STEP9「なんの用ですか?」




「くぅんー……くぅん」

 ――ん?

 なんだろう、何処からか動物の切なげな声が聞こえてくる。これは子犬かな……? どっから聞こえてくるんだろう?

「ぐぅ~……ぐぅ~」

 ん? 切なげから苦しげに変わっていないか? 助けてあげたいんだけど、視界がぼやけていてなにも目に映らない。どうしよう。そして、さっきからフワフワと心地良い感触が頭から感じているんだけど、これはなんだろう? とても眠りが心地良いわ~。

「ぐぅ~ぐぅ~ぐぅ~」

 陶酔感に浸ろうとしていたところに、一層苦しそうな声が聞こえ、私は顔を左右に振って視界を明確にしようとした。

「ぐっ、は、離れろぉ……」

 ――ん?

 なんか今、人の声が聞こえたよね? 聞き間違い? 頭にプカプカ疑問符が浮かぶと、視界がクリアになってきた。突然、夢から覚めたような感覚に驚く。そして頭からの違和感にバッと枕元へと目を向けた。

 ――はっ

「ぐぅ~ぐぅ~ぐぅ~」

 なんかもふもふっぽいものがうつ伏せの体勢で生き倒れしているではないか! ……私の頭の下敷きとなって。

「ご、ごめんね」

 もふもふがすぐに昨日部屋に現れたワンちゃんだとわかると、私はバッと頭を離した。ワンちゃんがじとっと恨めし気な表情をしているように見えるのは……気のせい……じゃないよね(あわわっ)。

「本当にごめんねー。怒って当然だよ。いつからかわからないけど、私の枕になっていて、重かったよね?」

 私はワンちゃんの躯をそっと撫でながら謝る。頭といえど、ワンちゃんからしたら重かったよね。やってしまったよ。昨日は確か、ワンちゃんを隣に置いてナデナデして寝ついた記憶まではあるんだけど。それがどうやら寝ている間にワンちゃんを枕にしてしまっていたようだ。

「ふわふわの毛並みがとっても気持ち良くて、手放したくないあまりに、つい……うっ」

 い、痛い視線だ。どうやらこのワンちゃんは私の言っている言葉の意味がわかるとみた。うぅ~、私はなんて寝相が悪いのだろう。無意識とはいえ、とんだ悪い事をしたと私は深く反省の色を見せた。

 すると、ワンちゃんは立ち上がって、私の前まで来て背を向けた。うぅー駄目だ、余計に気を悪くして……ってあれ? スッと伸びてきたワンちゃんの尻尾が私の手を撫でる。

 ――もしかして……。

 私の反省する気持ちをわかってくれたのかな。私はホッと安堵感を抱いた。こんな可愛いコに嫌われるのは切ない気持ちになるもん。それとちょっとツンデレなワンちゃんなのかな。

「私、これから身支度を始めるね。この後、侍女さんが朝食の案内に来るから、その時にアナタをご主人様の所に返してもらうよう伝えるね」

 ワンちゃんの背中を撫でて伝えると、前を向いてくれた。表情を見る限り、もう怒っている様子はない。ワンちゃんはジーと私を見つめていた。なにか見据えるような力強い眼差しだ。

 ――なんだろう、なにか言いたげだな。淋しいとか思ってくれているのかな?

 私は淋しいけどね。このコ、めちゃくちゃに可愛いし、離れるのが名残惜しくて昨晩は一緒に寝る事にしちゃったし。私は昔から大の動物好きで、ずっとペットが欲しかったんだけど、動物禁止のマンションに住んでたから飼えなかったんだよね。今のアパートもペット禁止だし、だからこういう風に一緒に寝られるのって夢だったんだよね。

「じゃぁ、私、支度してくるから、このままベッドの上で待っててね」

 ワンちゃんの頭を撫でた後、私は洗面所へといき、身支度を始めた……。

 ――数十分後。

「あれ?」

 身支度を終え、寝室に戻った私は目を丸くする。

 ――ワンちゃんがいない。

 待っててと伝えたベッドには勿論、部屋中どこを捜してもワンちゃんの姿が見当たらないのだ。

「超ショック……」

 私はしょんぼりと肩を落とした。それにしても扉も窓もしっかりと閉まっているんだよね。あんな小さいコが一人で開け閉め出来るとは思えないし、どうやってこの部屋から出たんだろう。突然現れたかと思ったら、また突然に消えてしまう、不思議過ぎる。

