STEP26「憧れの行為にドッキドキ」




 ――ふぅ~、一休み一休み。

 仕事の合間に休憩を取るのも大事だわ。と、私はバルコニーの手すりにもたれて肩の力を抜いた。今のところ仕事の進み具合は順調だ。とはいえ、この建て前の仕事の裏が大事なわけで。もちそれはジュエリア探しの事だ。

 ――ここから貴婦人達が見える見える。

 私は関心を強め、目の先に広がる大庭園に注目していた。それにしても大した庭園に息を呑む。どうやら構築の基調は水のようだ。建築構造の曲線によって流れる水は緩やかな川のせせらぎをイメージさせる。

 花々も只ふんだんに並べられているのではなく、何かのテーマを決めているのだろう。色や大きさ種類など、ある程度統一されており、花で描かれた絵画アートとなっている。さらに芸術を際立たせる美の彫刻像。

 緑と水と建築の見事なコラボであり、それぞれの美が劇場に立つ俳優のように映えていた。理想を見事に具現化したこの庭園を構築した人物は天才としか言いようがない。讃嘆とはこういう場面を目にした時に使うのだな。

 さて、そんな見目良い庭園の随所でお茶会に戯れる貴婦人達の姿があった。昼下がりのちょうどお茶時ちゃどきだ。たわいない笑い声がここまで聞こえてくるし、優雅だ事と、思わず皮肉を零しそうになる。

 あの女性ひと達は不自由とは無縁の暮らしなのだろう。こっちは命を張って生きているというのにね。だから余計に鼻について腹立たしく思えるのかもしれない。あ、でも私には子犬のルクソールがいるな。彼を思い出して自然と顔が破顔する。

 昨日、あのままルクソールは目覚める事なく、眠ったままだった。私も一通りの事を終えたら、就床してしまった。ルクソールのあの青い刻印は寝る前まで気になったけどね。朝起きたら彼の姿はなかったよ。毎朝の事だけど、居なくなっちゃうんだよね。

 それでも夜になれば私の前に現れてくれるし、特に私は気にしていなかった。今日また部屋に来たら、魔力があるのか訊いてみようかな? 言葉は交えないけど、ルクソールには私の言っている言葉がわかるみたいだしね。

 それと今朝もまた例のグリーシァンとアッシズ達とのミィーティングから始まり、昨日はジュエリア探しがまともに出来なかったから、覚悟はしていたけど、案の定、グリーシァンから嫌味の一言が投げ飛ばされた。

「君、死にたいの?」

 てさ。んな事あるかっての! 死にたがり屋がジュエリア探しなんて無謀な事に手を出すかっての! ってヤツの皮肉をいちいち真に受けていたら、精神がもたないと思い直し、自制を働かせた。

 そんな健気(?)な私の様子を悟っての事か、アッシズから今、私に与えられている仕事は一先ず掃除のみにするようサロメさんに話しておくと、ナイスアイディアが出た。わーい(∩´∀`)∩アッシズもいい所があるじゃんね~♪

 洗濯と料理をする必要が無くなっただけで、こうも心が軽くなるとは。唯一、掃除だけが出来る仕事だったしね。これでジュエリア探しが始められると、気合いを入れたのもあって、仕事は順調に進める事が出来た。

 勿論、仕事の合間も貴婦人達の行動や様子を探っていたものの……これといって目ぼしい人物が現れない。なんでだろう? アイツは絶対に私の行動を見張っていると思うのに、刻印が反応するのは黄色だけなんだ。

 ――マジ萎える。

 元気づけに私はこの刻印が付けられた時に口づけられた箇所をチュッとした。ん、変態だね。口づけられたその日にチューをしなかった事を後悔する私は完全に変態だ。それでも今の私には勇気がもらえるような気がして……。

「ヒナ……」

 ――ドッキーン!

 耳をくすぐる穏和な声に呼ばれ、私は勢い良く振り返った。

「ルクソール殿下!」

 私はドーンと高揚感に溢れ、喜々満面の笑顔で名を呼ぶ。逆光なのか、放たれる異彩なのか、わからないが、眩い光に包まれた殿下がこちらへと歩いて来る。

純白の上質な礼服には職人技と言えるきめ細やかな金糸が織り込まれていて、殿下が歩く度に流れる肩布は王族に相応しい。私の隣に並んだ彼を見上げれば、まばゆいのなんのって。

