番外編⑭「子供達と戯れて」




 私は目のパチクリを繰り返す。女の子はフンッと鼻息を荒くし、男の子の手を跳ね退けて立ち上がった。私の胸の内が騒めき始める。あのパンダちゃんの絵柄、どうみても私が描いたものだよね?

 今あの子、「お母様」が描いているって言ってた。それにパンダちゃんって、こちらの世界では存在しない動物の名前も知っている。んでもってキールにクリソツなお顔。ジワジワと私の胸にある疑惑が広がっていく。

 ――ま、まさかだよね? そんなわけな……い……ハッ!

 私はとんでもない思いが生じ打ち消そうとしたが、そこにある出来事が蘇り、全身の痺れに襲われた。

 ――森のクマさん……。

 あれを口ずさんだ後、頭の中いっぱいにフルメガ音痴なメロディが流れてきた。以前、犬のおまわりさんが頭の中に流れた時、知らず知らずの内に私は三年前の過去へとタイムスリップしていて。今回まさか……あの子達はそのまさか?

 ――えぇえええ~~~~~~!?

 私はこの場で雄叫びを上げそうになったが、無理に口元を押さえ込んだ。もし私の考えが間違いでなければ、あの子達が頑なに自分の事を話さないのもわかる。話してしまったら元の場所に戻れないかもしれないと危惧したからだ。

「ひっく……おかあさまのところにかえりたい」
「なかないで。ボクがそばにいるから」

 女の子はパンダちゃんオパンツで母親の事を思い出したのだろう。急に淋しさが込み上げてきたようで、すすり泣き始める。男の子はギュッと優しく女の子を包み込むが、それでも女の子は泣き止まない。

 そりゃそうだ。いきなり「ここ」にポンと放り投げられて、しかも三つかそこらの子供だ。心細くて涙が止まらないのだろう。悟った私は子供達の前まで足が動いていた。男の子が私の姿に気付くと、ビクンと躯を飛び上がらせた。

 その驚きに女の子が反応して顔を上げた時、私はそっと彼女を自分の躯に抱き寄せた。無理矢理にではなく、ごく自然にだ。女の子は嫌がる素振りもみせず、ピタッと私に躯を委ねる。その素直な様子に男の子もなにも言わずに女の子を見守っていた。

「泣かないの」

 私は優しい声色で女の子を宥める。ギュッと私の躯に身を寄せる女の子は赤ちゃんみたいで温かった。毎日キールとは肌を重ねているけど、その温もりとはまた別で、お子ちゃま特有のプニッとした肌触りが可愛い。

 暫くの間、私は女の子の背中をポンポンとしながら宥めていると、その内に彼女の方も泣き止んだ。良かった。少しでも気持ちが落ち着いてきてくれて。男の子の方は女の子の手をずっと握っていた。本当に彼女の事を大切にしているんだな。

「ねぇ、アナタ達。帰ろうとしているみたいだけど、もう夜も遅いし、今日のところは大人しく寝なさい」

 私は母親になった気分で子供達に言う。でも彼らが素直に従おうとする様子はない。

「今、宮殿内を駆け回ったところでも、帰れるとは限らないでしょ? また明日、ね?」

 男の子の表情から僅かな反応が見られた。私のわざと濁らせた言い方から意図を察したのかもしれない。さすが鋭い子だ。この子達を帰らせる……こればかりは私の力ではどうしようもない。

 キールやアイリに相談して、帰れる方法を見つけてもらわないと。只きっかけがもし「森のクマさん」であれば、さすがにキール達にもわからないんじゃ……というマイナスの考えはさておき、まずは子供達を寝かせる事が大事だな。

「部屋には私も一緒に行ってあげる」

 子供達から返事はないが、私は女の子の躯を離して手を繋ぐ。もう片方の手は男の子の手を繋いで歩き出した。二人とも抵抗するかと思ったけど、意外にも素直に私に手を引かれていた。

 疲れているのかもね。小さな躯で夜までずっと気が張り詰めていたんだろうし、抵抗する気力が残っていないのかも。私の方も無理に問い詰めようという気も起きなかった。子供達にはきちんと寝てもらって、また明日色々と考えよう……。

☆*:.。. .。.:*☆☆*:.。. .。.:*☆

 無事に子供達を部屋に送り届けた私は彼らの湯浴みの手伝いをし、これから寝かしつけようとしていた。あ、部屋の前の衛兵達はまだ眠らせたままだ。その方が私には都合がいいしね。

「ねぇ、アナタ達の名前はなんて言うの? 名前を呼べた方がいいんだけど」

 私は寝台ベッドに並んで仰向けになっている男の子と女の子の隣に腰をかけて問う。彼らはお互い顔を合わせるが、すぐに男の子の方が首を横に振った。うん、教えちゃいけないって意味だろうな。

「「…………………………」」

 案の定、沈黙が流れる。しゃーないね、下手な事を言って帰れなくなるのは怖いもんね。子供達は罰が悪そうにしてシュンと顔を沈ませた。

「じゃぁ、勝手に名前をつけさせてもらうわ。アナタはパンダちゃん、君はウサちゃんね」

 私は勝手に女の子をパンダちゃん、男の子をウサちゃんと名付けた。女の子の方は頬を桃色にし、男の子の方は目をパチクリとさせていた。

「パンダちゃんでいい」

 どうやら女の子はパンダちゃんで気に入ったようだ。対して男の子は曇った表情を見せていた。なにがそんなに腑に落ちないのだ?

