STEP23「まさかの婚約者登場」
「で、殿下!?」
グリーシァンとアッシズが居る目の前で、こんな堂々と私の手の平にチューをするなんて、実は殿下って大胆な方だったの!? こちらの世界では手の甲ではなくて手の平に口づけるんだ。愛の印をつけられたみたいで、私は無駄に気持ちが昂っていた。
手にキスだなんて急に自分がお姫様になったような気分になる。しかも麗しいルクソール殿下からだなんて、心臓の音が早鐘となって止まないよ~。おまけに耳の付け根まで真っ赤かだ。口づけられた部分は熱を帯びて甘い痺れが広がっていく。
「ヒナ……」
私の手の平から顔を上げた殿下の表情が妙に艶めかしく見えるのは気のせいですか!?
「手の平を覗いてみてくれ」
「え?」
殿下の視線は口づけた私の手の平だった。私はキョトンとして言われた通り、視線を落とす。
「こ、これはっ」
ハッと息を呑む。口づけられた部分から神秘的な光を宿した青い花の刻印が浮かび上がっていた。花の形は睡蓮を連想させる。
――な、なにこれ!
突然と現れた刻印に私は驚きを隠せない。そんな私に対して殿下は的確な答えをくれる。
「その刻印は人の魔力に触発して光を放つ」
「魔力に反応して姿を現すという事ですか?」
「そうだ」
わかるようで把握出来ない。そもそも私の手の平に何故このような刻印が現れたのか? 不思議な現象が起き、プロポーズ云々という話はスッカリと頭から抜けていた。
「きゅ、急にどうして?」
「さっき、ヒナの手の平に刻印が現れるよう、魔力を吹きかけた」
「さっきって……」
あ、もしかしてさっきのチュー? え、あれってプロポーズされたわけじゃなくて、この刻印を作る為だったの! オーノー、とんだ勘違いだとわかって心が痩せ枯れていくよぉ!
「あの、この刻印を付けられたのは?」
「殿下がおっしゃった通り、その刻印は人の魔力に反応をする。それで意味がわからない?」
なになになにさ? 私と殿下の話に割り込んできたグリーシァンの意味ありげ(聞こえようには嫌味な言い方だよね)な言葉に、私は素で首を傾げる。
「ジュエリアは魔力をもっている。それを目安にしてヤツを探せって事だよ」
「なるほど!」
私は驚嘆の声を上げる。ちゃんとジュエリアを探す方法を考えてくれていたんだ。良かった~。私はこの宮殿の人間関係がわからないし、しかもジュエリアは普通の人となんら変わりもない姿をしているから、見つけ出すのは至難だ。
極めつけは一ヵ月というタイムリミット付きなのだから、こういった特別な力がないとヤツを見つけ出すのは不可能だよね。これを利用して片っ端から人と接していけば、ジュエリアにぶち当たれるかもしれない。
「この刻印が浮かび上がった人物がジュエリアかもしれないんですね?」
「そんな単純なものではないよ」
「はい?」
――え? 違うの?
期待を膨らませた私の心に針を刺して萎ませたのはグリーシァンだった。
「その刻印は魔力のレベルによって色が変わるから」
「そうなんですか? 今は青色ですけど、これは?」
「それは殿下の魔力の色。レベルの高い色から、ゴールド、シルバー、紫、赤、青、緑、黄色の順になる。それと花の大きさも魔力に比例して異なるよ」
――へー、意外と細かく判断出来るようになっているんだ。
私は青色の刻印を見つめ、感慨深い気持ちになった。
「この青色の刻印は殿下の魔力と言いましたけど、それは殿下も魔法が使えるという事ですか?」
「オレの魔力は些細なものだ。グリーシァンのように本格的には備わっていない」
いやいや、魔法が使えるというだけで凄い事ですよ、殿下。ちなみにだ……。私はひょいっとグリーシァンへ向かって手を翳す。すると刻印の花は大きさを増し、さらに赤色へと姿を変えた。
「あ、意外にそんなレベルが高いわけじゃないんだ」
失礼ながら正直な感想を洩らしてしまった。魔術師というから、てっきりハイレベルな色が浮かび上がるかと思っていたら、実際はそれほどでもないのか。と、私がちょっと上から目線で解釈をしていたら……。
「オレの魔力をみたの? 今は力を鎮静させているから、それは本当の色とは言えないよ」
「そ、そうなんですか」
グリーシァンから辟易とした表情でサラリと返された。なんか恥をかいた気分だ。さらに衝撃的な事実がアッシズの口から飛ぶ。
