番外編⑤「彼との関係が変化する前」―ルイジアナ視点―




「キール、また背が伸びたよね?」

 宮殿のとある回廊の一角で、私は見上げる目の前の彼に、驚嘆の声を上げた。この数ヵ月で、また明らかに身長差が出たような?

「そうかもな。なんかオマエ、さらにちっこくなったもんな」
「人が縮んだような言い方をするんでない」

 キールの小バカにされた言い方に、ちょっとムカッてきた。だけど、本当にもうどのくらいの差になったのだろう。多分二十センチ以上は開いたよね? 最近は顔も少年から男性の顔つきに変わってきたし、美少年がさらに美顔になって恐ろしい。

 ジーと見下ろされるキールの翡翠色の瞳は見つめられると、吸い込まれそうなくらい透明感と深みがある。先代の青とお妃様の琥珀色の瞳を見事に混載させた、この世にニ人といない特別な色だ。

 まだキールは十五歳だけど、この大国バーントシェンナの若き王なんだよね。濃藍色ネイビーブルーの華美な礼服を着こなし、王の証となるピアスを耳に飾っている。ニ年前に先代が亡くなられた時はまだ十三歳だったけど、このニ年で王としての威厳も出てきた。

 そんなキールと私はハトコ同士だ。今は亡きお妃様の母上様と私の母型の祖母が姉妹なのだ。私は小さい頃から、この宮殿で過ごしていて、キールが生まれた時から知っている。

 彼が生まれた時は、そりゃぁもう美しい世継ぎが誕生したと、大騒ぎになっていたのを今でも覚えている。ちなみに今の私は二十歳になったばかりで、キールとは五歳差だった。私からしたらキールは弟みたいな存在なんだけどね。

「まだ仕事が残っているんでしょ?」
「あぁ、移動中だった」
「引き留めてゴメンね」
「本当だよ」

 か、可愛くない。キールは大人になるにつれ、昔のあの劇的な可愛さが薄れていくのが心底悲しいんだって!

「最近のキールって全く可愛げがないよね」
「男に可愛げがあってもな」

 キールは煩わしそうに軽く溜め息を吐いて言い返してきた。明らかに私をウザがっているではないか。

「怖い夢を見て“ルイ姉ちゃん! 怖いから一緒に寝て~”って泣きついて来た頃のあの可愛さは何処にいったのかしらね?」
「昔の話に食い付かれても。オマエって過去を美化する癖があるよな? ネガティブ思考っぽいのか、聞いていてウザイ」
「くぅー!」

 どこまでも腹の立つやっちゃ! 親しき仲にも礼儀ありっての!

「仕事の邪魔になるだろうから、私はもう行くよ」

 これ以上、話をしていても怒りバロメーターが上がるだけで躯に悪い。私は逃げるようにして、キールの横を通り過ぎようとした時だ。いきなり彼がフワッと私のブロンドの髪を掬い上げ、手の平へと乗せてきた。

「え?」
「綺麗な髪だな」

 って呟くように零し、さらに髪を軽く口づけた。その行為に私はポカンと立ち尽くしてしまう。な、なに今の仕草? ど、どうしたキールよ?

「ん? なんだ?」

 私の茫然として固まった様子に、キールは怪訝そうにして私を見つめている。なんだ? はこっちのセリフだ。

「ど、どうしたの、急にそんな?」

 逆に私が問う。

「は?」

 面食らったようにキールは私を見返す。

「だって柄にもない事を言ってきたから」
「本当にそう思ったからさ」

 キールはケロッと平然として答えたけど、髪にチューは不要動作じゃない?

「そろそろ行かないとな」
「うん、行っちゃって」

 私はなんだか羞恥に駆られて、キールが去るのを促す。

「じゃぁ、またな」
「うん、またね」

 私に背を向け、去るキールの姿が完全に見えなくなるまで、私は見送った。

 ――全くさっきのキールの行動はなんだったの? 誰かに教わったのかな? 王として女性に対する社交辞令のつもりなのかしら?

