番外編③「嫉妬に駆られて」




「ヒクッ、う、うぅ」

 私は声を押し殺し、瞼を焼くようにして泣いていた。キールと話をした後、部屋に戻ってから涙が止まらず、ベッドの上で俯いてひたすら泣いていた。

 キールの冷淡な態度。もう私には全く興味がないからか、目ざといと言わんばかりに突き放すような表情をされた。それになりより今、隣の部屋で他の女性を抱いていると思うと、胸が張り裂けそうで呼吸が苦しい。

「ヒクッ、うぅ、ヒクッ」

 全然涙が止まらないよ。キールがこの部屋から出て行った時、すぐに謝れば良かった。普段からもっと素直になっていれば良かった。私に可愛いげがないから、キールは愛想を尽かしたんだ。いくら後悔しても反省をしても、変わる事のない現実に、只々悲しんで泣く事しか出来なかった。

「ヒクッ、ヒクッ」

 抑えている声も徐々に我慢出来なくなり、しゃくり上げるような声が洩れる。

 ――苦しいよ。

「ヒクッ、うぅ、キール」

 ベッドのシーツをギュッと掴みながら、無意識に私はキールの名前を呼んだ。すると、頭の上にフワッとした温もりを感じて、私はハッとなって躯を起こす。言葉を失う。だってだって目の前には……?

「キール? どうして?」

 ――なんでキールがここに?

 今は隣の寝室で今日のお相手と甘いひと時を過ごしている筈じゃ? キールはさっき会った時と同じガウンを羽織っていて、私と視線を合わせて立っていた。私はドキドキと激しく高鳴る心臓の音を抑えるのに必死だ。

 そしてキールは私を見下ろしたまま、黙ってベッドに腰かけた。キールに近くに来られて抑えようとしている心臓の音が余計に大きくなった。

「さっき去る前のオマエ、泣きそうな顔をしていたから」
「え?」
「実際に泣いてるし? なんで泣いてんの?」

 気になって来てくれたのかと思うと嬉しかったけど、問われた質問にどう答えたらいいのかわからなくて戸惑う。キールに冷たい態度を取られたからって言えば気を悪くさせるだろうし、他の女性とエッチしているのかと思うと、胸が張り裂けそうになるだなんて死んでも言えない!

「オマエ……もしかして妬いて泣いてんの?」
「!?」

 私はビクッとして躯を引きそうになる。キールの翡翠色の瞳に捉えられて、大きく狼狽えた。た、確かにキールが他の女性とって思うと、心が痛んで苦しいけど……。

「や、妬いてなんかないもん」

 私はプイッと視線を逸らした。

「ふーん、じゃぁ、なんで泣いてんの?」
「そ、それは……」

 ヤ、ヤバイ。言い訳できる理由が思い付かないよ。

「他に理由ないじゃん?」

 うぅ、キールはせっついて訊いてくる。や、妬いてなんかないんだから!

「ぐ、具合が良くないの。昼間に倒れた時の気持ち悪さがまだ拭えてなくて、そ、それで泣いてただけだもん」

 私は躯をベッドに戻して、仰向けの姿勢で掛けシーツを被った。我ながらベストな言い訳を思い付いたもんだ。

「へー、具合ねー」

 キールは目を細めて意味ありげにそう呟いた。

「じゃぁ、使用人に薬を持って来るように伝えて来る」

 そう言ってキールが立ち上がろうとすると、私はまた上体を起こして、キールのガウンの裾を掴む。

「なんだよ?」

 キールは振り返って少し驚いた表情を見せていた。

「あ、あのね、い、今、すっごく気持ち悪いから、一人だと不安で。だから暫くここに居てもらえる?」

 私は必死でキールを繋ぎ止めようとする。だって使用人さんが来たら、キールは自分の部屋に戻って、女性とエッチ始めちゃうのかと思うと、行かせたくなかった。多分、私がかなりマジな表情をしてお願いしているからか、

「わかったよ」

 キールも渋々とベッドに腰掛けてくれた。私は内心ホッとして仰向けに横たわった。でもすぐにキールは私が被っていた掛けシーツを剥ぎ取った。

「え、なにして?」

 キールの動向が理解出来ずに固まっていると、彼は手を伸ばし私の寝巻のスカートの中に手を忍ばす。

「な!?」

 手が上部へと行くにつれてスカートの丈も上がり、太腿が見え始めた。

「や、やめてよ!」

 キールがなにをしようとしてるのか察して、手を払い退けようとした時には彼の指がショーツの中へと侵入してきていて、花芯を擦り上げられた。

「ひぁあっ」

 私が一声上げる度に指を弾き続ける。

「やぁ! ん、んぅっ」

 私は顔を茹でタコのように真っ赤にし、掛けシーツを強く握って快楽に堪える。心臓もバクバクと爆音を立てている。最近キールに触られる度に、躯が敏感になっていた。今だってほんの軽く擦られているだけなのに、ビリビリと刺激が迸っていた。それから指の腹を花芯につけてブルブルと振動を与えられる。

