STEP36「パーティに眠る不敵な笑み」




 迎えたグレージュクォルツ建国記念パーティの当日。この日は国中が朝早くから祭りの熱狂に包まれていた。とはいえ、私も含めて使用人、侍女、女中は通常の仕事を行っていた。まぁ、いつもより早く切り上げられるだけどね。んで、仕事をしている時だ。

 宮殿の外で真っ赤なドロドロ姿の人達がゾロゾロと歩いているのを見て、血祭りでも行われたのかと、私はその場にバタンと仰け反りそうになった! そんな私の様子を見た同じ女中さんから教えられたのが、あれは祭りのイベントなのだと。

 私の世界でいえば、外国のスペインで行われる、街中でトマトを投げ合うトマティーナのイベントに似ているみたいだ。こちらでは「チョッポリーナ」というトマトによぉ~く似た野菜を投げ合う。

 トラック車の代わりに何頭もの子供の飛竜を利用し、それに乗った魔術師達がチョッポリーナを投げ落とす。それを人々は拾って投げ合うのだが、もちチョッポリーナに当たれば、パァン!と、果実汁が放散されるわけで。

 ――ブルルッ(((;゜Д゜)))

 想像しただけでも超酸っぱい梅干を噛み締めるような気分になる。チョッポリーナの果実汁も酸味が強いからね。栄養素は満点だけど、好んで食べたくないというのが正直な感想。

 という私は全く知らなかったド派手なイベントが行われていたが、今は夜のイベントに向けてモードの入れ替えらしい。え? イベント終了後のチョッポリーナの処理や汚れた街中はどうしたかって? それはきちんと魔法で元通りにされたってさ(うひゃっ)。

 それから夜を迎えると、街は飾り付けされた光のイルミネーションへと輝き、風情のある屋台が並び、煌びやかなパレードが開催されていた。人々は陽気にお酒を飲んだり、ダンスを踊ったりと祭りの熱気は宮殿にまで伝わってきていた。

 さてはて宮殿はというと、仕事が終われば夜会パーティの準備へと取りかかる。私みたいなペイペイな女中が直接パーティに関われはしないんだけど、助っ人としてあれやこれやと手伝いをしていた。

 宮殿に届けられた物品を利用者へ届けたり、或いはドレスや着飾りする小物などを宅急便屋さんにでもなった気分で届けに行ったりと、まだ宮廷内の地図が覚え切れていない私には難儀ではあったが、そんな事をやりつつも目的のジュエリア探しをおこなっていた。

 その時の宮殿は回廊一つ歩くだけでも、多くの貴婦人達に会えた。普段、足を運べない場所にも難なく行く事ができ、探すにはもってこいの時間だった。が、実際収穫が全くない事にガチ萎える。どういうこっちゃ?

 昨日一昨日も、チェルシー様からの妨害がなく、ここぞとばかりに私は動いてくまなく探し回ったが全く成果は出ず。殆どの人達が「白」だ。意外に魔力をもつ人達は少ない。そう考えれば、刻印の色が浮かぶ人物は限られ、目星が付き易い筈なのだが。

 実際のところ、黄色い以上の色をもつ人は魔術師ぐらいしかいない。魔術師はローブを羽織っているから、一目瞭然でわかる。ならば、彼等が怪しいのではないかと疑いをかければ、魔術師は宮殿の監視のもと、法的な登録がされている。

 下手な行動が出来ないのは勿論、そもそも目論見を考えるような不届き者をこの宮殿の魔術師として置いておくわけもないしね。という事で魔術師以外の人物で探す事になるのだが……泣きたくなるほど成果はなし。

 ――まぁ、魔力を持つ者がわんさかと居ても危険なんだろうけど……。

 私は目を光らせて引き続きジュエリアとなる人物を探る。今、私の目の前ではプラチナに光り輝く華やかな夜会が催されていて、私も舞踏会のへと訪れていた。これもルクソール殿下達から特別に許可を得て参加している。

 ――あれは?

 自然と人の注目集まっているのが、この国の主であるブリュトン国王とキャメリア王妃のお二人だ。遠目からでも高潔な品性を漂わせているお二方は明らかに周りの人々とは存在が異なっていて、礼服ドレスも一際豪華だ。

 国王は背が高くずっしりとした風格で、整えられた黒髭がとてもダンディーだが、少しばかり近寄り違い威厳を感じる。王妃は珍しいストロベリーブロンドの美しい髪をもった女王薔薇のような圧倒的に麗しい存在だ。あのあでやかさはアダルティすぎる。

 ふと思ったんだけど、ルクソール殿下はどちらにも似てないよね。それを言ったら王太子も似ていないか。あの深い顔立ちのお二人からはどう見ても彼が生まれるなんて……いやよく見てみれば、王太子の髪の色と瞳は国王と一緒かな? 国王はパンチではないけどね。

