番外編⑨「取り残された者達の心境」
晴れて誤解が解けた千景とキールのニ人は実に清々しい姿をして、シャルトの部屋から去っていた。そして取り残されたアイリとシャルトの二人だが…。アイリは口をあんぐりとし、シャルトは目を細め黙然と佇んでいた。
アイリはシャルトが怒っているのではないかとヒヤヒヤとしていた。こんな夜中に押し掛けられ、あれだけの一風を巻き起こし、最後には千景とキールのラブラブっぷりを見せつけられてのフィニッシュだ。
アイリにはシャルトが怒ってしまう気持ちがわからなくもなかった……のだが? 見ようにはシャルトが唇を噛み締めているようにも見えた。……まさか? 今の出来事に感動したわけでは?
「シャルト、怒ってんの?」
どちらにせよ、アイリは訊いてみる事にした。
「は? 別に怒ってないわよ?」
サラリとシャルトから返される。怒っていないのであれば、先程の表情は感動していたのか! と、またしてもアイリは口をあんぐりとさせた!
――シャルトって普段は辛口なのに、湿っぽいところがあるからな。
自分と違って! と、アイリはヤレヤレと溜め息を漏らした。アイリは感受性が豊かに見えがちだが、根はドライだ。
「ボクにも恋人が出来たら、シャルトは感動してくれる事があるのかな?」
「は? アンタって恋愛しているの?」
シャルトは顔を顰めてアイリに問う。この偏屈から好まれる女性が気の毒だという意味合いが含まれて。
「してるよ」
シャルトの懸念もよそに、アイリはキッパリと答えた。
「誰が好きなの?」
「最後に好きになったのは千景かな」
シャルトはしまったと焦った。すぐに今の話題はタブーだったと後悔する。マルーン国との戦争の時、千景が命を懸けてアイリを守った時から、彼が千景を好いているのは知っていたが、既に千景はキールと愛し合っている仲だった為、本気ではないと思っていた。
しかもそれ以前は、元ヒヤシンス国のビア王の正妻ルイジアナを好いていた。そしてルイジアナは結婚する前はキールの恋人でもあった。アイリが想う女性は何故かいつもキールに取られているような?
「なんかさ、ボクの好きになる人って、気が付くとキールの傍にいるんだよね。キールとは好きな女性のタイプが違うのにな~、なんでだろう?」
アイリの表情から、さほど切なささが感じられなかったが、シャルトはなんと言葉を返したらいいのかわからず、口を閉ざしていた。
「まぁ、実際は気にしてないけどね。だって不自由していないし?」
「!?」
意味ありげに艶めかしい笑みを浮かべるアイリに、シャルトは今コヤツはとんでもない事を吐きよったぞ! と、目を丸くした。とはいえ、これまでアイリの女性との噂話を耳にした事はない。
……いや、この男が噂を立てるような抜かりのある色恋沙汰をするとは思えない……そうシャルトは苦虫を噛み潰したような思いを滲ませる。実に食えない男なのだと改めて実感せざるを得ない。
元々アイリは王に対して忠誠心が高く、キールが二十歳の成人を迎えて正式な王に即位するまでは自分の幸せを後回しに考えている事をシャルトは知っていた。だが、実際は女性との云々をしていたのかと、シャルトは開いた口が塞がらなかった。
「ボクに可愛い彼女が出来たら、シャルトにも紹介するからね」
「はいはい、わかったわよ。つぅか早く出てってよ!」
シャルトは急にアイリの存在が面倒に思えてきて、あしらいたい気分になっていた。
「え? だってボクまだ面白い話してないじゃん?」
「明日でもいい話をこんな夜中にしないでよ! ったく、みんなして私の部屋に押し掛けてくれちゃってるけど、私、明日はいつもより早いんだから寝かせてよね!」
「え~少しぐらいいいじゃん!」
「アンタの少しは数時間だから面倒なの!」
「今、聞かないと絶対に後悔するよ~?」
「ウーザーイィィ――――!」
アイリは無理矢理にシャルトの部屋から追い出されてしまい、結局一人で侘しい夜を過ごすのであった……。