「ボク、ウサちゃんなの?」

 切なげな声で問う男の子に、女の子は寝台の横にある調度品へ手を伸ばし、ハンカチを取り出した。それを広げると、お耳がピョンと立つピンク色のウサちゃんのイラストに目が留まった。

 ――あっ!

 声を上げそうになった。だってそのウサちゃんも……。

「これがウサちゃんだよ。かわいいよね? よかったね、なまえウサちゃんで」
「う、うん」

 ウサちゃんのイラストを見た男の子は目が泳いでいた。「そ、それがボク?」とでも言いたそうだ。私もウサちゃんのイラストをマジマジと凝視する。

 ――やっぱりこの女の子……。

 ウサギの絵も私のキャライラストだ。ただ女の子が穿いていたパンダちゃんのオパンツと同様、そのデザインをした覚えはないが、間違いなく私のキャラだ。

 ――ま、間違いないよね、この子……。

 普通はこんな事、有り得ない。だけど、以前に一度、私も過去へとタイムスリップをしている。だからそんな事はないとは言い切れない。ドクドクドクと心臓が早鐘を打つ。私は明らかに動揺していたが、それを子供達の前では出さずに平静を保とうする。

「もう寝た方がいいよ。二人とも疲れているでしょ? 今日はもうぐっすりと眠って」
「まだねむくない」

 あんれ? 眠るの促せば即行に寝るかと思ったんだけど、パンダちゃんから素っ気なく返された。この子、ちょっぴしツンだよね? どっちに似たんだ?

「もうねようよ。ちかげさまもねむれないよ」
 おっとウサちゃんがお子様とは思えない気の遣いを見せたぞ。

「ウサはねてていいよ。わたしはまだおきてる」

 突っ慳貪つっけんどんな態度で返したパンダちゃんは私をチラリと見た。およ? 気のせいかな、私の相手をしてくれるよね? 的な表情をしているように見えるのは……。

「きみがおきてるなら、ボクもおきてる」

 ――おいおいダメだろ、それは。

 なんだかんだ二人とも起きているんかい。困ったな、まだキールは戻って来ない時間だからいいけど、今日はこの子達の事があったから、彼も早めに戻って来たりするかもしれない。ここに私がいるのがバレたら大目玉だよ。でもな……。

 私はジーッとパンダちゃんとウサちゃんを見つめる。可愛いよね、この子達。客観的に見てもかなりの美形だし、モデルなんてさせたら、可愛いと話題になりそうだ。さすがキールとアイリ似の子達だわな。

「なぁに?」

 私があんまりにも見つめていたものだから、パンダちゃんが不思議そうな顔をして訊いてきた。

「どうしたら寝てくれるか考えていたの。お唄でも聴かせてあげようか?」
「へ?」

 見つめていた理由を誤魔化す為に、咄嗟に思いついた事を口に出したら、ウサちゃんが異様な反応を見せた。なんだなんだ?

「いいよ、きかせて」
「え、いいの?」

 パンダちゃんが頷くと、ウサちゃんは酷く驚いた。そして彼は何故か確認をしている。どういう意味だ?

「じゃぁ、森のクマさんを歌ってあげるね。いくよ~♪ある日(ある日)森のなか(森の中)♬」

 私が歌い始めると、パンダちゃんも頬を紅葉色に染めて輪唱エコーの部分を元気に口ずさむ。この子、この歌を知っているんだ。二番に入ると、パンダちゃんはリズムに合わせて躯を動かし始めた。笑顔で小刻みに踊る姿はめちゃくちゃ可愛いぞ!

 隣のウサチャンはゲッソリしているように見えるのは気のせいか。んでもって耳を塞いでいるのはなんでだ? 彼の様子は気になったが、私は最後までパンダちゃんと一緒に森のクマさんを歌い切ろうとしていた。

「「ラララ ラララララ~ラララ ラララララ~♬」」

 歌い終わると、パンダちゃんはガバッと上半身を起こす! 目を輝かせ興奮しているのがわかるぞ。

「もういっかい!」

 おっと、パンダちゃんは歌が好きなようだ。いや、歌いながら踊るのが好きなんだろうか。既に歌う前から腕を振って躯を揺らしている。なんてきゃわいぃんだろう。喜色に溢れる姿はまさにピュアな天使にしか見えなかった。

「え、まだうたうの?」

 ウサちゃんがギョッと目を剥き、パンダちゃんをガン見していた。なにをそんなに驚いているんだ? まるで歌うのをよした方がいいんじゃない?的に見えるぞ。

「そうだよ、ウサもいっしょにうたおうよ」
「ボ、ボクは……」

 ウサちゃんはあまり気乗りしないようだが、はいはいとパンダちゃんに無理に躯を起こされてしまった。なんだかんだパンダちゃんの尻に敷かれてしまっているな。

「じゃぁ、今度はアナタ達が先に歌って。私は追いかけて歌うから」
「わかった」

 パンダちゃんはうんうんと頷く。そしてフゥーと一息ついた後、嬉しそうに躯を揺らしながら、口を大きく開けて歌い始める。慌ててウサちゃんが声を重ねて歌い、私は二人の後を追って輪唱する。森のクマさんをトリプルコラボで熱唱だ!

