番外編③「食べられます」




 背をベッドに縫い付けられ、視線を上げてみると、キールの表情が妙に熱を帯びて真剣だった。湯浴みに浸かった後みたいで、躯が湿っているせいか妙に艶っぽい。そして惹き込まれそうな澄んだ翡翠色の瞳に捉えられて、私の心臓はちっとも落ち着いてくれない。

 ――こ、このシチュエーションは……もしかして!

 心臓の音がドクンドクンからバクンバクンに変わって跳ね上がり、躯中に熱が駆け巡る。

「千景」
「な、なに?」

 名前を呼ばれてドクンッと鼓動が高鳴る。心臓の負担が半端ない。

「さっきオレの言った意味がわかるって言ったよな?」
「う、うん、言ったよ」

 さっきと同じ返事を返すと、いきなりキールは私の寝巻のスカートを掴んで、私の顎の下まで持ち上げた。

「!?」

 私は素の胸とショーツだけのあられのない姿になった。驚きのあまり躯が岩石のように動かない。や、やっぱりキールはエッチしようとしているんだ!

「いいんだよな? 意味わかってんだもんな?」
「え?」

 正直、意味がわからなかった。さっき問われた時はキールが他の女性とエッチしないように止めたかったという意味だったんだけど、それがどうして今、私とエッチするって意味になったんだろう?

 で、でも今更意味がわからないなんて言ったら、キールは怒って自分の部屋に戻ってしまうかもしれない。逆にここでうんって答えてしまったら、エ、エッチモードに入っちゃうんだよね? ど、どうしよう!

「もしかして意味わかってない?」

 私が答えに躊躇していると、キールは察するようにもう一度確認をしてきた。

「わ、わかってるってば」

 私は焦ったあまり咄嗟に答えてしまった。するとキールに両腕を上げられ、寝巻を剥ぎ取られてしまった。

「!?」

 抵抗する間もなくショーツまで脱がされてしまい、私は生まれたまんまの姿となり、全身が熟したトマトのように真っ赤に染まっていく。

 ――どうしよう、キールは本気だ!

 いつもはなんだかんだ最後まではやろうとしないのに、今日はやる気なんだ。そして、その考えが決定づけられる。

「!?」

 キールもガウンと寝衣を脱ぎ始めた。最近ちょこちょこと手を出されていたけど、最後までは愛し合ってからじゃないと出来ないっていう私の言葉をキールは守ってくれていた。それなのに今回は抑制する様子が感じられない。

 もしここで私が拒否ったら、キールは自分の寝室に戻ってしまうだろう。それだけは嫌だ! そして脱ぎ終えたキールは私の方へと向かって来る。部屋の明かりは鮮明だし、キールの裸体を直視出来ない。

 し、心臓が爆発するカウントを始める。頭の中はハリケーンが降りてきてカオス状態だ! あぁ~本気で、ど、どうしよう。そう悩んでいるのも束の間、キールは私の目の前までし掛かって来た。

 キールの躯は相変わらずしなやかでフェロモンがムンムンだ。し、下は、み、見られないよ。うぅ、躯からは甘い香りが匂い立っていて、私の情欲を煽る媚薬アロマなんじゃないか。も、もうダメだ! 私の心臓と頭の中はパンク寸前となる!

 今のキールと目を合わせたら、本気でエッチを求めてしまいそうだ。もう何処に目を向けたらいいのかもわからなくなって、瞳を閉じてしまったら、キールにチューしてサインだと思われてしまい、深く口づけられた。

 これでもかっていうぐらい深い口づけをされて息苦しいぐらいだ。それからキールの舌が私の口内へと入ると、お互いの舌が密に絡み合う。ネットリうねりのあるキールの舌の動きに、私の躯は幾度も弾けた。

 舌裏側の付け根の筋を優しく丁寧に愛撫されると、凄く気持ちが良くて頭がフワフワに浮かされ、一線を超えてはダメだという自制心が一瞬で吹き飛ばされる。

「ん……んあっ」

 舌が濃厚に絡み合う。唾液が混ざり合う音が直接脳内へと響き、耳を塞がられる事によって音がリアルに奏でる。その淫靡な音に堪えられなくて、塞がれているキールの手を退けようとしたら、一層舌が絡んできて響きが大きくなる。蠢く舌に心も躯も蹂躙されていく。

