STEP19「あなたは誰なんですか?」
「ふぅ~」
掃除機に似た吸引機を担いで移動中であった。午前中で仕事の内容の説明が終わった為、午後からはサロメさんとは別れて、早速一人で実践となった。早い独り立ちだわ!
――それに、この吸引機、けっこう重いー!
掃除も大変だし、重い物を運んだり、動かしたりと本当に体力勝負だった。今の時点で汗搔いているし。しかも明日からは女中の仕事にプラスして本来の仕事を始めなきゃならない。考えるだけで「うへー」とへたこれそうになる。そんな時だった。
――ん?
回廊を歩いたら、なにかに気付く。ふと目に止まった方へと視線を泳がせた。
――!
私は大きく瞳を揺がす。回廊の支柱に立つ長身の人物。その頭まですっぽりフードを被っていて、顔は丸っきし見えない。この姿の人って。
――まさかジュエリア!?
周りには何故か私と目の前の人物しかいない。それ自体非常に怪しく緊迫感がある。もし目の前の人物がジュエリアであれば、周りの人を寄せ付けない魔法をかけたのかもしれない。ドクンドクンッと私の動悸は激しくなっていく。
相手はフードを深く被っている為、表情がわからないけれど、口を閉じてジッと私を見据えている。私も警戒心丸出しの表情で相手を見つめ返していた。
…………………………。
お互い譲らない状況が続いていた。これ以上、顔もわからない相手と見つめ合っていても、気味が悪いだけだ。私は先に口を割る事を決める。
「アナタ、ジュエリアなの?」
ストレートにぶつけた。相手が相手だからチマチマやっている訳にはいかない。
「ちっがうよ~♪」
「は?」
私の緊張の糸が一瞬でぶった切られた。答えた相手の声に拍子抜けしてしまったからだ。
――な、なに今の声?
ジュエリアでないのは確かだ。明らかに声が違う。小学生の男の子のような張りのある元気な声だった。背が高いし、明らかに大人だと思うんだけど、男なの? 女なの? ジュエリアとはまた違う怪しさ大 だよ。
「じゃぁ、アナタ誰なんですか? 忽然と現れて、しかも素肌はそのフードで見れないし、ビックリするじゃないですか!」
「ボク? ボク? ボク? ボクの事、言ってんの~?」
「アナタ以外、他に誰がいるんですか!」
オカシイ、明らかに不審者だ! 喋り方からしてナメられているようだし、躯をクネクネと動かして、私は段々と苛立ちを覚えていった。
「ボクはね~」
嬉しそうにしてもったいぶっている様子だった。なんなんだ、この人。その顔を覆っているフードを今すぐにでも剥いでやりたいという衝動に駆られる。
「占い師だよ~♪」
「ぎゃあ!!」
私は万歳をして驚愕する。おかげで吸引機が派手な音を立てて落ちてしまった! いや、だって目の前の人がいきなり木造の机 を出して、次の瞬間には椅子に腰かけているんだもん! どっからその調度品を出したんだ!
おまけにあれだけ深く被っていたフードも今やバッサリと剥ぎ、素顔を丸出しにしていた。夏の海のように澄んだ碧い瞳が印象的で、顔のパーツが計算された彫刻像のように整っている。
それでもって淡い栗色の髪に緩やかなウェブがかかっていて、ヘアスタイリストさんのような華やかなイケメンだった。ただね、声がね。男性の声変りする前の高い声をしているのが残念だな(失礼)。
「アナタ、なんなんですか!」
「え? だからボク占い師だって~」
動揺する私とは正反対に悠長に答える彼に不信感が募る。
「そういう意味で訊いたんじゃありません! いきなり机や椅子を出したりなんかして、何者なんですか! はっ、もしかして魔術師!?」
「だからボク占い師だって~」
埒が明かない会話だ。目の前の彼は自分を占い師だとしか言わない。明らかに違うだろう! 変な人に絡んでしまったと後悔の念に押される私はガッと吸引機を担ぎ、その場からそそくさ離れようとした。これ以上、関わっていても厄介な事になりかねない。
「ちょっとちょっとちょっと~」
背後から男性に呼び止められるけど、私はフルシカトする。
「せっかくだから、なにか占ってあげるよ~」
「結構です!」
私は最後に捨て台詞を飛ばして去ろうとした。
「え~、なにか困っている事とかないの~? アドバイスとかしてあげられるよ~?」
背中へと言葉を投げられる。なんで上から目線で言っているんだ、あの訳のわからん人は! ……でも。アドバイスという言葉を聞いた私は思わず足を止めてしまった。そして後ろを振り返ってチラリと目をやる。