 ――ある日(ある日)森のなか(森の中)クマさんに(クマさんに)出会った(出会った)は花咲く 森の道~ クマさんに 出会った~♪

 陽気な歌が私達をホクホクとした気持ちにさせる。特にパンダちゃんの興奮は高潮となり、何度も何度も森のクマさんを歌っていた。その内にヒョコッと寝台から下りて、私の手を取ってクルクルと回り始める。

 タイヤブランコに乗ってグルグルと回されているようで目が回りそうだ! パンダちゃんは気にもせず、キャキャッと喜びながら回っていた。ウサちゃんは私を心配して止めに掛かろうとしたら、逆にパンダちゃんに手を取られてグルグルに回される。

 解放された私はちょっと回った酔いにヘタこれて寝台へと腰をかけた。ウサちゃんは「目が回るからやめて~」と叫んでいたけど、叫べば叫ぶほど、パンダちゃんを喜ばせてしまい、余計グルグルに回されていた。

 間違いない、パンダちゃんはSだ。そこパパ似ね。なんだかんだ言いつつ、ウサちゃんも楽しんで歌って踊っているようだ。それからまた私の手は取られ「今度は違うお唄も~」と、パンダちゃんからお願いされたもんだから、私もあれこれと歌ってみせた。

 意外にもパンダちゃんの知っている曲が多くて驚いた。歌が好きだから沢山教えてもらったんだね、ママからね! 知らない曲があれば、覚えようと一生懸命に歌っている姿は可愛かった♬

 ウサちゃんは私の歌の音程やリズムが全く掴めないと頭を悩ませていた。きっと異世界の歌だから、なかなか音程を掴むのが難しいのかもしれないね。暫く私達は寝る時間の事も忘れてはしゃいでいた。
 ――子供っていいなぁ。

 私は改めて目の前の子供二人を見つめて物思いに耽る。温かい家庭を作るのが私の夢だ。キールとは将来を誓っている。彼の成人を迎えたら同時に私達は結婚をする。その後、子供も……。私はパンダちゃんを見つめる。彼女はウサちゃんをとことん翻弄して楽しそうだ。

 ――名前なんて言うんだろう……。

 知りたいようで知りたくないような、そんな複雑な気持ちが湧き上がっていた。

「ボク、もうねむたくなってきたよ」
「ダメだよ、ウサ。もうすこしがんばって」
「うぅ~」

 間違いなくパンダちゃんはドSだね。そして、そんな彼女に逆らう事が出来ないウサちゃん。ちっこいのにイケメン男児を侍らせるパンダちゃんはさすがだよ! って感心している場合ではないな。

 ウサちゃんが気の毒なのは勿論だし、そもそも、もう二人とも寝かせないとならない時間だ。私も早く部屋に戻らないと、キールになにを言われるかわからない。

「パンダちゃん、ウサちゃんもうおねむだよ。まだ遊びたい気持ちはわかるけど、今日のところはこの辺で寝ようよ」

 私はパンダちゃんの顔色を窺いながら催促する。案の定、彼女の表情は深く翳ってしまった。口も窄めて実に不満気だ。

「パンダちゃん、続きはまた明日の楽しみにしよう、ね?」
「…………………………」

 うん、返答がないね。パンダちゃんは俯いてしまい、すっかりと拗ねているようだ。彼女の落ち込む姿に胸がズキズキと痛む。困ったな、う~ん、私は思案を巡らせる。

「そしたらあと一曲。もう一度、森のクマさんを歌ったら寝よう」

 私の提案に渋々だが、パンダちゃんはコクリと頷いた。よし、なんとか納得してもらえたよ。そしてパンダちゃんはウサチャンと両手を握る。踊る気満々だね!

「じゃぁ、先に歌うのはパンダちゃんとウサちゃん。私は後ね」
「いいよ」
「せーの」

 ――ある日(ある日)森のなか(森の中)クマさんに(クマさんに)出会った(出会った)は花咲く 森の道~♪

 そこまで三人でノリノリに歌って踊っていたのだが、ラスト「クマさんに出会った~♪」と続けようとした時、突然に異変が起きた! 性急な出来事だった。燦然と輝く光の集合体がパンダちゃんとウサちゃんの全身を包み込み、私の視界を遮ったのだった……。





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