STEP30「チェルシー様の秘密」
「え? チェルシー様に赤い刻印が出たって?」
グリーシァンの訝し気な眼差しと共に、不穏な空気が漂う。彼の隣の座るアッシズの顔つきも、微妙に強張っている気がする。うん、気持ちはわかるけどさ、私だって大変言いにくい事だったし。よりによってチェルシー様はルクソール殿下の婚約者だからね。
毎朝恒例の彼等とのミーティング。まずはやっぱり昨日のお茶会の出来事から話をした。チェルシー様からのお咎めで、サロメさん通してグリーシァンとアッシズにまで報告が上がり、「なにやってるわけさ?」から始まった。
ジュエリア探しの調査はくれぐれも慎重にと言われているのに、大事 を起こしたと叱責された。私だって秘めながら事を進めていってんのに、何故だかチェルシー様が目の前に現れて事を大きくしてくれるんだよね。
そう文句で返したいのだが、やはり殿下の婚約者という肩書が大きく、容易に口には出来ない。私だって本当に関わりたくないのに、運命の嫌がらせなのか翻弄されまくり。火傷にならなかったから良かったけど、あの顔に紅茶をぶっかられた事は許せないし。
「グリーシァン、チェルシー様から魔力を感じた事があるか?」
アッシズは深く眉根を寄せて問う。
「ないよ。感じた事もないけど」
グリーシァンは考える間もなく即答した。んなバカな! 私は一度どころか二度も赤い刻印を目にしているんだから。
「でも間違いありませんよ! 私は二度この手の平から赤い刻印が浮かび上がるのを目にしたんですから!」
「だそうだが?」
少なからずアッシズは私の言葉を信じて、グリーシァンへ目で訴えてくれている。チェルシー様を疑っているのか、私の言葉を疑っているのか、グリーシァンは思慮深げに目を細めている。こっちを疑われたら、たまったもんじゃない。
「あんな能無しが高レベルな魔力を持っているとは思えない」
――What?
聞き間違えたかな? 今グリーシァンから「あんな能無し」って言ったように聞こえたんだけど?
「一度調べてみた方がいいだろう」
って、アッシズは聞き流したのか、今のグリーシァンの言葉。
「わかったよ、調べてみるよ。とっとと自国に帰らせる予定だったのに、ほんっと厄介な事になったよ」
「グリーシァンッ」
ダルそうに呟いたグリーシァンに、アッシズは語気を荒げて名を呼ぶ。
「アッシズも本当はそう思っているでしょ? あんな馬鹿の近衛騎士をする時間なんてドブに捨てるようなもんだってさ」
「グリーシァン!」
――なになになに? なんの話をしているんだ?
さっきから会話で差している人物って……まさかね?
「あの先程から話に出ている方って、まさかチェルシー様の事ではありませんよね?」
「そうだけど?」
「はい?」
違うとは思って訊いてみたのに見事的中。グリーシァンは全く躊躇う様子も見せず即返したよね?
「あのー、ジュエリア説を置いとくとしても、チェルシー様はルクソール殿下の婚約者ですよね? 少々言葉が行き過ぎていませんか?」
「”自称” 婚約者だからね、いいじゃない? 別に」
「は?」
私は耳を疑う。今度こそ聞き間違えたんじゃない? 「自称婚約者」っていうのはさすがにね?
「あの、今なんて?」
「あーんな愚弄者、ルクソール殿下がお認めになるわけないでしょ?」
「え? え?」
「クリストローゼ国の金剛石の交流をいい事に、調子ぶっこいて気に入った殿下の婚約者面をしているんだから、あんぽんたんの何者でもないよ」
完全に冷え切っているグリーシァンの表情は明らかにチェルシー様を軽視していた。んでもって私は突然の暴露に思考が追いついていない。
――え? えっと……?
チェルシー様は周囲から認められている婚約者ではないと?
「えぇぇえええええ!? そうなんですか!?」
自称婚約者ってなんだよぉおおお!!!! 思わず席を立って叫んじゃったじゃん! 私はアッシズに目線で真意を迫ると、彼は具合が悪そうにして応える。
「金剛石の件があるからな、こちら側も露骨に否定する事が出来ない。殿下は我が国の為、チェルシー様のお気持ちに気遣っている」
「気遣っているというか、犠牲になっているんだって」
グリーシァンの突っ込みの通り、超犠牲の犠牲じゃん! おっかしいと思ったんだよね、殿下ほどの気品溢れる王子様がなんでよりによってあんな我が儘な姫を娶らなきゃならないのかって! 殿下なら可憐な姫君の方がずっと相応しいんもんね。私はヤカンが沸騰したような憤りが沸き上がる!
