番外編⑤「気づかされた本当の想い」―ルイジアナ視点―
「え~~~~!! ルイジアナ結婚するの!?」
「勝手に話を誇張させないで!」
私はやたら驚いて叫声を上げたアイリに、荒々しい口調で叱責する。お父様から持ちかけられた結婚話を茶の間で休憩していたアイリとシャルトに何気なく伝えてみたらこれだ。思ったよりも過剰に反応するアイリに、私は正直イラッときてしまった。しかも……。
「ルイジアナはボクが貰う! 今からリキュール殿に言って君を下さいって言って来るよ!」
アイリはとんでもない事を口走った! 彼は立ち上がってすぐに部屋から出ようとした。
「ちょっ、アイリ! なに面白がって話をややこしくしようとしてんのよ! これは冗談で通じる話じゃないんだから、介入して来ないでよね!」
「ボクは本気で言っているんだからね! 君が信じないなら、ちゃんとプロポーズするよ!」
「なっ」
私はアイリを引っ張って止めようとしたら、逆に彼から手を引かれ、またとんでもない事を言われる。
――なんて事を言うのよ、コヤツは!
アイリは男兄弟がいない王のキールに、もしもの事があった場合の後継者だ。いわばキールの次に位のある彼が私を下さいと言えば、お父様は喜んで差し出してしまうではないか! 全くなにを考えているのよ、アイリは!
あとで冗談でしたって言っても、お父様はなにがなんでも私とアイリを結婚させようと必死になるだろう。そりゃ、アイリは愛情の深い人だろうから、一緒になったら大事にはしてくれそうだけど。
――いやいやいや、そもそも私とアイリってないよね! アイリは私の事を愛していないし!
「もうっ、シャルト、アイリを止めてよ!」
「私を巻き込まないで」
シャルトに救い舟を求めたのに、彼はそれをキッパリと断った。ひ、酷い。確かに暴走したアイリを相手にするのは面倒なのはわかるけど、私の人生がかかってるんだから! そんな時、アイリに握られている手に力が込められて引き寄せられる。
「ちょっとアイリ、いいかげんにして!」
「嫌だ! だってボクは君をあい……」
「やめてったらぁ!」
言葉を紡ごうとしていたアイリに、私は半ば狂ったように叫んで遮った。もう沢山だ! ただでさえ、婚約の話を出されて心が穏やかでいられないのに、さらに混乱させられるだなんて。いつもみたいに呆れてサラリと流せる余裕はない。
アイリは絶句して私を見つめていた。シャルトも茫然としている。瞳の奥で傷ついているアイリに気が付かない私は、彼から視線を逸らして顔を伏せた。もうなにもかもから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
そして、こんな乱れた感情の中でも、ずっと願うのはキールの姿だった。彼に逢いたくて逢いたくて仕方ない。キールの顔を見れば、心が落ち着くような気がしたのだ。それと……。
――彼は私の婚約について、なんて思うのだろうか……。
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バーントシェンナはニヵ月に一度謝恩のパーティが行われる。これは王宮の大臣や役人達の仕事を慰労する会なのだ。そのパーティの中には例の私の婚約者候補のネビンズ様も参加している。
今日はその謝恩会の日だ。婚約話が持ち上がってから、ネビンズ様とお会いするのは初めてで、気まずい気持ちがある。私はモチベーションが上がらないまま、パーティ会場へと足を運んだ。
内輪のパーティとはいえ、決して質素なものではなく、外部の人間を招いた時のように華やかなパーティだ。燦然と輝くシャンデリアによって光が生み出され、真っ白な円卓の上には色鮮やかで豊富な料理が陳列している。
キールやアイリ達は偉い方々に囲まれて談話していた。気軽に話しかけられる様子でもないな。私は特に話せる相手も見つからなかったから、料理に目を向けて暫く食を楽しもうとした、その時だ。
「ルイジアナ様」
突然に名を呼ばれ、私はギクリと肩を跳ね上げた。妙な反応をしてしまった。何故なら声の主は……。
「ネビンズ様……」
私は振り返ると、声の主の名を呼んだ。そうなのだ、声の主は繊細な刺繍に彩られたアミールコートを着こなしたネビンズ様だったのだ。僅かに躊躇いを見せる私に対して彼は……。
「本日のドレスはいつも以上にお似合いですね」
ん? 硬派なネビンズ様から、初めてプチくさいセリフを吐かれたわよね。今まで彼に格好を褒められた事なんてなかったから、かなりはにかんでしまう。
「あ、有難うございます」
今日のドレスはシルク素材のビーズの装飾が特長で、とりわけ豪華というわけでもない。これ以上に手の込んだドレスを今までも何度か着ていたんだけどね。ネビンズ様らしくない言葉をおっしゃったのも、婚約の事を意識されているから?
