在に全く気が付かなかったよ。

 ……にしてもだ。こんな事を思うのは罰当たりなのかもしれないけど、王太子がルクソール殿下の引き立て役にしか見えないんですけどぉおお! 容姿が残念なのは天性だから仕方がないにしろ(失礼)、どうして彼はこうも服のチョイスを間違えてグレードダウンさせちゃうのか。

 王太子の烈火の如く赫々かくかくとしたコートは前を閉めていないにも関わらず、パツンパツンが丸わかりだ。サイズ直しをしてあげて! 肩布も無駄に長くて引きずっている感があるのか、足元を気にしている様子だし。

 実は非常に歩きづらいのではないかと思われる。丈の長さを正しく合わせてあげて! 極めつけは超絶に本人には似合っていないのだ。素朴な容姿に体系も小太りな彼、完全に豪華な正装に着飾れている。

 一体、誰があれをチョイスしてしまったんだ! 王太子に対して嫌がらせにしか見えない! そんな不憫な眼差しを彼へヒシヒシと送っていると、目の前の王太子達を見ながら談話をしている二人組の貴婦人が感想を零した。

「まぁ、あちらのお色とデザインはまさに王太子の好みそのものね」
「王太子はいつもご自分で礼服(ドレス)をお選びしていますものね」

 ――って本人のチョイスかよ! おったまげ! もうどうしようもないなぁ。誰も王太子の嗜好には口出しが出来ないのか。

 ってそんな話よりも、王太子とは一度、彼の部屋で会って以来だ。今の王太子は表に出る事を謹慎している為、始終部屋に籠っていると聞いているが、さすがにこういった大きなパーティには顔を出さざるを得ないのか。

 とはいえ、今の王太子からまともな生気が感じられない。能面というか、やっぱり「あれ」か。ジュエリアかもしれないチェルシー様と顔を合わせなくちゃならないからか。ヴァイナス王太子、ルクソール殿下、そしてチェルシー様、この三人が同じ空間にいるって事にヒヤヒヤだ。

「ルクソール様!」

 チェルシー様の声が響く。殿下の姿を目にした瞬間、彼へと飛び込んでいった。そして目の色を変えてルクソール殿下に寄り添っている。取り繕う甘い声で話をしているのであろうと想像がつく。自称婚約者なのに、あたかもリアルを装っているよね、あれ。

 王太子がいる前でよくもまぁ。腑抜けの殻になった彼はもう用無しだと思っているのだろうか。王太子の方は腑抜けになった後も、ジュエリアに恋い焦がれて殿下達に探させているってのに。一度は誑かしておいて、手の平を返したように突き放す。ガチな悪女だ。

 それに彼女、また私の方へと視線を泳がせた。私に見せつけるようにして殿下にくっ付いてさ。優越感ってやつ? でもも似非えせだと知っている今の私にはなんの嫉妬心も湧かないから! アッカンベーをお見舞いしてやりたいわ! 我慢我慢。

 ――♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪~

 王太子達のお出ましがあって、間もなくして大間ホールに演奏の美音が響き渡る。いつの間に姿を現していた演奏者達。耳から頭の中いっぱいにウットリと響く美しい旋律。こちらの世界ならではの楽器と三拍子の音楽で奏でる円舞曲ワルツだ。

 音楽が流れると、会場にいるみながササッと壁側へと移動し始めた。すると、使用人さんや侍女さん達がお料理やお酒を乗せているテープルを引き下げる。見渡せるほど広々とした空間ができ、それから男性達に手を取られて中央へと導かれる貴婦人達。

 どうやら舞曲ダンスの始まりのようだ。男女共に頬に朱を散らせ、ワルツに期待を膨らませているのが手に取るようにしてわかる。意中の人と手を取り合う事が出来たら、ウハウハになるもんね!

 ――って、ハッ!

 ルクソール殿下はまさかチェルシー様と! と懸念を駆け巡らせたが二人は壁側の方にいる。ホッ、傍観組の方で良かった。似非婚約者といえ、殿下と手を取り合う姿を見るのは実に不快だ。

 ――ん?

 中央へと視線を戻した時、目がパチクリを繰り返した。ド真ん中に何処かの貴婦人、いやティーンの若い姫君と向かい合って手を取る王太子の姿が映ったのだが。うーん、なんかイマイチ「様」になっていないんだよね。違和感ありまくりというか。

―――……………♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪~

 一瞬、演奏がんだが、再び流麗なる音楽が流れる。優雅な旋律に合わせ、三拍子の緩やかなリズムに乗る男女が踊り合う。流れるような回転と華麗さ、柔らかな曲線美、まるで舞台の上で演出をしているようだ。

 腕を組み、躯を預け合って踊るワルツはロマンチックである。それに華やかに着飾る人々は宝石の煌きを放ち、まさに光りの演出化であった。……さて、そんな美しい舞台が目の前で繰り広げられている中で。

 ――あれは……酷い。

 この私の感想、これは王太子に対してだった。このワルツ、みなが一体化したように、ステップやターンするタイミングが0・1秒ですらズレがないというのに、王太子だけ明らかにワンテンポずれていた。

 あの無駄に長いコートも今は羽織っていないから、軽やかにステップが踏める筈なのに。天性の問題なのかな? しかも姫君の躯を支える体勢時、見事に失敗して相手の躯の上に転げ落ちるし。王太子と姫君の一組だけね、その失態。

「ぷっ……」

 ダ、ダメよ! ヒナ!

「ぷっ……ぷぷっ……ぶっぐ……ぐぐぅ」

 私は口元を両手で押さえるが、却ってそれが変な声を漏らしてしまう結果となる。周りを見れば、同じく口元を押さえて嘲笑に堪える人達がいる。私のような気持ちになっている人が多々いるようだ。華麗なダンスの中に鮮やかな笑いが奏でる……。





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