STEP8「もふもふっコの登場」




「私はもう大丈夫ですから!」

 思わず可愛げない事を言って、私は殿下の胸元を押し出す。だって期待させる行動をとられて、実は私のとんだ勘違いだったなんてプチショックで。確かに知り合って間もないし、そもそもこんなカッチョイイ人が私みたいな平凡女子を相手にするわけないんだろうけど。

「そうか」

 って、私の言葉に殿下もアッサリと身を引き下げたよ。プチどころかけっこうショックなんですけどぉ! 名残惜しいと思うのは私だけでしたか。……まぁ、ここは恋愛と称したサバイバルな世界。実際は恋愛とは程遠いような気がする。

「はぁー」

 やるせない複雑な心情のあまり、私は軽く溜め息を吐いた。

「どうした?」
「いえ、なにも」

 殿下から溜め息に反応され問われたけど、私は軽く流す。正直な気持ちを吐露するわけにもいかないしね。

「時期に食事が参る。それまでゆっくり休むといい」

 あ、そうだ食事。あまりの出来事の連続で食欲を忘れていた。やっと安心して食べられるんだ。

「有難うございます」
「食事を終えたら、今日はそのまま休んで構わない。これからの事は明日に詳細を話そう」
「はい……」

 詳細ってアレですよね? ジュエリアをとっ捕まえようってお話しですよね? うー、急にまた気が重くなってきたわ。そもそも無理難題の件だもんね。とはいえ、やらなければ私の命はないわけで……。

 うー、でもだよでもだよ? そもそも私ってなにも悪い事していないのに、命が懸かっているってオカシイよね? でもそれを確証するものがないから疑われているんだよなー。なんとかならないものかな……。殿下に訊いてみようか。

「オマエ、名はなんと言う?」
「え?」

 殿下から唐突に問われて、自分が質問しようとしていた事をコロッと忘れてしまう。

「オレはグレージュクォルツ王国第二王子のルクソール・エルフェンバインだ」
「私は日向陽菜多ひゅうがひなたです」
「そうか、ヒュウガヒナタか。ではヒナと呼ばせてもらおう」

 ――ドッキ―ン❤

 や、やだ、また胸がそびえ立つように高鳴ったじゃない! そんないきなり愛称呼びなんですか! ただでさえ下の名前で呼ばれるだけでドキドキしてしまうっていうのに。

 今までお付き合いした人なんていなかったし、男性に下の名前で呼ばれるといったら、父親か男性の親戚ぐらいで、免疫がないんのよ~。だからいきなり呼ばれたりなんかしたら歯痒い、こそばゆいですってばぁ~!

 それと殿下の声って好みなんだよねー。お決まりの胸が痺れる低音ヴォイスってわけではなくて、穏やかで安心感のある優しい声なんだよね~♪ 私は心の中では何度も殿下から名前を呼んでもらい、乙女の心を炸裂させていた。

「……ではオレはこれで失礼をする」
「あ、はい」

 薔薇色の世界に浸る私をよそに、おいとまをかけた殿下は背を向ける。実に名残惜しいですわ。出来ればもう少し、ご一緒したいところだもん。色々と殿下の事を知りたいと思っているのですが?

 とはいっても、相手は王子様だし、色々と多忙だよね。それに今の私の立場では気軽に話せそうにもないしな、グスッ。そして私の悲しみを知る由もない殿下はそのまま部屋を後にした……。

❧    ❧    ❧

 殿下が出られてから、間もなくして部屋に食事が用意された。勿論というべきか目にした事のないフランス料理的な高級料理が、それもズラリと並べられ、不安を感じつつも口にしてみたところ……どれもかしこも、ほっぺたがだだ落ちしそうなほどの絶品だった!