 そしたらルクソール殿下は王妃似って事になる? と、言いたところだけれど、顔立ちも髪や瞳の色も全く異なっている。もしかして殿下は隔世遺伝ってやつなのかもしれない。フムフムと勝手に私は一人納得していた。

 ――それにしても目を奪うような空間だ。

 白銀で埋め尽くされた装飾に目が眩みそうである。数多に灯された蝋燭の火が燦然と煌くシャンデリアによって乱反射し、まるで月光のような神秘的な輝きを生み出して、広間ホール全体を鮮麗に輝かせていた。

 広間ホールの天井も壁も金色に縁どられたレリーフのデザインが並び、まさに優美、軽妙洒脱といった言葉が具現化されたようだ。そこに華麗に着飾った人々が躍動感に溢れていた。

 豪華なお料理を味わいながら陽気に談話する姿や、これから始まるワルツに胸を躍らせて待つ人々を目にして、この空間に佇んでいると、自分が命を狙われている事が嘘のように思えてきた。

 自分とは疎遠な世界だ。場違いに居るような侘しい気持ちに駆られる。そこで知り合いの顔を見つけるとホッとする。顔を合わせれば憎まれ愚痴を叩き合うグリーシァンの姿ですら、今は安堵感を抱いている。

 ヤツの今日の服装は派手だな。いや、魔術師達みながそういう服装に指定されているようだ。ローブとカーデが一体化した重ね着に、丈がイレギュラースカートのようにフンワリとしたエアリー状の形になっている。

 ベースの色は人それぞれだが、外ラインが共通して偉いキラキラとした金色のデザインが織り込んである。あれって本物の純金に見えるけど? 凄いふんだんに使用されていて一着だけでも売れば、さぞかしとんだ資金に替えられるんだろうな。

 そしてもう一人、アッシズの姿も見える。彼は騎士であるが、今日は両肩に精妙なレリーフが施された金色の肩章や片肩から胸部にかけて吊るされた金糸の衣緒モールといった立派な軍服を着用している。あれが社交の場の正装なのだろう。

 荘厳な軍服。貴婦人達が目の色を変えて見つめている気持ちはよくわかる。私も軍服なんて興味がなかったけど、生を目にしてトキメいたのは事実だ。アッシズみたいに美形じゃなくても素敵に映える。

 魔術師も騎士も王族の人達とはまた別に華やいでいた。んな中で女中の制服を着た私は完全にモブだ。煌びやかな彼等達からしたら、気にもしない存在だろう。さてそろそろお題へと入ろうか。私は視線をある所へ重点的に置く。それは勿論……。

 ――”チェルシー”様だ。

 今日の彼女は目に焼き付くような豪奢を身に纏っている。ドレスにプリントされている花は赤薔薇によく似ている。ドレスのラインに流れるようにデザインされ、まるで花が飛び出すようかのように鮮やかだ。

 下に向かうにつれ、ふんだんに付けられたリボン素材のフリルがフワフワと舞い踊っていた。宝石も無駄に着飾っている。後ろ髪をオールアップにした頭の上には銀色のティアラ、胸元には玲瓏のネックレス、手首にはブレスレットや指輪も多々はめている。

 今回の主役は私だ! というオーラを放って絢爛に着飾るチェルシー様は沢山の人達とひっきりなしに会話をしていく。あういう社交の場を目にすれば、彼女が本物の姫君というのがリアルに感じられた。

 そして普段、私をとことんイビリまくっている悪の様子は微塵も感じられない。あれは淑女の仮面を被った悪だ。それになんといっても、彼女はジュエリアの可能性がある。私は身を壁にもたせ、彼女を注視して目で追う。

 ――彼女がジュエリアであれば……。

 このパーティの異国最中さなか、なにか私に仕掛けてくるかもしれないのだ。私はグッとこらえるようにして目を細める。彼女はあの通り、ずっと人と接している。あの状態で自分の手を掛けずに、どうやって私に接触しようとしているのか。

 ただこちらもそれをジッと待っているわけではない。私がわざわざこのパーティに参加させてもらっているのはジュエリアが仕掛けてくる罠を回避し、かつそれを逆手にとってヤツをとっ捕まえる為だ。

 グリーシァンもアッシズも今はお偉い人達と接しているが、チェルシー様の行動は目を光らせて窺っている。私も彼女から注意を逸らす事なく、見張っていなければ。そんな私の念というものが彼女チェルシー様に伝わったのだろうか。

 ――!?

 談話に夢中でいる筈の彼女がチラッと私を垣間見たのだ。その表情はまさに悪魔の微笑みといわんばかりに美しく不気味であった……。





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