STEP32「危険フラグが多過ぎです」




 背後へと振り返ると、そこにはグリーシァンの姿があった。あれ? 確か彼は占い師と無言の睨めっこをしていた筈じゃ?

 ――私の後を追ってきたわけ?

 けっこうビックリなんだけど。グリーシァンって基本、全く私には興味なさ気だからさ。んで、なにかもの言いたげな感じがヒシヒシと伝わってくるんですけど、なんの用だ?

「なにかご用ですか?」
「君、ネープルスと仲がいいの?」
「はい?」

 なんだ突然? 人の質問シカトして逆に問うてきたよ。おまけに敵視丸出しでなんなのさ? 敵対している相手と仲の良い人物にも同じ負の扱いをするのか、コイツは。

「ネープルスさんって、さっきの占い師の人ですか?」
「アイツは魔術師だよ」
「え? どなたが魔術師ですって?」

 私、聞き間違えたよね? 占い師が魔術師だって聞こえちゃったんだけど。

「ちゃんと人の話聞いてんの?」

 グリーシァンは露骨にイラッとした表情を見せる。その顔が頭が悪いと言われているみたいで目につくわ!

「ネープルスはオレと同じ上級魔術師だって言ったんだよ」
「え? あの人、占い師じゃなくて魔術師なんですか?」

 いやいやいや、あんなふざけた人が魔術師なんて有り得ないだろう! しかもグリーシァンと対等の魔術師って! なんの悪い冗談を言っているんだ!

「この宮殿を巡回している魔術師だよ。時間を持て余しているみたいだから、得意の予知能力を利用して占術もしているみたいだけど」

 ――マジかよ!

 嫌々ながら説明するグリーシァンが冗談を抜かしているようには見えなかった。思わぬところで謎解きがされたわ。あの人、魔術師なのか。(って心はまだ認めようとはしていないけど)

 言われてみれば、魔法が使えたもんね。で、予知能力が得意ってさ、超怪しいと言いたいところだけど、あの人の占いって、お金を払えばまともに視てもらえるんだろうね。お金を所持していない私がろくに視てもらえないだけで。

「私はネープルスさんとは仲が良いわけではありません。今日で会うの二回目ですし。彼なりの興味本位で占ってあげる~と言われていただけです」

 ほぼ一方的な、いや傍迷惑な占いに付き合わされそうになっただけだからね。

「そう、なら良かったよ。アイツは信用しない方がいい」
「え?」
「なにを考えているのかわからない」

 なんだ、その直球な言い方。今のグリーシァンの忠告、遠回しに占い師と関わるなと言っているよね? まぁ、敵対している相手に対して普通はそう思うのかもしれないけど、なんだろう、それとは別に「なにか」があるように察した。

「忠告ですか?」

 無意識にだけど、私は言葉に棘を絡ませる。

「これでも君の為を思って伝えているんだけど」
「珍しいですね。そんなアドバイスをされるのは」

 グリーシァンが表情を顰める。さっき、占い師の前で見せたような不穏な表情をしている。どうやら今の私の言葉で不快にさせてしまったようだ。だって調子が狂うじゃん、グリーシァンが親切心で忠告なんてさ。

「オレは君のジュエリア探しの協力者だよ? 危険なものへの忠告は当たり前でしょ?」

 尤もな応えではあるけど、なんか胡散臭く思える。日頃の私に対する粗末な扱いがそう思わせるのかもね。

 ――グリーシァンと占い師の関係って……。

 って全く興味がないから、どうでもいいや。まぁ確かにあの占い師、あれは全くといってわからない人物だ。わかろうともしたくないしね。
「そうですか。また会う事があれば、気を付けます」

 一応、建て前だけでも素直に聞いておこう。つぅか今後はあの占い師と会わない事を願う。いちいち今みたいにグリーシァンから突っ掛かられたくないしね。

「そう、宜しくね」

 そう尻目を向けて、その場から立ち去るグリーシァンの背中を見送る私はどうも腑に落ちない気持ちでいた。

 ――なんだろ、この違和感……。ハッ、とっくに仕事の時間が過ぎているじゃん!