 今まで食べたものの中で一番美味だったよ! これ元いた世界なら高級レストランで出されるレベルのものだと思う。この世界に来なきゃ、口に出来なかった高級お料理だ。さすが宮殿料理。初めてここに来て良かったと思えた至福のひと時だった。

 食後はずっと気にしていたお風呂に入らせてもらった。うん、トイレ同様けっこう刺激的だったな。まずバスタブはなく、掘りごたつのように窪んだ床に、追い焚きの口のような穴があって、そこからお湯が送られる。

 どうやら別室からポンプのようなものを使用してお湯を流しているらしい。しかもお湯の色は透明ではなく淡いピンクだった! ちなみに水はエメラルドブルー! 澄んだ海のようにキラキラとしていてビックリしたよ。

 そしてシャワーに似たホースがあって、先を右に回せば水、左に回せばお湯が出てくる。出所の部分は桜の花びらのような形をしていて、香りの良い色付きのお湯が出てきた。お湯には浄化作用があって浴びるだけで、肌や髪の汚れを浄化してくれるんだって。

 わざわざシャンプやソープで洗う必要がない。洗い流すだけで本当に綺麗になるのかと疑っていたけど、流した直後で肌が艶々、髪はしっとりとサラサラになって、躯からは清潔感のある香りが漂っていた。す、凄い、ある意味ハイテク技術だ!

 さらに用意されたパジャマが可愛いピンク色のワンピで一目惚れした。胸元のラインが赤いお花が描かれたレースとなっていて、プチネグリジェのようでとってもガーリー。すっかり心まで洗われたようなスッキリとした朗らかな気持ちとなった私は寝室へと戻った。

「はぁー、いい湯加減で気持ち良かったなぁ~……ってあれ?」

 ふとある物に目が留まった。それはベッドの上にちょこんといるフワフワッとしたもの……なんだろう、あれは? 私は怪訝な顔をしたまま、寝台へと近づく。すると……?

 ――はっ、こ、これは!

 次の瞬間、私は目にキラキラと涙が湧いていた。だって煌めく金色の美しい毛並みの小動物が、躯を丸め目線だけ上げて、私を見つめているんだもの。

「やぁ~このコ、すごいかっわいいー!」

 私は絶賛の声を上げ、その小動物の前足の下に手を挟み持ち上げる。小動物は抵抗する様子を見せずに、大人しく私に抱き上げられていた。ケモ耳&尻尾をツンと立たせた子犬みたいで、しかも淡い紫色の瞳が宝石みたいだ。まさに「もふもふ」ってやつじゃない?

「あら?」

 私はある一点に視線が集中した。

「ふふっ、アナタ男のコなのね? 動物なのにご立派なものをお持ちで……OUCHアウチ!」

 突然、フワッとしたものが目に当たって視界を塞がれてしまい、驚きの声を上げてしまった。そして手元から質量感が無くなる。

 ――なになになに!?

 次の瞬間には視界に光が戻って目を開ける。そしたら手元から子犬は離れていてベッドへと座り、私から視線を逸らしていた。

 ――もしかして……? さっきの目に当たったのって尻尾だったよね?

 雄の象徴である大事な部分をガン見されて恥ずかしかったのかな? 動物でもそういった羞恥心があるのかな?

「ご、ごめんね。思わず目に入っちゃって感想を零しちゃったよ」

 私は子犬の頭を優しく撫でて詫びるけど、うー子犬はじと目になっているように見える。ヤバイな、ご機嫌を損ねてしまったみたい。

「アナタは何処から来たの? っていうか、どうやってこの部屋に入ってきたのかな? ここにいたらアナタのご主人が心配しちゃうよね」

 私は別の話題を出した。今の内容は大事な事だよね。このコどう見ても飼い犬のようだし、広い宮殿に迷ってここに来たんだよね、きっと。早く主人に返してあげないと……。

「ご主人の所に戻してあげるよ?」

 私は優しく声をかけ続ける。思いのほか子犬は私の言葉には乗らず、そこに居座るように躯を丸めてしまった。

「あ、あれ?」

 主人の元へ帰りたくないって事はないよね? ……どうしようっかな~。下手に部屋の外に出たら、今度は私が迷子になるだろうし、迷わない程度に歩いて出会った使用人さんに声をかけて事情を話した方がいいかな。

 ――でもなぁー。

 私は子犬を見つめる。きゃ、きゃわい~、再び顔が綻んでしまう。子犬なのに顔立ちハッキリとしていて、お目々もクリクリに大きくて本当に萌え死にしそうなほど、か、可愛いんだよね~❤

「今日は私と一緒におねんねしましょうかね~?」

 ついついあまりの可愛さから離れ難い気持ちが勝り、私は子犬と一晩過ごす事を決めてしまったのだった……。





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