――あ、思い出した事が!
「だからアッシズさんはチェルシー様が殿下の婚約者だって話をすると、すぐに忘れろと言っていたんですね!」
「まぁ、そんなところだ」
やっとちぐはぐなパーツが繋がったよ! チェルシー様って、本当に底の底から悪質なんだ! ヤッバイ……あれ、そういや?
「グリーシァンさんって以前、殿下には婚約者がいるって私に伝えてきましたよね! その時、自称とは聞いていませんよ!」
そうだそうだ! あの時、ヤツはリアルにチェルシー様が婚約者だと言い切っていた。実はボロクソに思っている相手なのに、なんであんな嘘ぶっこいたんじゃ! 今度はさっきとは別の怒 りが突き上げてきた。
「だってこれ以上、殿下に悪い虫をつけたくなくてさ。ただでさえ悪質な虫 から付き纏われているっていうのに」
――私までも悪い虫扱いか!
グリーシァンからは全く悪びれる様子がないではないか! ドあったま来るな、やっぱコイツは! くそ、どんだけ私が傷ついたと思っているのか! って、コイツにわかる筈がないか!
一先ず今はチェルシー様がリアル殿下の婚約者ではなかった事を安心しよう。殿下にはもっと心が綺麗な女性と結ばれて欲しいもの。うんうんと私は力強く頷く。……ってあれ? ここでまた新たな疑問が浮上する。
――チェルシー様が殿下の婚約者ではないとしたら?
彼女がジュエリアだとしたら、また目的が異ならない? えっとどうなるの? 殿下のリアル婚約者であれば、王太子を誑 かし腑抜けにして、最終的にはルクソール殿下に王位をつかせる目的が考えられたけど、似非 だったからな。
殿下との婚約を周りから固めようとしても、必ずしもリアル婚約者になれる保証はないよね? あれあれ? ジュエリアの目的は王太子妃ではなく、ルクソール殿下のリアル婚約者? 何処に王太子が関係している?
――うっわぁ~、全然わっかんなぁ~い!
「煩いよ、君」
「え?」
グリーシァンから注意を受ける。実にヤツは私をウザがって見ていた。なになんで?
「今の言葉、声にして叫んでいたぞ」
「ひょぇ!」
アッシズに言われて気付いた。心の中の雄叫びが思わず外へと洩れていたらしく、だってねー、ガチにわらかないんだもの!
「スミマセン。ジュエリアの目的がわかったかもって思っていたところに、また振り出しとなって全くわからなくなったので」
「なに? 目的がわかったって?」
おっと、めずらしくグリーシァンが私の言葉に興味を示したよ。どうしたんだ!
「チェルシー様がジュエリアだとしての仮説です。殿下のリアル婚約者であれば、王太子を誑かし腑抜けにして、殿下を王太子にしようと企んでいたのかなって思いまして」
「よくそんな推測が出来たな」
応えたのはアッシズで意外にも、感心しているように見えた。
「ふーん、なるほどね。それも一理あるかもしれないね」
おっと、まさかのグリーシァンまで賛同とは。どういう風の吹き回しなんだ、二人とも?そ んなに私の推理は凄いのか!
「でもチェルシー様は殿下の婚約者ではないので、別の目的があるのかなって思ったら、それがなんなのかわからなく混乱していたんですよ。一つ考えられたのは王太子を利用して殿下のリアル婚約者を狙っていたというところでしょうか」
「それオカシイ話じゃない? だって王太子の元婚約者達を悉 く婚約破棄にさせたり、王太子をものけの殻にする意味がわからない」
食いついたと思ったら、見事に突き放したね。そういうヤツだよ、グリーシァンという男は……。
「まぁそうなんですけど」
「話を複雑にし過ぎなんじゃないのか? 王太子にしようとしたルクソール殿下に見込みがないのを感じ、ヴァイナス王太子を唆し始めたのかもしれないぞ」
しょぼくれそうになったところに、アッシズが新たな意見を出した。
「それもありですね。てっきりチェルシー様は殿下オンリーだと思っていたので、その考えに至りませんでした。とはいえ、王太子があういう状態になってしまったので、王太子妃になれる可能性がないとみて、殿下に逆戻りをしたって事でしょうかね?」
「それが本当なら何処まで貪欲で浅ましい女なんだか」
グリーシァンが嫌気を差して吐き捨てた。今の言葉は私も同意見だ。きっとアッシズも同じ事を思っただろう。
――チェルシ―様は王太子が無理とわかった今、また殿下の婚約者のポジションを固めようとしているのかもしれない。