「グリーシァンが強力な魔法を放てば、ゴールドの大輪の花が浮かぶ」
「うげ、最上級じゃないですか! そんなド偉い人だったんだ!」
「君に言われると嫌味に聞こえるな」
なんの嫌味なんだ! グリーシァンから無駄な突っ込みが入り、私は顔を顰める。まぁ、コイツにいちいち腹を立てても切りがないから、今のは忘れよう。
「あの、ジュエリアが魔女ならゴールドかシルバーではないかと思ったのですが、魔力を鎮静していたら、実際の色とは異なりますよね? 絞り出すのは難しいのではないでしょうか」
ある程度、色で絞り出せればと思ったけど、そんな単純なものでないのが残念だ。今の質問で私がなにを言いたいのか察したグリーシァンが答える。
「あくまでも目安として考えればいいんだよ。そもそも宮殿でゴールドレベルの魔法を放てば、即捕まるだろうしね」
「確かに」
って事はジュエリアも高レベルの魔法は使わず、普段は大人しくしているわけか。
「一先ず、魔力をもっている人間には最低でも黄色い光が放つ。それを元に怪しい人物を徹底的に探し出して行って欲しい」
「わかりました」
殿下の願いに私は力強く頷き、早速ジュエリアを見つけ出す仕事へと取り掛かったのだった……。
❧ ❧ ❧
――現実は厳しいんですけどぉ~。
ジュエリア探しの意気込みはあっても、建て前は女中の仕事をしなければならない。そして仕事を本格的に初めて二日目の今日、思いっきしダメ押しが入り、なんと指導の責任者サロメさんが呼び出されてしまった。
いやだってさ、こっちの世界と日本のやり方があんまりにも違うから仕方がないんだって。今日は洗濯がメインだったんだけど、手順を間違えて部屋中を泡モコモコにしてしまったんだよね…。
泡がしきりなしに出てくるからガチビビったよ。調味料みたいに加減をしなくちゃならないの、お願いだからやめて欲しいっての! 昨日から一人デビューして、昨日がそんなに怒られる事もなかったから、今日もそんなんでもないかなって思っていたのが甘かった。
大目に見てもらえたのは、たったの一日だけかい。んな早く一人前になれたら苦労しないっての! と、叫びたいところをグッと堪えていた。何故なら今、私の目の前にはサロメさんが居る。彼女が一緒で、気が重く顔が沈む。
こぴっどく怒られたわけではないけど、なんて言うの? 無表情の威圧感がとんでもなくキョワイわけさ。サロメさん、本当は胸の内ではメラメラに怒っているのかもしれないけど。
――はぁー、気が重い。
今日、初っ端がこんなんだったから、全くジュエリア探しが出来ていないんだよね。なんぜ泡処理しかしていないからね。私はもう一度、重苦しい溜め息を吐いた。そして、ふと右の手の平に視線を落とした……その瞬間、私は大きく目を見開く。
――え?
浮かび上がる光の刻印。一度目にした事のある赤色の花だった。
――これって!
魔力に反応している!? 今、私の近くには……?
――ドスンッ!
虚を衝かれ、勢い良くなにかに当たった私はバァンと身が投げ出された。派手に回廊の床へとすっ転んだ私はわけもわからず茫然とする。
――え? え? なにが起こったわけさ!
「ちょっと、なんで人がいるのよ!」
――はい?
頭の上からドスの利いた呵責の声が落とされ、より茫然となる。だってここ回廊だし、人が通る場所じゃん? なんか「私の通る場所になんで人がいんのよ!」的な意味に受け取れたんですけど? おまけに私はこうやってすっ転んでいるし、超意味がわからない。
誰だ、今のド失礼な事を言った女は! 顔を上げると信じられない光景が目に飛び込んできた。目の前でサロメさんが深々と頭を下げていたからだ。私はポカンと開いた口が塞がらず、彼女をマジマジと見つめる。
――え? え? なにしているの、サロメさん?
「申し訳ございません、チェルシー様」
――え?
そこで他にも人がいる事に気付く。さらに私は瞠目した。やたらキラキラ煌びやかな「ザ・令嬢」が高慢な姿で堂々として立っていたからだ。その後ろには数名の付き人を引き連れている。
――誰だ、この人は!
目をパチパチとして、その集団を見つめていたら、頭を下げたまま視線だけを上げたサロメさんから叱咤される。
「貴女も詫びを入れなさい。この女性はルクソール殿下の婚約者チェルシー様ですよ」
――……は!?