「やぁあん」

 間を置く律動的な動きから、隙を与えない連続的な動きへ変わり、躯が飛び上がりそうになる。

「やぁだっ、あん、あぁん、な、なんで……こんな……事……するのぉ?」

 私は瞳を恍惚に潤ませながらキールへ問う。

「気持ち悪いって言っていたから、気持ち良くしてやろうと思って」

 キールの微笑は明らかに楽しんでいるように見えた。

「だ、だから……って、こんな……事……ん、んんぅ」
「顔色も赤みを帯びて良くなっているけど?」
「んぁっ、やぁん!」

 今度は花芯を撫で回されて、さっきとは異なる刺激に躯がビクンビクンッと跳ね上がる。

「やぁ、やぁだぁん、あん、あん、ひゃん、あぁんっ」

 秘所がじんわりと潤ってきているのを感じていた。至って指の動きは強いわけではないのに、口元から甘ったるい声が零れて室内へと響く。快楽に意識が集中して気付かなかったけど、キールはジーッと私の顔を観察していた。

 視線が絡むと、私はカァーッと一気に熱が上がって目線を閉じた。さっきから私の感じている姿をずっと見られていたのかと思うと、恥ずかしくて恥ずかし過ぎて頭が爆発してしまいそうになる。

「も、もう気持ち……悪い……の治った……から」

 私は搾り出すような声で伝える。

「そう。良くなったんだ」
「え?」

 呆気なくキールの指は秘所から離れた。ネチッこい攻めをするキールがあんまりにもアッサリ引き下がるもんだから面食らった。それからキールはベッドから立ち上がって去ろうとした。

「じゃぁ、オレ自分の部屋に戻るわ」
「あ!」

 し、しまった! これじゃキールが去ってしまう!

「ま、待ってよ!」

 背を向けて歩き出していたキールを呼び止める。

「なに?」

 振り返るキールの表情が冷ややかで躊躇してしまう。

「部屋に戻らないで!」

 キールの瞳が驚きで大きく揺れる。

「なんで?」
「そ、それは……その……だって部屋に戻ったら、待っている女性とエ、エッチするんでしょ?」
「だから? オマエには関係ないじゃん」
「関係あるの!」
「なんで?」

 キールから矢を射るような鋭い視線を向けられる。

「……それは、だ、だって生々しいじゃん! し、知っている人のそういうの隣でされているかと思うと、耳障りなんだよ! こ、声とか聞こえてきたりしたら、具合にも悪いもん!」

 私は正直な気持ちを伝えるのが恥ずかしくて、ついまた可愛いげのない答え方をしてしまった。

「だったら別の部屋に移るよ。それならいいだろう?」

 私の言葉に考える様子になく、冷徹に答えたキールはそのまま扉へと向かう。

「あ!」

 ――ど、どうしようどうしよう、どうしたらキールを行かせなく出来るの! 嫌だよ、絶対に戻って欲しくない!

「キール、待って! お願いだから行かないで!」
「千景、さっきからなんだ? これ以上、相手を待たせたくないし、第一男女の時間を邪魔するな」

 キールがかなり腹立っているのはわかる。でも絶対にエッチをして欲しくない!

「わかってるよ! でもお願い、こっちへ来て!」
「は?」
「いいから早くこっちに来てよ!」

 私は涙を途切れる事なく懇願した。ヒクッとしゃくり上げる私の姿に、キールは戸惑いを見せながらも、こちらへと足を戻してくれた。彼が近づくと、私は両腕を伸ばして彼の首に腕を絡ませ、自分の方へと引き寄せた。

「え?」

 キールは私の突拍子もない行動に、一瞬躯を硬直させていたけど、私はそのまま彼の唇を自分の唇で塞いだ。

「!」

 再びキールは瞠目する。私は舌の動きが不器用だから、上手くディープキスは出来ないけれど、深く唇を押し付けた。こんなキス一つでキールの心を動かせるとは思っていないけれど、私が出来るのはこれが精一杯だ。そして私は唇を離すと、ギュッとキールに抱き付いた。

「絶対に行かないで! 他の女性ひととエッチしないで! お願い!」

 私は腕に渾身の力を込めて懇願した。

「…………………………」

 キールは驚いているのかなにも言葉を返さない。私は思いが伝われと、心臓をドキドキさせながらキールの言葉を待った。

「……千景」

 名前を呼ばれてドクンッと鼓動が高鳴る。キールは私から躯を離して、真っすぐに視線を合わせる。

「オマエ、自分が言った事の意味をわかってやったのか?」
「うん、わかってるよ」

 間も置かずに答えると、すぐに唇が塞がり一瞬にして熱が生じる。

「んんぅっ」

 深く口づけられてキールの舌が私の口内を侵食する。舌が重なると吸い付かれ、ネットリと絡み合う。息をつく間もなく責め続けられる。いつもは優しいキスから入るのに、今日は始めから舌の動きが激しくて息苦しい。

 でもキールから熱く求められているような気分で、躯はビクンビクンッとした反応を繰り返す。フワフワに包まれる心地好さに、頭の中が真っ白に染まってきて力が抜けてくると、そのまま私の躯はベッドの上へと落とされた。





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