そう考えると、私は余計に羞恥を抱いて、無意識の内にネビンズ様から視線を逸らしてしまった。彼はそんな私の態度に気付いたいのか、大胆にもお誘いの言葉をかけてきた。
「ルイジアナ様、少しだけニ人でお話をしませんか?」
「え?」
私は予想外の出来事に戸惑ってしてしまう。
「すぐそこのバルコニーで構いません」
あまりにも妙に驚く私にネビンズ様は気遣ったのか、苦笑しながら言葉を添えられた。
――なんだか悪い事をしてしまったな。
あからさまに態度に出してしまった振る舞いを後悔した。こんな私の何処を見てネビンズ様は結婚の申し出を引き受けたのだろうか。私は疑問を浮かべたまま、ネビンズ様の後に続いた。
バルコニーに出る時、無意識に壇上前で談話をしているキールの姿を目にした。外へ出ると心地良い風が舞っていた。いつもはひんやりとする夜なのに、今日はほのかに暖かった。なにかが起こりそうな不思議な雰囲気が漂っていて、私の心臓が踊り出す。
バルコニーの手すりの前まで来ると、ネビンズ様は私と向き合った。視線を合わせると、彼は真っ直ぐに私の瞳を捉え、私はドギマギとしてしまう、いつになく真剣な眼差しを見せるネビンズ様に、私はどう向き合えばいいのかわからなかった。
「ルイジアナ様は私がお嫌いですか?」
「え?」
これまたストレートに訊かれてしまい、私は返答に閊える。私の対応の不自然さに、ネビンズ様は気にされている。それになにより彼の表情がとても切なさそうで、私は悪い事をしたと反省する。
「嫌いではござませんわ。ただ……」
「ただ?」
「父から聞きました。私達の婚姻の件です」
「やはりそれが原因で、お元気がなかったのですね」
「気を落としていたわけではございません」
私はネビンズ様の機嫌を損ねないよう言葉を選んで続けた。
「結婚はお互いの気持ちが重なって成り立つものだと思っております」
私は段取りとして一番大事な気持ちの確認から入った。
「私は貴女をお慕いしております。貴女様と一緒にいられるだけで、鼓動が高まり、一緒にいられない時は常に貴女の事を想い考えております」
「え?」
ネビンズ様のストレートな告白に私は目を丸くした。驚いたのはそれだけではなかった。彼の言葉を聞いて私にも通じるものがあり、躯中にジーンと甘く痺れが駆け巡った。
ネビンズが寄せて下さる感情はまさに今の私がキールに対して抱いているものと同じだった。それがなんなのか、ずっとわからなくてヤキモキしていんだけれど、今ならハッキリとわかる。
「そう、そうだったの」
「ルイジアナ様?」
――やっと気付いたわ。私、キールに「恋」をしているんだ。
ネビンズ様から聞かなかったら、気付けない想いだった。なんせ初恋すら経験した事のない私だから、自分自身で気付く事が出来なかったのだ。
「ネビンズ様」
「なんですか?」
私はもう迷う事なく、ネビンズ様の瞳をしっかりと捉えて力強く彼の名を呼んだ。
「ごめんなさい、私……」
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今すぐ私はキールに逢いたくて逢いたくて仕方なかった。パーティが終了して、みなそれぞれの場所へと帰って行く。でもキールは偉い方々とニ次会が続いていて、早々に部屋には戻れない。
私は逢いたい気持ちを抑えて、一人お気に入りの絶景が見渡せるバルコニーへと足を運んでいた。ここは昔から大好きな場所で、バーントシェンナの街が一望出来る絶景スポットだ。
今日も街の明かりがフワフワと浮かび、ウットリする幻想的な景色が広がっていた。嫌な事があると、ここを眺めて嫌な気持ちを噴き飛ばしているのよね。私以外にもキールやアイリ達も気に入っている場所だ。
さっきのパーティだけど、私はきちんとネビンズ様に結婚のお断りをし、私には他に好きな人がいると正直に伝えた。ネビンズにとっては酷な答えだったかもしれない。でも嘘をつくよりはきちんとお伝えする方が彼は納得してくれると思った。
ネビンズ様は困惑されていたが、有り難い事に名残惜しそうな表情をして下さった。相手は誰かと訊かれたけれど、さすがに一国の王ですとは言えず、そこはやんわりと濁らせ答えなかった。最終的には納得して下さり、私達は別れたのだった。
キールへの想いに気付いたけれど、相手は王だ。私が気持ちを伝えたところでも。応えてもらう事は出来ないだろう。なんといっても、キールの相手となる女性はお妃様になる方だから。
――溢れ出す気持ちを伝えたいのに、それが叶わず心が苦しい。
気持ちに気付いてから、頭の中はキールでいっぱいだった。でも満たされる事はない想いだ。気付かない方が幸せだったのではないだろうか。どうして好きになったんだろう。自分でも不思議で仕方なかった。
私は彼が生まれた時から知っている。家族の一人として見ていて、男性として意識する事なんてないと思っていた。そもそも五歳も年下だし、少し生意気な弟のような存在だったし。
最近だよね、キールの見た目がグッと大人っぽくなって、男性らしい振る舞いを見せるようになったのは。それから何気ない優しさに心が打たれるようになった。完全に意識するようになったのはあの眠り事件からだ。
色々と考えて気持ちを抑えようとすればするほど、余計に想いが広がっていく。どう考えてもキールからの気持ちは望めないのにね。彼が私に恋心を抱いているとはとても思えない。気分が落ちてきた時だ。
「ルイジアナ?」
「え?」
ふと背後から名を呼ばれ、私は目を剥いた。
――こ、この声って?
