STEP27「お茶会でのアクシデント」
殿下と別れた後、私は茶会の場へ潜入しようとしていた。バルコニーから見た様子だと、丸テーブルが二十卓、一つのテーブルには4席あり、すべての席が埋まっている。単純に計算して八十人もの貴婦人達がいるのだ。
ジュエリア探しをするにはもってこいの有り難い場所である。そして各テーブルにはお茶淹れやお菓子を用意する女性が居る。制服からして侍女さんのようだ。さらに数ヵ所ビュッフェのようにお菓子をふんだんに並べている長方形のテーブルが用意されている。
――さてどうやって近づいていくか。
私の制服は女中だ。侍女さんに紛れてというわけにもいかない。まぁ、有り難い事に周りには庭園の緑の囲いがあるし、姿を隠す事は出来そうだ。なんとか近づいてみよう。私はバルコニーから離れて茶の場へと向かった。
――数分後。
茶会の場へと近づいて最初に思った事。
――あの数は異常だ。
テーブルに並べられているお菓子の数。一級品とも言える色とりどりのエレガントなお菓子は間違いなく女心をくすぐるが、それにしても種類も数も多すぎだ。ザッと数百種類はある。あんなん食べ切れないんだから、初めから作らなきゃいいのに。
ある意味、数もデザインもお茶会の飾りに過ぎないのかもしれないけど。それと貴婦人達の頭上には陽射しカットであろうパラソルらしきものが立てられているんだけど、これがまたねー。生花なんだよね!
バラによく似た花で作られたパラソルはどうやって作っているんだろう? あれはもう魔法の領域なんだろうな。それにしても陽射しのカットに花を使用しているところから、立派な演出となっている。まさに優雅なお茶会だ。
さて貴婦人達も話に夢中だし、各テーブル担当の侍女さん達も仕事に集中しているようで、私の存在は気付かれていないようだ。私は今、右端のテーブルに近い緑の陰に身を潜めて観察していた。
殿下からこのお茶会は貴婦人にとって社交を学ぶ場所であると聞いていたけど、実際はねー。聞こえてくる話の内容は旦那の不満やどこどこの令嬢や貴婦人が、ああだこうだという悪口しか聞こえてきませんけど? もっと学のある話をしないものかねー。
品性を疑う内容ばかりだよ。美味しいお菓子を食べてお茶を飲んで、ただ愚痴を吐き出してストレスを発散させている、やっぱ暇人の歓談にしか見えないわ。殿下にはきっと「社交の場」という名目で美しく伝えているのだろう。嘘はいかん。
さてと片っ端から手を翳して刻印を確かめていこう。若干と距離があるから、一人一人を正確には調べられないかもしれないが、一先ずザックリでも構わない。なにかしら反応があればいいのだから。まずは目の前のテーブルから。私はそうっと手を翳して調べに入る。
――うーん……全くの反応なしか。
だろうね。目の前のぬっりぬっりの厚化粧をした貴婦人達からは話の内容からして品性が感じられない。まぁね、ジュエリアに品があるとも思えないけど、アイツはあれでも王太子を相手にしていただけあって、ある程度の品をもっているのではないだろうか。
――さて次のテーブルへ行こう。
私はそそくさ次のテーブルに近い茂みの中へと移動する。それからさっきと同じく、そうっと手を翳してみる。
――うー、ダメだ。こっちも全く反応がないわ。
腕を左右に揺らして、さらに反応を確かめるけど、全くの無反応だ。少し距離があるからダメなのかな。かといって、堂々と姿を現すわけにもいかないし。
――仕方ない、次に行こう。
続けて私は隣のテーブルへ移動をする。
――おっ!
うっすらと浮かび上がる刻印! 反応があったと、気持ちは昂るがぬか喜びだ。色素の薄い黄色の花だったからだ。あのテーブルにはジュエリアはいないだろう。せっせとお菓子を運ぶ侍女さん達にも反応を確かめてみるけれど、これといった反応は見られない。それでも私は諦めずに一つ一つのテーブルへと移動して刻印の反応を確かめて行った。
…………………………。
数十分が経ち、半分のテーブルまで探ってはみたけど、さっぱりダメだ。無反応かまたは黄色い刻印しか浮かび上がらない。あと半分の組が残っているとはいえ、既に失望感が半端ないわ。
「はぁー」
無意識の内に深い溜め息を吐いた時だった。
――カツッカツッカツッ。
背後からきっぱりとした足取りで歩く鋭いピンヒールの音が響いてきた。
――げぇ、後ろから人が来た!? ヤバイッ!
運が悪い事に今、私が突っ立ているこの場所は一本道の為、隠れられる場所がない、焦燥感に駆られる私の躯は思うように動かなくなる。この場所に新人の女中なんかがいたら、完全に不審者扱いされてしまうのに! 近づく足音にヒヤリと冷たい汗が滲み出てきた。
――もうダメだ!