 私は子供の頃から、純なキールが可愛くて大好きだったから、変わっていく彼の姿に淋しさが募る。そして私もその場から離れようとした時だ。

「あっ、ルイジアナじゃん」

 聞き覚えのあるテノールの声に、私は反射的に振り返った。

「アイリ?」

 声の主はアイリだった。

 ――相変わらず眩しいオーラを放っているな。

 子供の頃から携わっている彼だけど、今でも陽射しのように眩いオーラに慣れる事はない。キールとはまた別に美しい容姿は完璧にお化粧をした女性でも負けてしまう。キラキラの黄金色の髪に、澄んだマリンブルー色の瞳をしている。

「あっいかわらず今日も可愛いね。見る度に綺麗になっていく感じ」

 間違いない、コヤツだ。さっきのキールのクサイセリフと行動を教えたのは。私は確信を得た。アイリは会う度に、こういうセリフを恥ずかしがる素振りもなく言うんだものね。

「それはどうも」
「なんか冷たいな~」
「毎回そういうセリフを吐かれれば、有難味も減るって」
「だって本当にそう思うから、言っちゃうんだもん」
「もうっ」

 ケロッと平然として言うから、信憑性に欠けるんだって。

「アイリのせいで、キールが感化されちゃっているんだからね。昔の超可愛いキールを薄れさせてさ、あったまきちゃう」

 突然の私の怒りに、アイリはポケ~として眺めているだけ。

「急にどうしたの? キールからなにかされたの?」

 ヤ、ヤバイ。さすがにさっきのを口に出すのは恥ずかしいわ。

「な、なにもないけど。キールが口ごたえばかり言って、可愛げがなくなったって事を言いたいの!」
「ふーん」

 な、なんだろう? アイリは意味ありげな表情をして、私を見据えている。アイリってめちゃめちゃ鋭いからな。な、なんか気まずい。

「別になにもないなら構わないけどさ」

 そう言うアイリはいつになく真剣な表情をして……な、なんか、む、無駄に顔を近づけてきた!

「な、なに!?」

 ドアップの綺麗な顔の彼に私は大きく動揺した。しかも変に上擦った声で訊いちゃったよ。

「さっき言った事は本当だからね」
「え?」
「可愛いと綺麗になっていくって話」
「へ?」

 私はその言葉を聞いて妙に胸が高鳴り、顔に熱が集中し朱色に染まる。すぐに心臓もバクバクと音を上げる。いつもおチャラケているアイリが、めちゃめちゃ真顔で、こんな事を言うなんて。それにチューでもされるぐらいの至近距離で、私は躯を退いてしまった。

「あ、有難う。そ、そこまで言うなら信じるわよ」
「そう、良かったよ。信じてもらえて」

 いつも通りのにこやかなアイリの表情に戻って、私はホッとする。

「あ、ボク、キールを探していたんだ」

 急に思い出したかのようにアイリは呟いた。

「そうだよ、仕事中だもんね。行っちゃって」
「うん。じゃぁ、またね~」

 アイリはにこにこスマイルを残し、手を振って私の元から去って行った。にしても……もう! キールといい、アイリといい、一体どうしちゃったのよ。私はわけもわからず、立ち竦んでいると今度は……。

「ルイジアナ? こんな所で突っ立ってどうしたのよ?」

 背後からソプラノの朗らかな美声を耳にする。

「シャルト」

 私の瞳より深紫色のウエーブの髪がエレガントに舞う、恵まれた美しさをもつシャルトに、私は息を呑みそうになる。こんなに綺麗でいてシャルトは彼なんだよね。

「なに? どうしたの?」

 私がシャルトの美貌に見惚れていると、彼は不思議そうに覗き込んできた。

 ――ヤ、ヤバイ、変に思われているよね。

「な、なんでもないよ」
「そう。で、こんな所で突っ立ってなにかあったの? 心なしか顔が赤いけど」
「え?」

 咄嗟に頬に両手を当てる。赤いだなんて気付かなかった。

「なんかさ、キールもアイリもよくわからなくて」
「なにかあったの?」

 漠然とした私の言葉に、シャルトは目を細めて訊いてきた。

「なにかっていうか……う、上手く言えないけど、ニ人とも男性なんだなって思って」
「意識させられるような事をされたの?」
「!」

 シャルトの察する鋭い眼差しに、私はまごつきながら答える。

「アイリってたまに人をドキドキさせるんだもん。そんなアイリの元で学ぶキールもさ、なんか可愛げがなくなってきたし、ニ人とも私の知らない男性になっていくようで、違和感を覚えるの」 「ルイジアナ」
「なに?」