条件反射のように私は後ろへ振り返った。
「キール?」
私は目を白黒させて驚く。なんでここにキールが来たの? 今はもうとっくに夜中の時間だ。私は早鐘を打つ鼓動にソワソワになる。
「どうしてここに来たの?」
「オマエこそ、なんでこんな夜中にいるんだ?」
「ちょっと考え事をしたくて」
「そうか。オレはなんとなく足を運んだ」
「そ、そう」
なんだろう。キールのなんとなくで逢えた事が嬉しくて顔が緩みそうだ。
「考え事ってどうした?」
キールは私に隣に肩を並べると問うてきた。
「う、うん」
まさにキール事を考えていたなんて、い、言えないよ。
「もしかして婚約の事か?」
キールは私の気持ちを汲み取ろうとしていた。
「え?」
思わずキールと視線がぶつかる。真剣な彼の表情に、心臓が煩いぐらいに打ち突く。結婚の事も考えてはいたけれど、改めてキールから言われると、なにをどう言ったらいいのか……。
「やっぱり知っているよね?」
「あぁ、アイリ達から聞いた」
「そ、そっか」
――キールはどう思ったのだろう。
心の何処かで私は期待していた。その期待は端から実らない事はわかっていたけれど。私はフーッと溜め息を吐いて、ありのままの事を話そうと決めた。
「私ね、ネビンズ様との婚約をお断りしたの」
「なんで?」
キールは鋭い眼差しで私を見据える。
「だって結婚だよ? 気持ちがあって成立するものでしょ? バーントシェンナの王族は自由恋愛を認められているし、それに……」
「それに?」
――わわっ。
なんかこの流れってヤバくない? このままだと私、自分の気持ちを伝える形になってしまう。焦った私は思わず口を閉じてしまった。
………………………。
沈黙が私の心を酷く乱す。
――ど、どうしよう、キールもなにも言わないし。
易々とキールの事が好きなんて言ってはいけないよね。ど、どうしたらいいの。私は相当焦って思考回路のコントロールが出来なくなってしまい、独りでに言葉を発してしまった。
「私、気付いたの。自分の気持ちに」
――うわ~、思わず余計な事を言ってしまった。
完全に私はテンパッてしまい、口を閉じる事が出来なくなってしまった。
「私ね、キールの事が好きなの!」
――い、言ってしまったよ。終わった……。
私の告白にキールの瞳が大きく揺らいだ。そして彼はなんて返事をしたらいいのか混乱しているようだ。今まで一緒にいた幼馴染から、突然告白されてもキールに気持ちがあるわけじゃないから困るよね。
……………………………。
私は依然としてキールに目を向ける事が出来ずにいた。
「この間、オマエが術力で眠りについた時、オレの心の中で大きな変化があった」
「え?」
キールから予想外の言葉に私は目をパチクリとさせる。
――キールはなにを?
「あの事件が起きる前まではオマエはアイリ達と同じ幼馴染としてしか見ていなかった。でもあの事件から、気が付けばオレはオマエの事ばかり考えるようになっていた」
「え?」
――それって?
「もしかして、キールも私の事を好きでいてくれているの?」
キールも私と同じ気持ちでいてくれている? 彼は返事をしてくれないのだけど、代わりに私の頬に大きな手を添えてきて、
――え?
唇を重ねてきた。初めて経験するキスだった。キールの柔らかな唇がしっかりと私の唇を捉えた。フワフワとした温かな感情が心に広がる。このキスがなによりキールの答えだ……。