 ヤバイヤバイッ、急がなきゃ。こんな回廊に突っ立ている姿をサロメさんにでも見つかったら、なにを言われるか。もう怒られフラグは懲りごりだ。私は超特急で仕事場へと駆け出した……。

❧    ❧    ❧

 思わぬ事が勃発、とても厄介だ。初めはなんでまたと思っていたが、これはれっきとした「故意」だという事に気付く。事がある毎にチェルシー様が現れて難癖をつけられるようになったのだ。

 部屋に泡や汚れを残して掃除の仕方が悪いだの、特別に許可の下りたお茶会の見学時もお菓子や紅茶の味がオカシイだの、新人だといえど、言葉遣いや振る舞いが悪過ぎるだの。一番酷いと思ったのは顔が悪いって言われた事だ! ぜっんぜん仕事とは関係ない!

 それに言ってもいないチェルシー様の悪口を吐きまくっていたとか、横柄な態度を取ったりだとか、いつも蔑んで見ているだとか、妙な捏造が入り出して本格的に彼女はイカレポンチでヤバイ!

 そもそも私は彼女と関りをもつ仕事をやっていない。掃除に関してもチェルシー様が利用する部屋は範囲外だし、お茶会も彼女は誰からも呼ばれていないにも関わらず参加して来る。それに私はお菓子や紅茶を作っていないのに、何故か私に文句を垂らす。

 悪口や態度の事も同様だ。全く身に覚えがない。だけど、彼女は恐ろしいほどにタイミン良く現れて私を罵る。私は監視マークする人物から逆に監視マークをされているのだ。それはやっぱり彼女がジュエリアだからなのか。

 自分の正体に気付かれた焦りからか、嫌がらせを始めたのかもしれない。そのおかげで私は他のジュエリア候補となる怪しい人物を見つける時間がなくなっていた。事ある毎に不祥事を起こしたと怒られるのに時間を取られているからだ。

 ろくにジュエリアを探し出せない焦りと不本意に叱られるストレスからか、ポジティブ思考の私でもさすがにかなり気が滅入っていた。あれよあれよと月日は経ち、ジュエリア探しを始めて既に十日が過ぎ去った。

 このままチェルシー様に邪魔をされたまま過ごしていたら、もし彼女がジュエリアではなかった場合、私はTHE ENDとなる。グリーシァンとアッシズからも彼女の行動範囲を規制させようとしているみたいだけど、なんせ一国の姫君だからね。容易には事が進められないそうだ。

 ――どうしてこんなにも困難なんだろう。

 ジュエリアだ。やっぱりアイツが私の邪魔をしている。ヤツからしたら当然の行動かもしれんが、私にはマジ殺意を覚える。

 ――貴女には絶対に私は捕まえられない。

 最後にあった時、アイツはそう私に吐き捨てていた言葉を思い出す。これだけヤツの探しを阻まれているんだ。今ならこういう事だったのかとわかる。小癪な手ばかり使って面白おかしく高みの見物をしているのか。私はヤツに対するどうしようもない憤りが止められない。

 ――ダメダメ! 苛立っている姿を見せたら、ヤツの思うツボだ。

 何処で私を監視しているのかわかったもんじゃない。

「あ、間違えた」

 思わず深い溜め息を吐いてしまう。掃除する目的の場所とは異なる部屋に来てしまったようだ。考え事をしていたのもあるけど、ただ単に無駄に広すぎるんだよね、この宮殿。ここを把握が出来るようになるには数ヵ月はかかるだろう。

 ここはパーティが行われる舞踏会のだ。三日後に行われる建国記念パーティで使用する大間ホールとは異なる。当日使用する大間は今パーティの飾りで内装がなされている筈だもの。

 今は閑散としているホールだが、目に染みるほどの鮮彩なステンドグラスから陽光が差し込み、大理石の床を華やかに色づけていた。天井から燦然と輝くシャンデリア、随所に立つ複雑で精妙な形の彫刻像と日本では見られない代物に目が眩みそうだ。

 …………………………。

 あまりの静けさで睡魔に誘われそうになる。微睡む前に目的地へと急ごう。私は踵を返した。その時……。

 ――ふふふっ。

「え?」

 なんの前触れもなく、女性の笑いが木霊こだまする。

 ――ふふふっ。

 再び不快な嘲笑いが響き、私の背筋に大きく戦慄が走る!

 ――この不気味な笑いは……ジュエリア!





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