STEP10「王太子と突然の対面」




 いつの間にか姿を現したルクソール殿下が私達の前まで来た。

「おはようございます、殿下」

 殿下を目の前にした魔術師は挨拶の言葉と同時に頭を垂れさせる。それに続いて騎士も敬礼した。

「あぁ、それよりも……」

 殿下は私を一瞥いちべつした後、視線を魔術師と騎士に戻した。

「なにを騒いでいた?」
「こちらの娘を連れて出る所でしたが、まつろわぬ態度でおりまして」

 魔術師は殿下の質問に淡々とした口調で返した。なんか私が悪いみたいな言い方しよったよね! キッと私は魔術師に不満顔をぶつける。

「私を連れて行く理由もろくに話さず、素直に一緒に行くわけないじゃないですか! この二人は昨日、私を処刑処刑と促した人達ですよ? もしかしたら勝手に処刑の場に連れて行かれるじゃないかと思えて、怖くてついて行けません!」

 私は速攻で意見を述べた。勝手に悪者にされてたまるか! この私の真剣な様子に殿下もわかってくれるはずだ。ところが……。

「連れて行く場は処刑の場ではない」
「え?」

 返ってきた殿下の言葉が予想と反していて、私は硬直する。

「あの、ではどちらに?」
「これから向かう場へはオレも一緒に行く。処刑の場でないのは間違いない。だから共に参れ」

 躊躇う私をよそに殿下達は踵を返して歩き出してしまう。共に参れと言われても……。でも魔術師や騎士の言葉は信用出来なくても、殿下の言葉なら信じられるかも……。

❧    ❧    ❧

「昨晩はよく眠れたか?」
「はい、おかげ様で」

 長い長い回廊を歩いてる途中、殿下から問われ、私は素直に答えた。あのもふもふのワンちゃんのおかげで眠り心地はかなり良かったもんね。

 ――そういえば、あのワンちゃん、何処に行っちゃっただろう?

 殿下に訊いてみようかな。そう思った時、ちょうど一角を曲がったところで、目に入った光景に、私は瞠目した。視線の先には自分の身長以上の大きな窓が並んでいて、陽光に包まれる回廊が一際キラキラとして美しかった。それにしても……。

 ――ま、眩し過ぎる! 陽光に照らされるキラキラのイケメン三人が! まぁ、ルクソール殿下が一番神々しいけどね。

 その煌めく回廊を歩いている内に、私はすっかりとワンちゃんの存在が抜けてしまっていた。そして隣で歩く殿下が眩しいのなんのって。今日の殿下は丈が長めの藍色のアドミラフコートを着ていて、裾、丈、ボタンを閉める縦ラインにケルティック模様が描かれた上質なデザインのものだった。

 格式の高い衣装で飾られ、今日の彼も感嘆の溜め息が出るほど麗しかった。眩し過ぎて直視出来ないぐらいだ。きっと彼は何度見てもカッコ良く、いや目にする度にカッコ良さが増して見えるんだろうなぁ。なんだろう、このリアルなイケメン。

 それに対して今の私の服装はけっこう簡素なものだった。用意してもらっておいてなんだけど、柄やフリルの一つもないシンプルな淡い水色のワンピースで、ちょっと残念。魔術師や騎士もよく見れば、質の良さそうな服を着用しているし、なんか身分の違いをもろに感じる。

 ――そして何処に連れて行かれんだろう?

 確か今日からジュエリアをとっ捕まえる為の話し合いが始まるって言っていたよね? それならそうと言ってくれればいいのに、なんでハッキリと言ってくれないんだろう? こちらの世界の人はもったいぶるのがさがなの?

 一先ず、処刑の場ではないから一安心していた。魔術師と騎士の組み合わせなんて、どうみても殿下に隠れてコッソリと私を始末しそうに見えたし、あの性悪女ジュエリアもそうだけど、どうもこちらの住人は野蛮ヤバイ気質な人が多いようだ。

 ――どうか殿下だけは同じ類ではありませんように。

 心の中で切実に祈る。今の私にとって唯一頼れるとしたら、殿下しかいないもん。心の拠り所がなければやっていけない。そこの支えが崩れたら絶望的だ。なんせこれから私は一ヵ月間というタイムリミットで、命を懸けてあのジュエリアを捕まえなければならないのだから。

 ――コンコンコンッ。

 はっ、色々と考えていたら、いつの間にか目的の場へと着いていたようで、扉をノックする魔術師の姿が目に映った。私がいた部屋をノックする時とえらい叩き方が違いませんかね? 今の叩き方の方が敬いを感じますけど?

「なんだ?」

 部屋の中から声が返ってきた。どうやら扉の奥には男性がいるようだ。何処に連れてきたかと思えば、私を誰かに会わせたかったの? 疑っていたわけではないけれど、本当に処刑の場ではなかったと、胸の内に安堵感が流れた。ただそれとは別に……。

「グリーシァンです。ヴァイナス王太子」

 ――は?

 魔術師が呼んだ名前に私は目を大きく見張った。ヤツは今なんて言った? 確か「王太子」と言わなかった?

「入れ」

 私が口を半開きにしてポカンとしている間にも、王太子の返答によって扉が開く。え? え? ちょと待って、いきなり王太子に会うってどういう展開! ってか聞かされていないし!?

 ――ギィ――――。

 私に心の準備なんてものは与えてもらえず、そのまま扉は開けられてしまう。

 ――ひょぇ、王太子って極悪女ジュエリアに溺れたあの!?

 恐る恐ると私は魔術師の後に続いて室内へと続く。足を入れた時、室内全体の絢爛豪華さに目が奪われた……のは一瞬の出来事で、

「朝から何の所用だ?」

 私は部屋の奥の窓越しからこちらへと振り返る人物に息を呑んだ。もしやあれが……? 窓から差し込む逆光で相手の顔がよくわからなかった。

「貴重なお時間を頂戴して申し訳ございません、王太子」

 魔術師は低頭し、詫びを入れる。

「まぁ、いい」

 少し苛立ちを含んだ低くも高くもない声。凛乎りんこした態度は王太子という威厳を感じさせた。緩和した王太子の声色に、魔術師は窓越しへと向かう。ヤツの尻目が私にも来いと伝えている。なんだ、エラソーに!

 私が続くと殿下と騎士も続いた。王太子へ近へ近づくにつれて、妙な緊張が迸る。あのジュエリアの手に落ちた人だ。あまり良い印象がないけれど、一体どんな人なのか気にならないわけはなかった。

 そして王太子の目の前まできて、逆光の影から彼の素顔が見えそうになった時、一足先に魔術師が王太子へと口を開いた。それも耳を疑うような事を口にしたのだ。

「ルクソール殿下とアッシズも一緒でございます。……そしてジュエリアもです」

 ――は? コイツは今なんて?

 ジュエリアの名に大きく動揺している私をなんと魔術師が王太子の前に突き出したのだ!

「ちょっ、なにする……」

 こんな乱暴して! それに私はジュエリアじゃないって、何度言えばコイツは! 憤りの言葉をぶつけようとした時だ。

「なに? ジュエリアだと!」
「え?」

 目の前から裏返った声が聞こえ、私は冷や汗が出た。そして私は間近で王太子の顔を目にする……。

 ――こ、この人が王太子!





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