「ん……ふぁあ」

 激しく貪欲に求められ、私の表情は蕩け切っていた。

「感じた?」

 呼吸が出来る状態になると、すぐにキールから問われた。そんな事を訊いてくるだなんて。プイッと私が顔を背けると、

「ふぁあっ」

 いきなり秘所の表面を弾かれ、高波に昇るような快感が押し寄せてきた。

「千景はこっちの唇に答えてもらう方がいいか。こっちは素直だもんな」
「あぁん、いやぁん、や、やめてよぉ」

 秘所の内部にガッと指を埋め込まれ、クチュクチュと擦れ合う水音が洩れる。

「感じてんの?」
「し、知らないもん」
「じゃぁ、なにこの音?」
「ふぁあんっ、やぁっ」

 指が激しく蠢き、内部でグチュリヌチュリと蜜が淫らな音を立てて踊る。

「やぁん、あんっ、んああん、やめてよぉ」
「気持ちいいんだ?」
「し、知らない」
「そっ」

 呆気なく指が秘所から離れ、私の躯の熱は急激に冷えていく。呆然となっていると、キールは私から離れて寝衣を手に取った。

 ――ヤ、ヤバイ、怒らせた?

 私が素直じゃないから、キールは興醒めしちゃったんだ。

 ――ど、どうしよう。

「ど、どうして急に?」

 私が恐々こわごわとした口調で問うと、

「千景の気分が乗らないみたいだから、部屋に戻ろうと思って」
「!」

 キールはこちらには目もくれず、淡々と答えた。やっぱりそうだ。私が素直に気持ちいいって言わないから、怒っているんだ。私が戸惑っている間にも、キールは寝衣を着終えてベッドから離れた。

「ま、待って! 怒ったの?」
「怒ってないって。無理して感じてもらおうとは思っていないし」
「ち、ちがっ」
「じゃぁ、部屋に戻るわ」

 キールは私に背を向けて去ろうとした。

「ま、待って! 行かないで! だ、だって恥ずかしくて素直に言えないだもん!」

 私は半泣きの顔をしてキールの背中に向かって叫んだ。するとキールが振り返る。

「だから言わせたいんだよ」
「ふぇ?」
「素直じゃないオマエだから言わせたいんだって」
「え? どういう事?」

 意味がわからずキールを見つめていると、彼は私の前まで戻って来て視線を重ねる。そして微かに笑みを広げて、またとんでもない事を言う。

「天邪鬼のオマエがエロイ声出して、感じてる表情をされると欲情する」
「え?」

 キールのストレートな言葉にポカンとしたけど、その意味を把握したら全身の熱が顔へと集結した。だってだってキールから、よ、欲情するだなんて!

 私は掛けシーツを鼻の下まで被って顔を隠してしまう。でもそのシーツをキールは徐に剥ぎ取って、再び私の上へと圧し掛かって来る。それから熱いキスが落とされて、

「ん……んぅ」

 再び私の躯はベッドの中へと沈んでいく。舌が甘く絡んで何度も蕩かされる。

「素直になれって。知らないって言われると、感じていないのかと思ってこっちも萎えるし」
「う、うん。わかったよ。わかったから……キールも、ぬ、脱いでよ」
「え?」

 キールは鳩が豆鉄砲に食らったような顔になる。自分でも大胆な事を言ったとは思う。

「私だけ恥ずかしいし」
「オマエ、エロいんだな」
「ち、違うもん」

 キールは笑いを飛ばしながら、素直に寝衣を脱ぎ始めた。その間私の心臓は爆発するカウント第ニ弾を始めそうになったが、なんとか持ち堪えた。そしてキールは脱ぎ終えると、

「さっきの仕切り直しだな」

 私の耳裏と耳殻を優しく舐め、耳たぶを甘噛みしてきた。器用な舌使いと柔らかな唇の感触に、私の躯は細い弦のように震え上がる。キスは首筋、鎖骨と段々と下りていって胸へと到達する。先端近くに唇が当たると、キールは舌先を尖らせ軽く突いてきた。

「んあっ」

 目の前に閃光が放ち、電流が駆け抜ける。それから舌は徐々に乳輪へと回って優しくぶられる。

「ん……んんぅ」

 私は恥ずかしくて瞼を閉じていたけど、決定的な場所には触れられず、物欲し気に瞼を開くと、事の最中のキールと視線がぶつかった。ドクンッと私の心臓が高波へと昇る。私の表情を見て察したキールは口角を上げて問う。

「もしかして物足りない?」
「!?」





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