「女中の仕事は頑張っているようだな」
「いえ、まだまだ至らぬ点はありますが」

 お褒めの言葉をもらえたけど、私ははにかんで謙遜する。まぁ実際、仕事の量は減らしてもらったし、なによりジュエリア探しが出来ていないという、具合の悪い事だらけ。

「ジュエリア探しの方はどうだ?」

 もう本題を訊かれてしまうのですね。私は名状し難く、言葉を詰まらせる。

「今のところ、出会う人すべて刻印を確認しているのですが、無反応か黄色の刻印しか浮かび上がりません」
「まだ始まったばかりだ。気にするな」
「はい」

 殿下はほとほと困った私の気持ちに気付かれて、宥めの言葉をくれた。なんてグリーシァンとは違うのだろう。あ奴は確か「死にたいの?」と、処刑をほのめかせる言葉で返してきたからね。あれは人の姿をした悪魔だ。

「庭園を眺めていたようだが、あそこで偵察を考えていたのか?」

 殿下は庭園へと目を向けられて察する。さすが鋭い洞察力。

「その通りです。地道に探していくのも大切だと思いますが、貴婦人達が集約されたあの庭園で、一気に攻めるのも手だと思いまして。ジュエリアが王族の人間であれば、あそこに紛れ込んでいる可能性が高いと思いまして」
「そうだな。この時間の貴婦人達の茶会に男は介入出来ないからな。探れるのであれば助かる」

 ――あれ?

 今の殿下からの言葉に違和感を覚えて、お茶会の様子へと目を向ける。言われてみれば、確かに茶の場に、男性の姿はなかった。

「何故、男性がいないのですか?」
「茶会は貴婦人達の憩いの場に見えるが、実際は女性達の社交の場だ。互いに情報を与えていく事により、知性、美学、雑学などといったがくを身に着け、最終的には会話力を高めている。王族や貴族ともなれば、同族の付き合いや社交の場での顔出しは避けられないからな。ただそこに男性が入れば、女性としての品格を気にして本音を話せない人も多い。だから茶会に男の参入は禁止されている」
「そうなんですね」

 貴婦人達もただくっちゃべっているってわけではなく、それなりに学んでいたんだ。意外だ。

「といってもあそこの大庭園で行われている茶会に限りの話で、宮中の茶会は男も参加しても構わない」
「まさに社交の場というわけですね」
「そういう事だ」
「実は貴婦人達は自由でいいなって思っていました」
「自由そうで実はそうでもない。普段おこなう事がすべてがくへと繋がる生活となっている。息が詰まると嘆く者も多い。貴婦人は民衆からみて完璧な鏡とイメージされているからな。型破りは品性を疑われるだけでなく、同族への顰蹙ひんしゅくにもなる。ある意味、生活を確保する為の代償と言えるのかもしれないな」

 ――確かにそれは息が詰まるわ。

 民草のように汗水垂らして働かない代わりに、鳥籠の中で生活を虐げられるという意味だよね。王族貴族社会も厳酷シビアなんだね。って、このゲームの世界での話なんだろうけどさ。

「自由があるというだけで、幸せなのかもしれませんね」
「あぁ、そうだな」

 私の言葉に殿下は感慨深く頷いた。今の様子を目にした私はきっと殿下も色々と大変な思いをされているのだろうと悟った。

「ヒナには自由が合っている」
「え?」

 一人呟くように吐露された殿下の言葉に、私は目を見張る。そして殿下の至極真剣な表情に息を呑む。

 ――今の言葉はどういう?

「殿下、今のは? 「ヒナ」」

 さっきの言葉の意味を問おうとしたら、名を呼ばれ……。

「ジュエリア探しを頼んだぞ。オマエなら出来る、頑張れ」
「殿下?」

 今の殿下のセリフ、何処かで? 既視感デジャビュな感覚に陥った私は茫然として殿下を見つめていたら、そっと頭上に手を置かれ、ポンポンとされる。

 ――こ、これは!

 頭ナデナデヾ(・ω・*)ではないですか❤ カップルの彼氏が彼女に頭を撫でるシチュ羨ましいって思っていたんだよね! まさか殿下からナデナデして貰えるだなんて! そして目線を上げれば、

 ――ドッキーン!

 お日様のような眩い笑顔が間近にあった。瞬時で私は熟れたトマトのように顔が真っ赤になってしまった。

 ――ごっつぁんです!!

 私は鼻血が出そうな状態を手で必死に押さえる。そんな恥じらう姿の私はきっと傍はたから見ていた人間なら一目瞭然だろう。多分、この時だったんだと思う。舞い上がる私に気付けるわけがなかった。まさか「あの人」がこの時の私と殿下の姿を見ていたという事に。それがわかるのはこの後に起こるある出来事だった……。





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