 まさかとは思うけど、誰かが私の居ない間にワンちゃんを入れたり、持って行ったりしているのかな? 勝手に人の部屋に入るのは問題だけど、んー、そもそもワンちゃんを私の部屋に置く意味がわからないんだよねー。

 後で侍女さんに訊いてみようかな? また会えるのであれば、あのワンちゃんにも会いたしね。顔が本当に可愛かったなぁ~。毛並みもサラッサラで良い香りがして、触り心地は抜群! きっと普段、お風呂の時に良いソープで洗ってもらっているんだろうな。さすが王宮、格式が違いますわ~。

 ――ドンドンドン!

「あっ」

 もう侍女さんが朝食の案内に来たのかな? さっきのワンちゃんの件、訊いてみようっと。早速、私は出入口の扉を開けに駆け寄る。

 ――ギィ―――ッ。

「!?」

 扉を開けて目にした人物に度肝を抜かされる。……そう、侍女さんではなかった。よりによって、よりによってなんでコイツがいるんだよぉおお~~~~~!? まさかの「魔術師」だったのだ。私は驚いたと同時に、咄嗟に扉を閉めかけた。

 魔術師は朝の眠気すらぶっ飛ぶような透明感のあるエレガントな風貌をもつ美形だけど、私にはとんだ悪魔にしか見えない。あの牢獄でやたら人を処刑する事を薦めていた極悪非道人で、私はもう二度と顔を見たくないぐらい嫌気が刺していた。

「え? なんで閉めようとしてんの?」

 閉まる直前でヤツの足が扉に挟まって、閉める事が出来なかった。そして思いっきし扉が全開となる。チッ。

「なんでここにアナタがいるんですか!」

 私は突っ慳貪つっけんどんな言葉で返した。アンタが閉められるような事をしたからだっての!

「連れて行く場所があるんだよ。一緒に来てよ」
「お断りします!」

 私はもう一度、扉を閉めようとした。コイツは信用出来ないし、関わりたくもない。そんな私の思いは虚しく、再び魔術師によって阻まれる。

「随分と横柄な態度を取るね? 自分の立場を弁えてもらいたいものだよ」
「私はこれから侍女さんに朝食の案内をしてもらう予定です。勝手に用を入れられては困ります」
「朝食は我々の用が済んだ後だ」
「え?」

 いきなり魔術師の声が変わったかと思ったら、魔術師の隣から……げぇ「騎士」が現れたよ。昨日会った時と同様、鎧を着用しているのが生々しく印象的だ。顔もワイルドなイケメンだけど。

 ってなんでこの人までいるのよ! 魔術師とダブルはガチないわ。私はこの上ない苦渋な表情をしているのが自分でもわかった。魔術師一人だけでも嫌なのに、騎士も一緒に用があるだなんてないない!

「嫌です!」
「オマエに拒否権はない」

 きっぱりと断ったのに、アッサリと切られたよ。やっぱ騎士も生理的に受け付けない。

「差別的な発言やめて下さい!」
「差別ではない。まだオマエがジュエリアではないという確証はない」
「まだそんな事言って!」
「半信半疑の内は我々の言う事を聞いてもらおう」
「……っ」

 騎士も魔術師も訝しい気持ちがあるからか、私に対しての敵視が払拭されていない。こんな二人に囲まれて居心地が悪いのなんのって!

「なんの用で何処に私を連れて行こうとしているんですか!」
「それはついてくればわかるよ。いい加減ダベッてないで来なよ」

 魔術師は冷めた表情をして促し背を向ける。それに騎士も後に続く。

「理由もなしについて行きたくありません!」

 私は彼等二人の背中へと叫んで答えた。

「なにを騒いでいる?」
「え?」

 今の声に私は瞠目する。だって今の声の人って……? そしてこちらへと優美な足取りで向かって来たのは……?

「ルクソール殿下!」





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