怖くて背後を振り返られないが、足音からして既に相手は私の姿が見えている距離まで来ている。
――もう終わった……。
その場に項垂れかけた時、スッと横を素通りされる。
――え?
私は目を瞬かせた。背後から現れた人物はなにも言わずして、私の横を通り過ぎたのだ。顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは華やかなドレスを着た身に覚えのある女性の後ろ姿だった。天使の輪っかが作られた亜麻色の髪をハーフアップにしたあの人は!
――ちょ、ちょっと待って、あれってチェルシー様じゃない!?
よりによってあのとんでもない女性の現れに、私は目を白黒させる。しかもさっき、なにも言わずに通り過ぎたし!
「御機嫌よう、皆さま」
チェルシー様からお茶会の女性達へ挨拶がされた。
「まぁ、チェルシー様ではありませんか。このような場でお会い出来るなんて光栄ですわ」
「いらっしゃるのであれば、もう少し身なりを整えてきましたのに」
なんだなんだ? 貴婦人達から次から次へと黄色い声が上がる。あの超我が儘姫なチェルシー様って貴婦人達には慕われているわけ? っていうより、殿下の婚約者だから慎重に言葉を選ばれているのか。
「ふふふっ、皆さまお構いなく。ご一緒させて頂いても宜しいかしら?」
澄んだ甲高い声は何処か悠然としていた。まぁ本物王女様だからか。
「勿論ですわ」
「どうぞいらして下さいまし」
チェルシー様は完璧な笑みを見せる貴婦人達から招かれる。
「では早速紅茶を頂きましょうか。そこの女中」
――ん?
気のせいかな? 今、そこの女中と呼ばれたような気がしたんだけど? そして何故かチェルシー様は後ろを振り返ってこっちを見ているし。
「ぼうっと突っ立ってないで、早く紅茶を用意して頂戴」
――はい?
やっぱ私の事を言ってない? でもさ、用意するのは専属の侍女さんがやるんじゃ? どうやら今は担当の侍女さんは近くにいないようだった。
「早くして頂戴!」
――こわっ!
凄味が半端ないわ! 痺れを切らしたチェルシー様のドスの利いた声と威圧感に負けた私は渋々とティーポットが置かれているテーブルへと移動する。侍女さんが戻って来たら、チェルシー様に急かされて仕方なかったと言い訳をしよう。
それにしてもだ。なにこの変わったティーポットは。華やかなお花柄と丁寧に手塗りされた金色の縁は私の世界でも目にする英国風のデザインだけど、ポットの注ぎ口がね、なんで三つもあるのさ?
なにか意味があるのかな? あ~わからん。パカッと蓋を開けてみると、中に紅茶が入っている。甘い香りを醸し出した湯気が出て温かさもある。チラッと別のテーブルを覗くと、どうやら紅茶は貴婦人達の前で注ぐのではなく、注いでから持って行っているようだ。
――その方が助かる。
注ぐ時の角度とかわからないし、チェルシー様の前じゃ緊張して上手く注げやしないだろう。うーん、ポットの口は三つあるけど、何処から注いでも一緒だよね。私はカップを用意して適当に選んだ注ぎ口から紅茶を淹れ、その後、トレーに乗せて運びに入った。
――あ~、超緊張するわ。
…
チェルシー様を前にかなり緊張が迸ったけど、なんとか彼女の前に紅茶を淹れたカップを置く事が出来た。ホッと安堵感を抱く。そしてチェルシー様は早速、私が淹れた紅茶に口をつけた。その刹那……。
――パシャッ!
「あつっ」
一瞬の事でなにが起きたのがわからなかった。短く言葉を発した後、顔に熱気が広がって茫然とする自分がいた。顔が水びだしとなって雫が下へ滴る。そして甘い香りが漂っていた。これは私が淹れた紅茶の香りだ。どうやら私は紅茶をぶっかけられたようだった。
「なにこの紅茶は! 第一段階の茶を出してどういうつもりなの!? 私は第三段階の紅茶しか飲まないのよ! それに冷めているじゃない! 何処まで私をナメているのよ!? この無礼者!」
そして突然、チェルシー様からの罵声を浴びる。
――なに今の?
怒鳴られた事よりも、女のコの顔に熱い紅茶をかけた事に私は唖然とした。少し冷めていた紅茶だったのが幸いだったけど、それにしても顔に熱湯をかけるなんてあんまりの行為だ。適温であれば、私は顔に火傷をおっていたかもしれないのだから。そんな事もわからないのか、この我が儘な姫は!
「とっとと謝りなさいよ! この醜女!」
さらに非道な言葉を投げられ、私はカァーと並みならぬ憤りが沸き上がった。グッと手に拳を作った時、手の平から零れる光を映す。
――光? ……まさか!?
手の平へと視線を落とす。
――赤い花の刻印……ジュエリア!? え、まさかチェルシー様!?