STEP31「犬猿の仲なんですか?」
――急げ~急げ~。
私は吸引機を担ぎ、仕事場へと向かっていた。そうそう、今朝はミーティングが長引いてしまい、朝礼が始まる時間ギリギリになっちゃったんだよね。仕事に関しては今日まで散々な事ばかりで、サロメさんから鬼のように叱られてばっかだし、遅刻なんて厳禁だわな。
仕事を始める前には侍女と女中の合同朝礼が始まる。侍女長と女中長それぞれの挨拶と報告を聞かなければならない。それが終わってから本格的な仕事が始まる。人によっては朝礼前から仕事をしている人もいるから大変だよね。
そして、なんとか無事に朝礼が間に合って、すぐに仕事場へ向かおうとしたら、ガッツリとサロメさんに捕まってしまった。げぇ~と心の中ではゲンナリと項垂 れていたが、一先ず表情には出さないように抑えた。
彼女は私がきちんと上からお叱りを受けてきたか確認をしたかったようだ。当然といえば当然の確認だ。私は今朝、グリーシァンとアッシズと話をしてきた旨を伝えた。とはいっても彼等達との話はジュエリアかもしれないチェルシー様の話で持ちきりであったが……。
今のところ、チェルシー様をジュエリアと仮説し、グリーシァン達も彼女を監視 する事になった。色々と気になる点があるんだよねー。チェルシー様から全く魔力を感じた事がないってグリーシァンが言っていた事とか。
全く感じさせない能力を持っているのは魔女で特別だから? いや、一国の姫君が魔女という事はないか。んー、でも彼女の出生については調べてもらった方がいいかな。確か彼女、男兄弟で唯一の女子。女の子欲しさに国王陛下達が貰い子を取った可能性もなきしもあらず。
純粋なお姫様なら、あそこまで素行が悪くない筈だしな。うんうん、明日のミーティングの時に話を出しておこう。さてこれでジュエリア探しは暫くしなくても……という事はなく、他に怪しい人はいないか引き続き探さなければならない。
あまりチェルシー様にかけていても、結果違った時の脱力感は半端ないだろうし、というか、時間が限られているのだ。候補を早めにピックアップしておかなければならない。あーガチ気が重い。刻印が反応する人物を一人探すのに、どれだけの時間と能力がかかるのか。
と、どんな状況であろうが、先に進まなければならないよね。さて話は変わって、ジュエリア探しに没頭していた私はあまり周りの状況を把握していなかったんだけど、どうやら一週間後にこの宮殿で大きなパーティが行われるらしい。
なにやらこのグレージュクォルツ国の建国記念パーティだそうだ。普段の仕事にプラスしてパーティの準備に取りかかっている侍女さんや使用人さんも多く、宮殿内はけっこう忙 しい。そんなパーティもあって、チェルシー様もこっちへ赴いて来たらしいんだけど。
誰も彼女を呼んでいないのに積極的に来た挙句、数週間も泊まっているんだから、太々しいったらありゃしないよね! これでジュエリアときたらもう断罪だわ! あのビッチは野放しには出来ないからね!
――ん?
回廊を小走りしていたんだけど、バッと目に入ってきたものが。
――前にも似たような事が……?
立ち止まって視線を横へ送る。支柱の前に立つ一人物が?
「あっ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。身に覚えのある人物で声を上げずにはいられなかったのだ。艶感のある深緑色のローブを着衣し、頭まですっぽりとフードを被ったこの人は……。
「アナタあの占い師でしょ!」
「それはどうかな~? どうかな~?」
この小学生の男児のような声とクネクネとした身動ぎをする怪しい男……間違いない。
「なにがどうかな~? よ! やっぱりこの間、私の前に現れた自称占い師ね!」
「自称じゃないよ~、自他共に認めている占い師なの~!」
私の声に応えた彼は忽然とその場に木造の机と椅子を出現させた!
「ぎゃあ!!」
二度目とはいえ、生の魔法に免疫のない私にいきなりは刺激が強いっての! 前回と同じく私は驚きのあまり、万歳をして吸引機を派手に落としてしまった! あ~、こんな何度も落としていたら壊れちゃうんじゃ。弁償代なんて払えないよ~。
「ちょっ! いきなり魔法を使うのは私の心臓に悪いんで止 めて下さい!」
「心臓の負担にならないよう、早く慣れるといいね!」
占い師からはまたトンチンカンな応えが返ってきたよ。せっかくフードが取れて露出された美顔も台無しじゃない。
「慣れるものではなく、アナタのやり方を変えて欲しいんです!」
「まぁまぁ、そんなにプンスカしないで座ったら?」
「はい?」
――なになになに?
なんの話をしているわけさ? 占い師は悠長に腰を掛け、指で机をトントンとして私に合図を送っていた。
「なんで座らなきゃならないんですか! 私はこれから仕事なんです! ここで足止めを食らう余裕なんてありません」
尤もな理由をつけて私はとっととこの場から去ろうとした。こんな変な人に時間をかけても、結局わけがわからなかったという落ちで終わるのが目に見えている。この間だって占ってあげるというから、視てもらったら、
――言動に惑わされるな。
という言葉の一点張りだったし。あれは未だに意味不明。あんまり深い意味もなさそうだしね。
「え~? せっかく占ってあげようかと思ったのに~?」
「結構です」
口調からして残念そうには聞こえんって。占い師はつまらなさそうな様子を見せていたが、私は吸引機を持って歩き出そうとした。そこに……。
「あれ君?」
何気に声を掛けられた。目の先にはこれまた占い師とは異なる眩い姿のグリーシァンがいた。私と顔を合わせたと思ったら視線を逸らし、すぐに顔を深く顰めた。どうやら占い師を目にして不穏な表情へと豹変したようだ。
――こんな所で机と椅子を置いて座っている人がいたら、不審者扱いされるわな。
「……ネープルス」
――え?
一人呟くように名を零したグリーシァンの声色は明らかに穏やかではなかった。今のネープルスって、この占い師の事だよね? 私はチラッと占い師へ目を向ける。
「あっ、グリーシァン」
占い師の方も反応を見せた。あれ? この二人って知り合いだったの?
「なに? 二人とも知り合い?」
…………………………。
なにこの沈黙? 私の質問はシカトですか? というよりも、この二人の周りの空気だけ異様に悪い。今、心地好い陽射しが差し込んでいるのに、嵐が来る前の静けさのようで不気味だよ。嫌気が差している様子のグリーシァンと、無表情だけど何処か警戒しているような占い師。
牽制し合うジリジリとした光線が目に見えるようだ。この二人って犬猿の仲なのか、そう私は悟った。その間にいる私って必要ないよね。うん、早くずらかろう。仕事サボっていたのかと誤解されたくないし。
私はそろ~と忍び足のように、その場から立ち去る。これ以上、厄介な事には巻き込まれたくない。それにとっとと仕事を終えてジュエリアを探しに行かないと。私は気が急ぎ、自然と小走りとなる。
――そういえば、占い師はなんでまた私の前に現れたんだろう?
あの人って普段なにをしているんだろう? まさか本当に占いを仕事にはしていないだろうし。暇潰しに私に絡みに来たとか? 冗談じゃない。そんなん付き合えるほど、こっちは余裕がないっての。
「ねぇ!」
――え?
突然、背後から叫び声が飛んできた。
――私を呼び止めた?