 シャルトの表情がいつになく真剣で、私は異様にドキドキしていた。

「アナタ、恋してる?」
「へ?」

 私は瞳を零しそうなほど驚いた。さっきの私の言葉から、どうしてこんな発言が出てくるのかと、理解が出来なかった。

「な、なに急に! 意味わからないよ?」
「してる?」

 尚もせっ突いてくるシャルトに、動揺する私は無意識に後ずさりをしてしまう。

「し、してないわよ、する相手もいないしさ」

 ぶっちゃけこの年になっても、初恋すら経験した事がない。

「そう。じゃぁ、わからないわよ」
「なにが?」

 なんなのよ。シャルトの言いたい意図がわからない。私は頭の中で思考を巡らせて、懸命考えていると、

「もう私は行くわ」
「へ?」

 茫然として見ている私に、シャルトは気にする素振りを見せず、その場を離れて行ってしまった。答え教えてもらってないよ?

 ――もう、キールやアイリもだけど、まさかシャルトまで。なんでみんな揃って意味がわからないのよ。

 結局この日、私は幼馴染の男性陣によって、一日中悩ませられるのであった……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

「わぁ、このお花綺麗!」

 思わず讃嘆の声を上げるほど、とても華麗な花だった。それになんといっても、スイーツのような甘い香りを漂わせている。今、私はフラワーショップまで来ていた。今日は大好きな祖母のバースデープレゼントを選びに、街中まで下りて来たのだ。

 プレゼントは宮殿に商人を呼びつけて購入するのではなく、必ず街まで足を運んで選ぶのが私のポリシーだ。勿論、一人では行かせてもらえない。王族の者が外出する時は決まって、お付きと衛兵を連れていかなければならないのだ。

 まぁ、それは王族として生まれた者の宿命であって、気にはしていない。それよりも目の前の花だ。見た事のない華やかさに目が奪われる。花びらがギザギザしていて八重状になって、色も赤、ピンク、白、黄色、青、紫と豊富に揃っている。

「それはシフォンという花だよ」

 私が食い付いて見ていたら、店の商人が話しかけてきた。

「シフォン?」

 耳にした事のない名前だった。まぁ、見た事のない花だから当たり前ね。

「そう、このバーントシェンナの地域では咲かない花だから、知らないだろうけど、西の国では好まれている人気のある花だよ。たまたまあちらの知り合いから、譲ってもらえたレアものだ」
「へー」

 西ならヒヤシンス国の方だよね。こんな綺麗な花が咲いているんだ。一つ勉強になったな。

「芳しい香りがするだろう? 女性が好む甘い香りをもっている。それに切り花にすれば、数ヵ月は長持ちするから、プレゼントにするには最適な花だよ」
「そうなの?」

 商人からの説明を受け、私はこのシフォンの花を祖母にプレゼントしようと決めた。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 ――初めて大人買いというものをしてしまった。

 私はさっきのシフォンの花をお店にあるだけ全部買い占めた。元からお店に沢山あったわけではないし、とはいっても一人では持てない量だったんだけどね。花は私の部屋まで運び、明日侍女と一緒に祖母の部屋へ飾りつけに行く予定だ。

 ――きっと祖母も喜んでくれるだろう。

 私はその姿を想像して心が温かくなる。

 ――それにしても本当に綺麗な花ね。

 私は調度品の上に置かれたシフォンの花を改めて見つめていた。彩り鮮やかで形にまで気品がある。こんな花はこの国にはないんだものね。たまたま入荷していたものに出会えて、本当にツイていたな。

 そして私は赤いシフォン一本を手に添え、鼻を近づけて香りをかぐ。するとホワ~ンと甘い匂いが鼻腔をくすぐられ、それだけで胸の内が満たされる気分になった。

 …………………………。

 暫くその匂いに酔いしれていると、次第に心地良い眠気がやってきた。妙にフワフワとして浮遊感に近いだろうか。

 ――あれ?

 なにかがオカシイと違和感を覚えた時には眠気が深まり、私の記憶は途切れていたのだった……。





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