――この超怪しい人を頼るのもどうかと思うけど。
明日から私は本格的にジュエリアを探し出さなければならない。少しでも有力な情報は得ておきたいところだ。ダメ元であるかとは思うけど、ちと彼に訊いてみようかな。私は自称占い師の元へ踵を翻した。
「あの……」
「あ、戻って来てくれたんだ。なんの風の吹き回し?」
「アナタが私を呼び止めようとしていましたよね?」
「そうだったけ~?」
色々と残念な人だ。というかこの人の頭は大丈夫なのか。故意なのか、アルツハイマー病のように忘れて素で言っているのかわからないけど、一先ず占ってもらうか。
「お言葉に甘えて占ってもらおうかと思います」
「オッケー」
男性の溢れんばかりの笑顔に、一瞬惚けていたら、いつの間にか私の背後には木造の椅子が用意されていた。これいつ出したんだ! 絶対この人、魔法が使えるだろう! こんなにアッサリ生の魔法を目にして却って冷めた気持ちになれたよ。
「座って座って~」
もうどうにでもなれやという気持ちで私は素直に腰かけた。この人、怪しいとは思うんだけど、何処か警戒心を緩めてくれちゃうというか、形容し難い人物だ。
んで、この人はなにで占うんだろう? 手相? カード? 水晶? そういった類のものが机にはなに一つ置かれていない。それとも名前や生年月日といったもので分析するのかな? ある意味、心に興味心が沸いてきた。
「それでなにを占って欲しいの~?」
問われて一瞬迷う。占いといえば、女の子の定番の「恋占い」をみてもらいたいところだけど、んな悠長な事を占っている場合ではないよね。本当はルクソール殿下との恋の行方を知りたいんだけどなぁ。
プレイゲームであれば選択画面になってそうだな。一、恋愛について。二、ジュエリアの事について。三、今後の自分について。みたいな? その選択によって進むべき道が異なるみたいな? で、リアルに今の私に一番必要なものは……。
「はい、あの実は私、ある人物を探さなきゃならなくて。どうやらその人はこの宮殿にいるようなんですけど。何処にいるのか何か手掛かりになるアドバイスをもらえたらと」
「ふーん」
ふーんって……。思いっきし他人事に捉えているよね。私には命が懸かった超重要な事なんですけど?
「もしかしてジュエリア?」
「へ? ジュエリアを知っているんですか!?」
占い師からまさかのヤツの名を出され、私は期待に身を乗り出してしまう。ところが……。
「知らないよ」
「はい?」
あっけらかんと返されたよね、今。期待を裏切る言葉に、私は目をパチクリとさせる。
「だからボクはジュエリアって人、知らないよ」
「いや、でも今、思いっきし彼女の名前を口にされましたよね?」
「だって、さっき君が“ジュエリア”って言っていたよ?」
「それで口にしたんですか?」
「そう」
「はぁー」
私は深~い落胆の溜め息を吐いた。もう期待して損した。占い師は端 からジュエリアを知らないようだ。
――あー、なんだか時間を無駄にした気分。
ここで足をくらってないで、早く仕事場に戻った方がいいかも。サボっているって誰かに誤解されてチクられても困るし。私はまた溜め息をついて、立ち上ろうとした時だった。
「惑わされるな」
「え?」
ボソッと独り言の呟いた占い師に私は腰を戻す。
「え? 今なんて」
「惑わされるなって言ったよ」
「そうですけど、なにに対してですか?」
「言動に惑わされるな」
「意味がわかりません。もっと具体的に内容を教えてくれませんか?」
「はいっ」
「は?」
せっついて訊く私をよそに占い師はさらなる不可解な行動をとる。私へ右手を差し出してきたのだ。私はその右手を白い目で見て問う。
「なにしているんですか?」
「これ以上は無償では答えられないよ」
「はい? ……それってもしかして、この先はお金をもらうよって意味ですか?」
「かきん、かきん、かきんっ」
「はぁ? “かきん”ってなんですか?」
占い師はリズミカルに「かきん、かきん」とせっついてくる。一体なんなんだ? やっぱこの人を相手にしたのが間違いだったんじゃ……ん? かきん? って、え? もしや……「課金」? そう頭で認識した時、私はバッ身を乗り出して、占い師の胸元を掴んでいた。
「アナタ、外の世界からこのBURN UP NIGHTの世界に来たんじゃ!?」
